テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「大丈夫です。今日は楽しい一日にしましょう」
「はい」
ヘアメイクの担当の神谷とともにブライズルームに向かうと中には綺麗なドレスが用意されていた。
「さあ、まずはウェディングドレスからですね。絶対に似合いますよ!このドレス。きっとご新郎様も惚れ直しちゃいますね」
麻耶は掛けられたドレスに目を向けながら、鏡の前に座る沙苗を見た。
「今日、会社の後輩もたくさん来るので、緊張します。私会社だと完全にお局って言うの?かわいい物なんて興味ないって顔してるので、このドレス可愛すぎたかなって少し思ってたんですよ」
その言葉に麻耶は早苗の顔をジッと見た。
「沙苗さん、今日は沙苗さんが主役の日です。万が一誰かが何を思おうがそんな事は関係ないんです。沙苗さんが楽しいのが一番です。沙苗さんと、隆さんが来てくださる方に感謝して、幸せになることが一番大切だと思いますよ。それにこのドレス、ラインはボリューム合って可愛らしい感じにも見えますけど、品のあるオフホワイトでこの高級感のある生地感はキレイって感じですよ」
「そうそう、可愛いといえばこないだ麻耶ちゃんが模擬挙式できたようなデザインよね」
「え?そうなんですか?」
神谷の言葉に、緊張した面持ちだった沙苗も少しリラックスしたように言った。
「そうなんですよ。アイドルみたいなふわふわのチュールがいっぱい重なったお姫様ドレスで。麻耶ちゃん七五三に見えないか心配してたんですよ」
その言葉に、沙苗は想像したのかクスクス笑いだした。
「もう、神谷さん!いいんです。今の私は沙苗さんみたいに上品なドレスは似合いません。そのうち見ててください!きっと上品なドレスが似合う女になりますから」
いたずらっぽく言ってニコリと笑った麻耶に、沙苗は「二人ともありがとうございます!私も楽しみます!」そう言ってニコリと微笑んでくれた。
「あっ、沙苗さん誓いのキスどこにするか決まりました?」
神谷の声に沙苗は「うーん」と唸った。
「水崎さん、どう思います?彼は口にしたいって言ってくれるんですけど……なんか恥ずかしいですよね」
その言葉に麻耶も頷くと、
「確かに皆様の前でのキスは少し恥ずかしいかもしれませが、誓いのキスって意味があるんですよ?」
「意味?」
「はい。誓いのキスはその前に誓った事を封印するって事なんです。愛を封印してずっと添い遂げるって。そしてキスする場所にも意味があります。よく海外の映画とかで手の上にするキスは尊敬のキス。額にするキスは友情のキス。頬の上は厚意のキス。そして唇の上のキスは愛情のキスと言われています。だから愛情をご新郎さまからもらえるって素敵だと私は思いますよ。でも、恥ずかしいのに義務でするようになっちゃたら楽しくないので、沙苗さんの思う通りでいいと思います」
そう言って微笑んだ麻耶を沙苗は見ると、
「意味があるんですね……せっかく彼がずっと言ってくれてるし、短く一瞬ならいいですよね?私も本当はちょっとしてほしかったし」
恥ずかしそうに微笑んだ沙苗はとてもきれいだった。
「じゃあ私、ご両親のお着替えのご準備確認してきますね。綺麗にしてもらってくださいね」
その言葉に、神谷も「任せて下さい!キレイにします!」その言葉に沙苗も嬉しそうに笑顔を向けた。
麻耶は、ブライズルームを出て、職員用通路に入ると一気にダッシュして親族控室へと向かった。
時計を見て予定を確認する。
(えーと、お母さまお二人の着付けに、妹さんの振袖の着付けとヘアセット、列席のお友達のヘアセット……)
そこでインカムで、
【水崎さん、新郎のお父様グローブをお忘れです。販売になります】
【了解です。ご請求先だけ確認してください】
忘れないようにメモを取ると、また走り出した。
式の日はあらゆるところから、担当の麻耶に確認が入る。
招待客が増えれば着付けの数やそのほかの仕事も多く増える。
一会場だけの式場だったり、挙式の数が少ない日は、比較的ゆったりと時間も進むが今日はこの後も同じ会場で披露宴が入っている。
時間を押すわけにはいかない。
(なんとしてもオンタイムで行かないと……)
次々に入るイレギュラーをこなして麻耶は二人の所に戻って笑顔を向けた。
「さあ、いきましょう」
「はい」
緊張する二人に話しかけながら、大聖堂に向かう途中で、ふと芳也が視界に入り目が合った。
芳也は優雅な姿勢で「おめでとうございます」そう笑顔で声を掛ける姿に麻耶は見惚れた。
「なんかすごい素敵な人だったね」
「おい!」
例外なく見惚れた新婦の声に、新郎のツッコミが入り麻耶もクスクスと笑いを漏らした。
「今日はお二人が主役ですよ。楽しみましょう」
その言葉に二人とも笑顔を向けた。
挙式も無事に終わり、大聖堂まえでのフラワーシャワーも無事に終わり盛り上がりを見せていた。
(さあ、次は披露宴だ……主賓の挨拶の後に余興があって……)
麻耶は気合を入れてスタッフに指示を出しながら、余興を多少押したが、なんとか時間内に終わりホッと息を吐いた。
(でも、幸せそうなお二人をみられてよかった)
盛大な拍手で新郎新婦を送り出し、すぐに請求書などの事務処理をするために事務所へ向かおうと歩き出すと、木々の向こうのチャペルの前に芳也を見つけた。
さすがに会社で声を掛ける訳にも行かず、麻耶はそのまま事務所に向かおうとすると、芳也の目線の先に一人の男性がいた。
(知り合いかな……服装から見ても列席の人だよね……)
そんな事を思っていると、芳也が踵を返して早足で歩いていくのが見えた。
チラリと見える表情はこわばり、いつもの冷静な社長の顔はどこにも無かった。
(芳也さん……??)
