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「そういえば…」
彼女は話を切り出した。
「あなたのお名前って、笠間くんで合ってたかしら?」
「う、うん……合ってるよ」
彼女のつぶらな瞳に見つめられると、言葉さえも上手く発せなくなる。
どこか惹き込まれる魅力がある。
彼女の言葉には言霊が宿っているのだろうか。
「笠間くんって、どんな漫画を描いてるの?」
「僕…?」
「ええ」
彼女に自分の漫画を見られるのは少し恥ずかしい。
だけど逆らうなんて、そんな事はあってはならない。
こんなチャンスは、そうそう簡単にはやって来ないのだから。
僕は意を決して、引き出しからスケッチブックを取り出した。
そして彼女に手渡した。
「今描いてるのが、これで……っ」
僕がそう言うと、彼女の顔には笑みが浮かんだ。
「素敵ね」
「伝えたいことが手に取るように分かるわ―――」
「きっと将来、あなたは素晴らしい漫画家になれるわよ」
「花溪さん____」
僕は初めて彼女の名を呼んだ。
すると「花溪さん」は、僕のスケッチブックをじっと見つめ直した。
そして色鉛筆で、何かを描き始めたのだ。
「な、何描いてるの…?」
「ふふ……っ」
何か秘密を隠しているかのような、意地悪っぽい笑みを零した花溪さん。
そんな彼女の髪は、強く吹いた風でなびき、僕の肩に軽く触れた。
柔らかく、優しく揺れている。
その髪からは、上品なバラの香りが漂っている。
気はすっかり匂いの方へ行ってしまっている。
そんな状況から現実へ引き戻されるかのように、窓の外から生徒と先生の声が聞こえてきた。
僕はもう一度スケッチブックを見た。
白紙だったはずのページが、鮮やかな美しい絵と字で埋まっていた。
「これは―――」
「ちょっとおまけで付け足してみたのっ!」
彼女が描いたページは、僕が描く漫画の何十倍もの迫力があった。
絵柄も全く違って、読み取れ方も随分変わってくる。
彼女の可愛い絵柄に思わずうっとりしてしまった。
「可愛い……」
僕は思わず声に出してしまう。
「あら、私の絵に惚れちゃった?」
「う、うん………笑」
「―――私は、笠間くんの絵柄も好きだけどねっ」
彼女は僕の絵の表面をサラサラと擦りながら、そう言った。
「気に入ってもらえて嬉しいよ……」
本当は嬉しいどころか、口から心臓が飛び出しそうなくらいの興奮状態に陥っていた。
でもそれを必死に隠すため、しどろもどろの態度になってしまう。
これではどれぐらい鈍感な人にでも分かる、完全なる好きバレだ。
だが、幸いなことに彼女は物凄い鈍感で
天然な人だったらしい。
「どうしたの?顔が赤いけど……」
「えっ」
「暑い?この教室、……」
「う、ううん、ちょっと、その―――っ」
「のぼせてるなら、私冷感タオルあるわよ?」
「あ、大丈夫…!ありがとう」
「そう?ならいいんだけど」
「(よかった、助かった………)」
花溪さんのこんな一面も、なんとも愛らしい。
僕はなんとか頭を冷やすため、しばらく深呼吸を繰り返した――。