テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の校舎。
いつもは高等部の3人が迎えに来てくれるのだが、今日はこさめが「たまには俺たちから迎えに行こうよ!」と提案した。
みことは少し戸惑いながらも、小さく頷いた。
いるまは「めんどくせぇ…」と口では言いながらも、結局付き合うことに。
校舎を移動し、高等部のフロアに足を踏み入れる。
同じ制服なのに、雰囲気が全然違った。
背も高く落ち着いた表情をした生徒たちは、まるで大人のように見えて圧倒される。
「わぁ……大人みたい……」
こさめがぽかんと口を開ける。
いるまは腕を組みながら「同じ学生だろ、ビビんな」と強がってみせるが、少し緊張が滲んでいた。
みことは無表情のまま、すちを探すように視線を彷徨わせている。
こさめは持ち前の人懐っこさを発揮し、すぐ近くにいた高等部の生徒に声をかけた。
「すみませーん!らんくんとひまなつくんとすちくんってどこにいますか?」
突然の呼びかけに驚いた高等部の生徒は一瞬固まったが、すぐに笑みを浮かべてクラスを教えてくれた。
「おー!ありがとうございますっ!」
元気に頭を下げるこさめに、生徒も思わず笑顔を返す。
こうして3人はそれぞれのクラスへ向かう。
こさめはらんのクラスを、いるまはひまなつのクラスを、そしてみことはすちのクラスへ。
それぞれが足を踏み入れる瞬間、胸の奥に少しの緊張と期待を抱いていた。
みことは小さな歩幅で、すちのクラスがある廊下を進んでいた。
周囲には高等部の生徒がちらほら残っており、みことを不思議そうに見ている。
中等部の制服の子が高等部の教室に現れるのは珍しいからだ。
みことは少し立ち止まり、教室のドアの前で胸に手を当てる。
心臓がどきどきしていた。
けれど、怖さよりも「会いたい」という気持ちが強く、そっとドアを開く。
教室の中では何人かの生徒がまだ残って談笑しており、その中心でスケッチブックを広げて鉛筆を走らせているすちの姿があった。
柔らかな表情で絵に没頭している彼を見つけた瞬間、みことの瞳にかすかな光が宿る。
「……すち兄ちゃん」
小さな声で呟いたつもりが、静かな教室に響いてしまい、周囲の高等部生が一斉に振り返った。
驚いたように視線が集まるが、みことは無表情のまま一歩ずつすちに近づいていく。
「……みこと?」
すちは顔を上げ、すぐに席を立った。
驚きからぱっと笑顔に変わり、駆け寄ってくる。
「どうしたの?迎えに来てくれたの?」
その問いに、みことは小さく頷いた。
そして、すちの袖をぎゅっと掴む。
「……一緒に帰りたい」
ほんの少し震える声に、すちは胸がぎゅっと締め付けられる。
「もちろん。迎えに来てくれてありがとう」
そう言ってみことの頭をやさしく撫でた。
教室の端からは
「え、弟くん?かわいい…」
「すち、めっちゃデレ顔してない?」
と小さな笑い声が聞こえる。
けれど、すちはまったく気にせず、みことを自分の隣に寄せた。
すちの教室に残っていた高等部のクラスメイトたちは、突然現れたみことに興味津々だった。
「え、すちの弟?めっちゃ可愛いじゃん」
「新しくできた弟くん?儚げで守ってあげたくなるタイプじゃない?」
「名前なんていうの?」
矢継ぎ早に向けられる視線と声。
みことは返事ができず、無言のままじりじりとすちの後ろに隠れ込んだ。
人見知りを発揮して、袖をぎゅっと握るその仕草に、すちは苦笑いを浮かべる。
「……俺の弟をそんなに見つめないでくれる?見学料は1秒500円だから」
さらりとした口調で言い放つと、クラスメイトたちは「ええっ!?」と笑い声をあげる。
「ケチだなー」「高っ!」と冗談交じりに返しつつも、視線を引っ込めた。
すちはそんな反応を気にも留めず、みことの背に片手を添え、守るように自分の後ろへと庇った。
「ほら、帰ろうか。怖くないよ」
低く優しい声で囁きかけると、みことはおずおずと頷く。
教室を出るときも、すちはきっちりとみことを庇いながらドアを押し開けた。
廊下に出た瞬間、周囲のざわめきが少し遠のき、みことの表情もほんの少しだけ和らいだ。
「……ありがと」
小さくも確かな声に、すちは優しく笑って「どういたしまして」と返した。