麻耶はザワザワとする気持ちをなんとか抑えると、急いで事務所に戻った。
無事に山口夫妻の式も終わり、「本当に水崎さんありがとう」涙ながらに言われ、麻耶ももらい泣きをしたぐらい温かい式だった。
その後も、雑務やフォローと仕事に追われて21時すぎにマンションへと戻ってきた。
(まだ帰ってない……)
真っ暗な部屋を見て麻耶はため息をついた。
今日は日曜日で、本社は休みの為、休日出勤してもいつもなら比較的早く帰って来る。
簡単に芳也の分の夕食も用意して少し待ってみたが、帰ってくる様子はなく、麻耶は一人で食事をすると、風呂に入りリビングでなんとなく芳也の帰りを待っていた。
(あの時の芳也さんの顔……普通じゃなかった。それに一緒にいた男の人は?)
いくら考えてもわかる訳もなく、息を吐くと麻耶は時計を見た。
もうすぐ0時を過ぎる……。
連絡をしたり干渉したりする関係ではないのだからと自分に言い聞かせて、握りしめていたスマホを持つと自分のベッドに潜り込んだ。
すぐには眠れなくてゴロゴロしているうちに、うとうとしていたらしく物音で目が覚めた。
(帰ってきた?)
時計を見ると深夜の2時を過ぎていた。
すぐに見に行きたい衝動を抑えて、じっとベッドの中で息を潜めて麻耶は耳をすませた。
喉が渇いているからと自分自身に言い訳をすると、そっと麻耶はリビングへと向かった。
「……眠れないんですか?」
そこでソファに深く腰を埋めた芳也にそっと声を掛けた。
ピクリとも動かない芳也は、「ああ」とだけ言うと、おもむろにグラスに入ったウィスキーを一気に煽った。
「芳也さん!一気に飲みすぎです」
慌てて麻耶は芳也の方へ行くと、芳也の顔を見て息を飲んだ。
生気がなく、深い闇に落ちたような瞳には何も映ってないような気がして、麻耶はじっと芳也の瞳を見て名前を呼んだ。
「芳也さん」
その声に芳也は、
「飲んでも酔えないんだ」
そう言うと、またグラスにウィスキーを注いだ。
「もうだめです」
そっと芳也の手を止めた麻耶に、「俺なんかに構うな」冷たく言うとまた芳也はウィスキーを流し込んだ。
(何があったの?どうして?)
麻耶は胸が張り裂けそうになり、涙が溢れた。
麻耶の涙が頬をつたう。
その涙を見て初めて芳也の瞳と視線が合わさった。
「なんでお前が泣くんだよ……」
「だって……芳也さんが…芳也さんが苦しそうで……」
そう言った麻耶に、芳也はゆっくりとグラスを机に置いた。
「座って?」
ソファの前のカーペットに座っていた麻耶に、自分の隣を示すと芳也は大きく息を吐いた。
おずおずと芳也の横に腰を下ろすと、麻耶は芳也を見た。
暗く光の無い瞳はどこか遠くを見て、言葉を探しているようだった。
「今日、兄貴がいた」
ポツリと言った芳也の言葉を麻耶は拾った。
「お兄さん?」
(あの人はお兄さんだったのか……)
「ああ、兄貴。昔から俺の家は厳しくて、俺は親の期待に応えたくて小さい頃から一生懸命だった。でもどれだけ頑張っても兄貴には何も敵わない。いつしか両親も祖父も親戚中が兄貴はすごい、それに比べて……そんな声が聞こえるような気がしていた。お前はダメな子。要らない子。宮田の家には兄貴がいればそれでいい。そう言われている気がした。兄貴を見ると苦しい」
そこで芳也はゆっくりと瞳を閉じた。
(お兄さん……今日のお式はミヤタ自動車の社員……あっ。副社長が出席してたよね……。そうするとやっぱり?)
そんな事が頭をよぎったが、麻耶はじっと芳也の言葉を待った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#謎