◻︎岡田の事情
「僕なりには頑張ってきた、という自負がありました。なので、会社の業績が下がりつつあると聞いたときにも、まさか自分がリストラの対象になるとは思ってもいなくて…」
「失礼ですが、どんなお仕事を?」
「コピー機というか、今は複合機ですね、そんなビジネス機器のレンタルとメンテナンスです。僕自身で開拓したお客様もたくさんいて、安定して売り上げを伸ばしていました。で、ある時、入社してまもない新人の指導教育をしてたんですが、その子がミスをしまして、お客様からのクレームが酷かったんです。まだ新人ということもあって、責任は私にあるし、悪いのは明らかにこちらでしたのでひたすら謝罪をしましてなんとか収まりはしたんですが…」
岡田は、少しぬるくなった水をごくごくと飲み干した。
「いまは怖い時代ですね。そのミスの責任は教育係の僕にあると言ったその一言だけが、ネットで広がりまして…。まぁ、おそらくその新人かその話を知る友人が広げたんでしょう。そこだけが、上司の目に止まってしまいました」
「呟いてしまったということ?」
「そうみたいですね。知らないあいだにうちの会社の名前と、ミスの内容とその責任者として僕の名前が広がってました」
最近よく聞く話だと思った。
「でも、上司は事実を知ってるんですよね?」
「もちろん話しましたよ、納得もしてもらいました。でも、そのことでその新人に注意をしたらしいんです、その上司が。そしたらその子がパワハラを受けて鬱になったと言って休み始めました」
「え?上司の注意がパワハラになるんですか?」
「上司はそんなにキツく言ったつもりはないと言って。そもそもこんな状態になったのはお前のせいだと言われました、そしてそのことでリストラの対象になったみたいです」
「それは理不尽過ぎませんか?」
「ですよね?でも会社としてはイメージダウンになったということと、僕の名前が出ているということでそれを理由に辞めさせたかったみたいです。僕の給料があれば新人を2人雇えると言われました」
「それまでの功績はどうなるんですか?無視ですか?」
「飛び抜けてよかったというわけでもなかったんですね、会社にとっては」
「ご家族には?今は1人と言ってた、でも以前まではご家族があったんじゃないですか?」
「半年前に会社を辞めて、それから職探しをしてたんですがなかなかいいところがないのと、一度でも名前がネットに出てしまうと同じような業種ではもう働けないと、ハローワークでも言われました。退職金と雇用保険で繋いできましたが、もうそろそろ限界だなと。それで1ヶ月ほどまえ、書き置きをして家を出てきました。なんとかして生活費を送るから、探さなくていいからと。こうなったら住み込みとか日雇いとかなんでもして稼がないといけない、と思ってたんです。で、それがダメなら生命保険がある、と」
「そんな…」
生命保険という言葉が、胸をギュッと締め付けた。
「ご家族は探してるんじゃないですか?スマホは?連絡が入ってるんじゃないですか?」
「スマホは家を出てからずっと電源を入れてないんです。どんな内容だとしても家族から連絡があると気持ちが挫けてしまいそうで」
俯く岡田。
「私も実は家出中でして…」
「えっ!そうなんですか?」
「はい、私もスマホの電源を切ってるんですよ。ね!一緒に電源を入れてみましょうよ。ただ逃げてるんじゃ、責任逃れですよ」
___まるで自分自身に向けて言ってるような気もするけど
ふぅ、と息を吐く岡田。
「責任逃れか…そうですね、あれこれ言われて追い詰められるのが怖くて電源を切ってたようなもんだから」
「よし、じゃあ…」
私もスマホを出した。
「同時にいきますよ」
「はい」
「せーの!」
2人のスマホが目を覚ました。
ブルブルブル…と振動が続いたのは岡田のスマホだった。
「うわ…」
画面を見て驚いている。
「どうしたんですか?」
「これ、見てください、すべて家族からです」
見せられた画面にはたくさんの着信履歴とメール、メッセージ、LINEの受信があった。
「すごっ!やっぱり、みんな心配してるんですよ岡田さんのことを」
受信した内容を一つ一つスクロールして確認していく岡田の目に、涙が込み上げてくるのがわかった。
声をころして泣いている。
「どうしたんですか?」
「これ…」
そういって見せられた画面には、家族からのメッセージがたくさんあった。
奥さんからは、自分も仕事を増やすからと。
子どもたちからは、アルバイトを始めたことと進学費用は奨学金を使うということと、それから…
とにかく帰ってきて欲しいと、何度も何度も書かれていた。
そのたくさんの文面からは、岡田のことを心配して待っているという家族愛があふれていた。
___私までもらい泣きしちゃうじゃん
その時、岡田のスマホが着信を知らせる。
「あっ!嫁さんだっ」
「早く出てあげて、やっと繋がったって思ってるんだから、早く!」
すみませんと頭を下げると、お店の外に出て行く岡田。
顔をクシャクシャにしながら、うれしそうに話しているのが見えた。
そしてすぐに中に戻ってきた。
「奥さん、なんて?」
「まず、怒られました、めちゃくちゃに。で…」
「で?」
「これからここに迎えに来ると言ってました。そこを動くなって言われましたよ」
照れ臭そうに、でもうれしそうに話している岡田。
「そうなんですか、よかった!」
「ありがとうございました」
「ん?どうして?」
「いや、ここでスマホの電源を入れてなかったら、家族からのメッセージに気づかなかったし、嫁さんからの電話にも出れなかった。全部、西野さんのおかげです」
「そんな、たまたまですよ」
おおげさに頭を下げられて、恐縮してしまった。
あまりにもうれしそうな岡田を見てたら、私は言えなくなってしまった。
___私にはメッセージもLINEも着信履歴も、なにもなかった……
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