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「ま、待てっ! ルティ、おれのことが分からないのか?」
「とりゃぁ~!!」
闘技場とまでは行かない広さの空間。ここには障害となる物は見当たらないように見える。おれを引き込んだ炎の壁はすでに消えていて、魔力の欠片もほとんど感じない。だからといって魔法を封じられているでも無さそう。
目の前のルティは魔法を使えない回復士であるにもかかわらず、やられることを想定していないほどの激しい拳の連続攻撃で襲い掛かっている。ルティから見たおれは得体の知れない獣に見えているようだ。こういう相手には本気で相手をしないと止められそうにない。
「てぇぇぇぇい!!」
「――! ふ、甘いな」
「あ~また外れた~! どうして当たってくれないんですか!!」
「無茶を言うな」
ルティの拳は確かに強く、岩をも粉砕する。しかし致命的な欠点が改善されていない。最近の彼女は戦うよりも支援に回っていた影響で明らかに動きが遅い。これがルティの欠点であり、弱点にもなっている。
身軽さではシーニャに劣り、連続攻撃といった多撃もフィーサには敵わない。それでも圧倒的なものといえば破壊力だ。
「こんのぉぉぉ~!!!」
ルティの振り下ろす拳で足下の床にひびが入り始めた。鈍い音が鳴り響くたびにピシピシと壁が崩れを見せている。それに対抗出来そうなのは魔法だ。
詠唱要らずで放とうと思ったが、やはり拳には拳で相手をするのが一番効き目がある。そう思ったからこそ破壊性のある攻撃をよけ続けてきたのだが。
――とはいえ、どうすれば幻が解かれるというのか。こんな切羽詰まった状況下では魔石ガチャをする余裕も生まれない。下手をすると魔石ごと破壊されてしまう恐れがある。
その中で唯一おれにとって禁断ともいえる手段を使えば、間違いなくルティにかけられている幻惑魔法を解ける。やるべきかやらないべきか、未だ答えが出すことが出来ない。まともに彼女の攻撃を受け止めてみるべきなのか、何をすれば正しいのか。
火属性に耐えられるルティに氷属性あるいは風属性で攻撃する?
しかし魔法で攻撃するのは簡単なことだが、幻惑の勢いがあるうちは受けるダメージを感じないはずだ。むしろその後が問題だろう。
「――っ! くそ、壁が崩れてきたか……」
火の神の村にまで影響を及ぼすわけにもいかないし、覚悟を決めるしかないか。
ルティは細かい動きを一切してこず、おれをめがけて直線的に突っ込んでくるだけ。この動きの彼女に同じように突っ込み、正面で受け止めることにする。
「よし、ルティ。このまま逃げても埒が明かない。おれが何に見えているのかもどうでもいい。お前の拳をこの身で受けてやろう! 思いきり真正面に突っ込んで来い! 怖くなければな」
複雑な動きをいきなりして来るとも思えないので念には念を入れて、ルティを挑発した。これなら大口を開けながら気合を入れて懐に突っ込んでくるはずだ。
「ようやく観念しましたね! 分かりましたっ! わたしの拳で邪悪な狼さんを粉砕しますよ!!」
「……来い! ルティ」
「行きますよぉぉ~!! とぉぉぉぉりゃあああ~!」
――今だ。
猪突猛進すぎるルティに対し、おれは彼女の口をめがけて意識を集中させた。
「ルティシア!!」
「――えっ!? なっ、あっ……んむむっ!?」
気合いを入れまくるルティの口を塞ぎ、口づけという手段はおれから彼女にすること自体初めての行為だ。今までそれをしてこなかったのは、何とも言えない展開になりそうだったからだ。しかし今の彼女の記憶にはそれが残らないだろう。それを見越しての止むを得ない処置になる。
「ほへぇ~……」
「大丈夫か? ルティ」
「あ、あれぇ? アック様じゃないですか~? どうして目の前にいるんですか~」
成功だ。しかも恐らく覚えていない。間近なルティを見つめているという構図ではあるが、せいぜい肩に手を置いているだけだ。どうやら怪しむことも無く正気に戻ったとみえる。精神異常も無さそうだ。
「お前、ここで目を回していたんだぞ? 体は何ともないよな?」
「はい~それはもう。でも何だか疲れちゃってるんですよ~。どうしてでしょう?」
「急激に体を動かしすぎたからだな。最近体もなまっていただろうしその疲れだろう」
「なるほど~!」
ルティはこれで何とかなった。残るはシーニャの行方と精神的な状態が気にはなるが、今はルティを元通りに戻せて良かったと実感出来る。
「ルティ、ここを出るぞ。もちろん少し休んでからでいいが、行けるか?」
「はいっっ!」
「よし、それじゃあ――」
「アック様っ!」
「むっ!?」
何かされるかと身構えてしまったが、ルティはおれの顔をジッと見つめているだけだ。
「わたし、ものすごくパワーアップしました!! 頑張りますよ~!」
「お、おぅ」
「アック様。わたしがもっともっと素早くなったら、反撃《カウンター》をしますからね!」
「……ん?」