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「マズい……マズいぞ、これは……」
ヘアルスト王国の一角。
友である商人が構える居に、ユリスとアマリスが潜伏していた。
ファーバーやデュッセルの予想通り、二人は逃げたのだった。
誕生祭に出かけるために適当に書いた書類。それに対して、あまりに多くの商人や貴族から非難の書状が届いた。
ここまで大事になるとはユリスも思っておらず、彼は混迷の極みにある。
「大丈夫よ、ユリス様! 何とかなるわ!」
「何とかなるって……どうにもならないから、こうやって隠れてるんだろう? ああ……金もないし……」
三週間前の誕生祭で、ほとんどの所持金はアマリスに貢いでしまった。
今は目深にフードを被って逃げているが、警備の目が厳しくなれば外に出ることは敵わなくなるだろう。
アマリスの実家に逃げることも考えたが、当然そこも警備が敷かれているはず。
ほとぼりが冷めるまでここで匿ってもらうしかない。
窮屈な部屋の中、アマリスは不満を漏らす。
「でも、王族が作った書類に文句を言うのはおかしいんじゃないかしら? 間違いがあったとしても、それを指摘するのは不敬というものよ!」
「そ、そうだよな……わざわざ俺が書類を作ってやったのに、やれ桁が違うだの、やれ間違いが多すぎるだの……」
今まで、彼の政務はすべてシャンフレックが消化してきた。
その手腕が完璧だったために、周囲の者はみなユリスが完璧に政務のできる人間だと勘違いしていたのだ。シャンフレックは自分がユリスの代行で仕事をしていることを、明かしていなかった。
「ダメだ……やっぱりシャンフレックの手助けが必要だ。アマリス、一緒にフェアシュヴィンデ家に来てくれるか? あいつと何とか交渉して、仕事を請けてもらうしかない」
「えー……」
アマリスは乗り気ではなかった。
せっかく堂々と婚約破棄させて王子を手に入れたのに、あの公爵令嬢に頭を下げるのは納得できない。何か他の手はないものか。
「シャンフレック様は新たな婚約者がいるのでしょう? 無闇に会いにいくのはよろしくないのでは?」
ユリスはシャンフレックの婚約者が教皇だと明かしてはいない。
ただ、彼女に新たな婚約者が出来たとだけ説明していた。
「ま、まぁそうだけど……他に解決手段が見つからなくてな……」
今後の政務を円滑にするだけなら、新たに人を雇えばいい。
だが、今回逃げた件について庇ってくれそうなのは、シャンフレックくらいしか思いつかなかった。
「わかったわ。でも元婚約者に会ったからといって、私への愛が薄れたりしませんよね?」
「も、もちろん! 俺の真実の愛は、君一人だけに注ぐものだ! さあ、行こう!」
ユリスとアマリスは隠れ家を抜け出し、警備が緩いうちにフェアシュヴィンデ領へ向かった。
***
一方、デュッセルは弟の捜索に動き出していた。
「さて。フェアリュクト、君の意見を仰ぎたい」
いつも通り傍に控えている護衛に尋ねる。
フェアリュクトはしばし考えてから答えた。
「……ユリス王子が頼りにする人物といえば?」
「あまり弟の人間関係は把握していないが……普段から夜会で遊んでいる貴族は多くいる。彼らを総当たりするのは骨が折れるな。とはいえ、誰の協力もなしにユリスが隠れられているとは思えない。考え得るところとしては、ウンターガング家あたりか?」
ユリスの逃亡を庇い立てすることは、王家への反逆にもなり得る。
そんなリスクを貴族が取るだろうか。
フェアリュクトは逃亡先についてより深く考察。
「おそらく貴族連中はユリスを庇い立てしないだろう。アマリス男爵令嬢の実家も探ってみたが、二人は来ていないようだったな。ならば……あの馬鹿王子の性格を考えるに。フェアシュヴィンデ家に行った方がいいかもしれんな」
「フェアシュヴィンデ家に? まさかシャンフレック嬢をまだ頼りにすると?」
「普通、自分から婚約破棄した相手に頼ることはないだろう。だがあの王子には常識が通用しない。まだ自分がシャルに好かれているとでも勘違いしていそうだ。万が一シャルに何かあれば、俺が叩き斬ってやる」
剣呑な雰囲気を放つフェアリュクトを前に、デュッセルは苦笑いした。
しかし彼の言も一理ある。
公爵令嬢の庇い立てがあれば、今回の一件もどうにかなると考えている可能性もある。
それがユリスだった。
「とりあえず、フェアシュヴィンデ家も警戒させておこう。フェアリュクト、君はどうする? 今回は私のもとを離れて単独行動してくれても構わないが」
「……考えさせてくれ」
妹がとにかく心配だ。
だが、何度も護衛の任を放棄して領地に帰るわけにもいかない。
フェアリュクトは複雑な心持で俯いた。