その日、シャンフレックは商談を済ませて公共事業の計画を練っていた。
ユリスのミスにより損害を被った商人をむしろ取り込み、よりフェアシュヴィンデ領に依存した商業形態へ誘導。どんな商機も逃しはしない。
「お嬢様。お客様がいらっしゃいました」
サリナの呼びかけにより、シャンフレックは顔を上げる。
今日の商談はすべて済ませたはずだ。
「……私に? お父様じゃなくて?」
「はい。商談だそうで。王家の紋章を持つ商団でしたので、門前払いするのもどうかと思いまして」
「ふーん……まあいいわ。通して」
「承知しました」
紋章を持つということは、王権に連なる権力を持つ一団だということ。紋章は社会的信用を示す証拠でもある。
そんな高位の商団が事前の通告もなしにやってくるとは、よほど急ぎの用件があるのだろうか。
とにかく拒否するわけにはいかない。
莫大な利益を生む商談の可能性もある。
客室へ移動すると、中年の男が座っていた。
彼は立ち上がり一礼する。
「これはこれは、シャンフレック・フェアシュヴィンデ様。わたくしは商人のゲリセン・ウンターガングと申します。以後お見知りおきを」
(ウンターガング……ユリスの派閥と仲が良かった商人ね。でも、フェアシュヴィンデ家はあまり関わりがなかった商家だわ)
かなりの規模を誇る商家、ウンターガング家。
父はウンターガング家を警戒しているようで、シャンフレックも幼いころから関わる機会はなかった。これは交易ルートを増やすチャンスかもしれない。
「はじめまして。よろしくね。それで、何用かしら?」
「はい。実は東方の地から、良質な絹の仕入れルートを確立しまして……フェアシュヴィンデ領の協力があれば、より円滑な交易が可能となるのです。そこでシャンフレック様には、わたくしどもの交易に力をお貸しいただけないかと」
確かに、東方の交易ルートを開くにはフェアシュヴィンデ領を通るのが理想的だ。現状、東方との交易はフェアシュヴィンデ領が独占しているに近い。
ゲリセンもそんな状況を打破するために、遠い東方まで足を延ばしたのだろう。
競合するよりも、迎合した方がいい。
今まではウンターガング家と利益の奪い合いをしていたが、より利益を拡大するために協力は不可欠だろう。これはまたとないチャンスだ。
だが、シャンフレックはすぐに飛びつかない。
美味しい話には必ず裏があるものだ。
「なるほどね。まあ、お互いのメリットや分配については後ほど話し合うとして……前向きに検討できる商談だわ。問題は件の絹の質だけど」
「はい、それはこちらに……おや。すみません、絹で作った衣服を持ってくるのを忘れてしまいました。馬車に山のように積んでありますので……わたくしが持ってきましょうか」
「いえ、いいわ。私が行く。可能な限り多くの品物を確認したいし」
シャンフレックの返答を聞いて、ニヤリとゲリセンは笑う。
しかしシャンフレックは彼の歪な笑いに気がつかなかった。
***
フェアシュヴィンデ家の敷地を離れ、ゲリセンと共に馬車へ向かう。
敷地の外には十台以上の大きな馬車が停められていた。
さすがは王家お抱えの商家だ。
「こちらへどうぞ」
多くの兵士に囲まれた、一際大きな馬車。
王家の紋章がよく見えるように取り付けられた馬車に入る。
馬車の中には真っ白な布が山ほど積まれていた。
「すべて絹製のドレスとなっております。触って質をお確かめくださいませ」
「へえ……確かに上等な絹ね。今まで見てきた物とは一線を画している。これが今までよりも安価で仕入れできるなら、王国のドレス事情も大きく変わるわ」
指先に流れるサラサラとした感触。
すばらしく上等な質を持った絹だ。
シャンフレックは心地よい質感に夢中になっていた。
「ありがとうございます。それでは……」
「っ!?」
──瞬間。
後ろから押さえつけられる。
ハンカチを口元に当てられて……
「よくやったぞ、ゲリセン。シャンフレックは警戒心が強いからどうなるかと思ったが……」
聞き覚えのある声が鼓膜を叩く。
次第に朦朧としていく意識の中、見上げた光景。
金髪を揺らしたユリスの姿と、隣に寄り添う紫髪の少女。
「さすが……ス様! こ……で……戻れ……るわ!」
「ア……スの……提案のおかげ……」
途切れる声を聞きながら、シャンフレックは意識を失った。
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