高等部の廊下を歩きながら、いるまは少しだけ足を止め、教室のプレートを確認する。
「……ここか」
扉を乱暴に開けると、授業を終えて談笑していたひまなつがゆったりと椅子にもたれていた。
「ん? なんだ、いるまじゃん」
気だるげな声で振り向いたひまなつ。
その瞬間、教室の空気がピリッと張りつめる。中等部の生徒が高等部に来ること自体珍しいのに、威圧感のあるいるまが立っているのだから当然だった。
ひまなつはそんな周囲のざわめきを意にも介さず、にやりと笑って手をひらひら振る。
「どうした? 迎えにきてくれたん?」
するといるまは、少し視線を逸らしながらも、ぽつりと口を開いた。
「……なつ兄」
その言葉に、ひまなつは一瞬目を見張る。
「おー? 今、なつ兄って言った? へぇ~、やっと素直になったじゃん」
楽しげに笑うその声が、教室に妙に響いた。
いるまは顔を赤らめ、バツが悪そうに髪をかきあげながら続ける。
「……仕方ねぇから迎えに来たんだよ」
ぶっきらぼうで素直じゃない口調。でも、その不器用な優しさはひまなつにしっかり届いていた。
「ははっ。はいはい、仕方なくね。ありがとな、いるま」
ひまなつは椅子から立ち上がり、伸びをしながらゆっくりといるまの方へ歩み寄る。
ひまなつがいるまの肩に手を回した瞬間、クラスメイトたちは一気にざわついた。
「え、誰?」
「中等部の子?」
「めっちゃ顔整ってる…」
視線が一斉にいるまに注がれる。
いるまはその気配を敏感に察し、すぐさま鋭い眼光で教室全体を睨みつけた。
「……何見てんだよ」
低く唸るような声に、数人のクラスメイトがビクリと肩を震わせる。圧倒的な威圧感が、教室の空気を一瞬で凍らせた。
その隣で、ひまなつは楽しげに口角を上げる。
「はは、怖がらせんなって。こいつ、俺の可愛い弟なんだ」
そう言いながら、ひまなつはためらいもなくいるまの頭を大きな手で撫でた。
「っ……! な、何すんだよ!」
嫌そうに振り払おうとするいるま。しかし完全には拒めず、赤くなった耳を隠すように顔を背ける。
「……照れてんの?」
ひまなつが冗談めかして笑うと、周囲のクラスメイトから小さな悲鳴のような声が漏れた。
「え、やばい…」
「あいつ、優しい顔してる…」
「あんな表情するんだ」
いつもだるげで気だるそうな彼が、弟を庇うように優しく撫でる姿。
そのギャップに、教室中の視線が自然と引き寄せられていった。
ひまなつはそんな視線を意識しているのかいないのか、甘い笑みを浮かべたまま、
「さ、帰ろうぜ。……俺の弟、見せびらかすのはここまでな」
と柔らかく言い残し、まだ睨みを効かせているいるまを連れて教室を後にした。
「らん兄ちゃーん!迎えに来たよー!」
元気いっぱいの声とともに、こさめは勢いよく教室の扉を開け放った。
突然の登場に、教室の空気が一瞬止まる。
らんは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……こさめか。ありがとな」
机に向かってノートを広げていたらんは、ペンを止めてこさめに視線を向ける。
「あと一個だけ課題終わらせたいんだ。待っててくれるか?」
「うん!」
こさめは大きく頷き、教室の隅でちょこんと腰を下ろした。
その様子を見ていたらんのクラスメイトたちが、興味津々といった様子で集まってくる。
「え、可愛い子来た」
「らんの弟?」
「元気だなぁ〜!」
「えへへ、俺こさめ!らん兄ちゃんのお友達?」
物怖じせず、にこにこと返すこさめに、クラスメイトたちは一瞬で打ち解け、頭を撫でたり頬をつついたりして可愛がる。
「なにこれ、可愛すぎる…」
「らんってこんな弟いたんだな」
「羨ましい〜」
その光景を横目に、らんは苦笑しながらペンを走らせていた。
「……まったく。こさめが来ると、教室が一気に騒がしくなるな」
でも、どこか嬉しそうに目を細めていた。
こさめは教室の隅で待っていたが、次第にじっとしていられなくなった。
「らん兄ちゃ〜ん」
椅子に座って課題を進めるらんの背後にそっと回り込み、そのまま後ろからぎゅっと抱きついた。
「お腹すいたぁ……」
耳元で小さくこぼす声に、らんは苦笑を漏らす。
「……ほんと、子どもみてぇだな」
そう言いながらも、らんは顔を上げ、近くにいたクラスメイトへと視線を向けた。
「誰か、お菓子持ってるやついねぇか?」
「はいはい、ありますよ〜!」
差し出されたクッキーを受け取ると、らんはそれをひょいとこさめの口元へ。
「ほら、食え」
「あむっ……!ん〜!美味しい!」
こさめは幸せそうに目を細め、もぐもぐと頬張る。
そして口いっぱいにしながらも、らんの背中にさらにぎゅっと抱きついた。
「らん兄ちゃんのお友達さん、ありがと!」
「……まったく」
クラスメイトたちは、その光景に思わず笑みを漏らした。
「なにこれ、尊い……」
「らん、めっちゃお兄ちゃん顔するじゃん」
らんは照れたように小さく息を吐く。
「……静かにしろ。課題終わんねぇだろ」
ぼやきながらも、口元はわずかに緩んでいた。
放課後の廊下。
先に教室を出たすちが、みことの手をやさしく握って引いていく。
みことは少し緊張した面持ちのまま、それでもすちの背に安心を覚えるように黙ってついて歩いた。
その横の廊下では、ひまなつがのんびりと歩きながらいるまの頭をぽんぽんと撫でていた。
「おつかれ、いるま。よく頑張ったな」
「べ、別に頑張ってねぇし……」
赤くなりながらも手を払うことはなく、むしろ撫でられるままのいるまに周囲は驚きの眼差しを向けていた。
そして少し遅れて現れたのは、らんにおんぶされたこさめ。
「らん兄ちゃ〜ん、まだおんぶのままでいい?」
「はいはい、降りたくなるまで好きにしろ」
肩越しに返すらんの声は、普段より柔らかかった。
こさめは背中に頬をすり寄せながら、満足そうに笑っている。
三方向から歩いてきた彼らが、廊下の交差点でちょうど合流する。
「……あ」
先に気づいたのはみことだった。
「おー!みんな揃った!」
こさめがらんの背中から手を振ると、すちとひまなつが目を合わせて苦笑する。
6人の姿は、周囲の生徒たちの視線を自然と集めていた。
それでも彼らは気にすることなく、当たり前のように並んで歩き出すのだった。
すちの手を握ったまま、みことはそっといるまの元へ駆け寄った。
「……」
無表情のままだが、手の力だけで「一緒にいたい」という気持ちを伝えるように、そっといるまに体を預ける。
「お、最近お前、甘えん坊になったな……」
いるまは少し照れくさそうにしながらも、優しく頭を撫でた。
みことは安心したように目を閉じ、体をさらにくっつける。
その光景を見ていた周囲の生徒たちは、一斉に歓声を上げる。
「きゃー!かわいい!」
「あれ、弟くん、めっちゃ甘えてる!」「お兄ちゃんとして、どう思ってるの!?」
生徒たちの視線が一気に6人の中心、みことといるまに集中した。
しかし、いるまは周囲の声を気にもせず、ただみことの頭を撫で続け、守るように体を寄せた。
その姿に、みこともさらに安心し、穏やかな表情を見せるのだった。
夕焼けが校舎を赤く染める中、6人は並んで下校していた。
みことは右手ですちの手を、左手でいるまの手をしっかりと握っている。
ふたりの間を小さな歩幅で歩く姿に、すちといるまはちらりと目を合わせ、どちらも少しだけ頬を緩めた。
「……ふふ」
すちは繋いだ手を軽く振りながら、「なんだか親子みたいだね」と小声で囁く。
いるまは「はぁ?誰が親だよ」と顔を赤くして返すが、繋いだ手を振りほどくことはなかった。
その横で、こさめはらんにおんぶされたまま「らん兄ちゃーん、歩くの楽ちーん!」とご機嫌。
らんは呆れたようにため息をつきつつも、「まったく……重いって言いたいところだけど、こさめは軽いな」と言い、こさめの頭を優しくぽんと叩いた。
こさめは嬉しそうに笑って、さらにぎゅっとしがみつく。
「で、そのまま帰んの?おんぶで?」
ひまなつはクスクス笑いながららんを見た。
「……まぁ、いいんじゃねぇの。こさめが喜んでるし」
らんは少し照れくさそうに言い返し、ひまなつは「優しいじゃん」とにやりと笑った。
そのやり取りにいるまが「うるせぇ」と吐き捨てるが、表情はどこか和らいでいた。
みことは無表情のまま、繋いだ手をぎゅっと強く握りしめる。
すちはその小さな動きを感じ取り、柔らかく微笑んだ。
6人の影は夕焼けの道に長く伸び、笑い声とともに並んで揺れていった。