白い柱に、黄金の装飾。それを見ても飽きないことから日暮らし門と呼ばれる。そんな日光東照宮陽明門の目の前に立つ青年は身長が高くずば抜けていた。無論、彼はサーフィーである。女性観光客にはキャーキャー言われ、男性観光客は憎むように見ながらもいつの間にか立ちすくんでいた。
そして手に持っているメモをすべて読み返す。……そう、今までの出来事を日にちから時間帯まで書いていた。故に、記憶を消されても記録が残っている。クルルのしたことは意味がないとでも言うかのように鼻でフフンと笑う。
……その高身長の美男がメモ帳を見ながらクスクス笑っているなんておかしい光景だ。
それからしばらくするとパーカーの人影が見えて、サーフィーは大きく手を振る。
「クルルと兄ちゃん遅い! もうそろそろ俺始末されちゃうとこだった!!」
長い体をガクッと落として安心したと溜息をこぼした。一方で二人は顔を見られないようにしながら近づいて二の腕を組んだ。
「見られてんだよ馬鹿が」
クルルは小声で呟いてそのまま目立たないところまで歩いた。客に混ざっていた吉木も後をつける。
「……はぁ、後ろ」
「声に出すな」
口に手を当てて声が出ないようにする。サーフィーはモゴモゴしたが何も言わなくなった。
グルは乱暴にしたことを半分後悔したが仕方ない。背後を伺いつつも路地裏にある喫煙所まで向かった。誰一人いなくて、何より暗い。ジメジメとしていて壁には小さな虫が蠢いていた。
「サーフィー、お前……記憶」
「メモ帳〜」
「コイツ……」
全部メモしてたよ〜と言いながら開いて見せる。文字が小さすぎて読めなかったが、正確なものだと分かった。
「わかるでしょ、吉木居るし逃げても無駄だし。捕まって終わりじゃん俺ら」
諦めの色が見える。二人は溜息をつくことしか出来なかった。
「……一旦戻る?」
「面倒だから辞めろよ。グルさんの金すり減るだけじゃねぇか」
そう。ここまで来たのは全てグルのカード。これ以上は流石に迷惑だとクルルは唸った。流石に疲れてきたのか鞄を足元に置いて壁により掛かる。いつの間にか後ろの気配は消えていた。
「ねー、俺気になるもん見つけたんだよね。吉木のことは一旦忘れて平和なお話しようよ」
「……何を見つけた?」
初めにグルが食いついた。彼は案外、こういう話に食いつくことが多々ある。平和という言葉を好んでいたのは小学生からだった。
そんな事もあってか期待の眼差しを向けていたものの、それは秒速で裏切られることとなる。軽く絶望した。
「屋上に女の子立ってた」
「早く言え!!」
鞄を抱えて全力で屋上まで向かう。そして、人影を見た。身長の低い女性の後ろ姿が目に入る。白色のスカートと麦わら帽子。長い髪。
サーフィーは引き寄せられたかのように近寄った。
「ね、ねぇ……」
「ひっ?!」
彼女は怯えたようにフラリとする。足元を滑らせ落ちそうになったところを、サーフィーが抱えた。
「危ないですよお姉さん……まじで危ない」
気を抜いたら叫びそうだった。クルルとグルは黙って階段のところにいる。この雰囲気に水を差せば……どうなることか。
女性は苦悶の表情でサーフィーを眺めていた。
「貴方……誰ですか」
「あ……えと……サーフィーです」
言って良いのかなという表情をしながら後ろを伺う。別に構わないと読唇術で伝えた。
女性はただただ驚いていて口を赤ん坊のように開けている。
「が、外国人?」
「え〜と……えっと……ロシア人です……俺」
にしてはスラスラすぎる日本語。疑われても言い訳できないため誤魔化せない。苦悶の表情で天を仰ぐサーフィーは、必死に考える。そこで、閃いた。
「ストレスを撲滅するお店してるんです。だからロシアから遥々来まして!」
暗殺機関だってストレス撲滅機関に間違いない。言い換えただけだ。何ならアメリカの本部なんて世界の鬱憤晴らしのような暗殺機関だった。浦のせいもあったが、強さだけが誇りという感覚だろうか。
「ストレス……撲滅……何でもしてくれるんですか」
「勿論! 話聞きますから場所変えましょう」
二の腕を組むと、階段をカツカツと降りていく。通りすがるとき、サーフィーは二人にウインクした。
近くのカフェに足を踏み入れて離れた席に腰を下ろす。サーフィーと女性は向かい合う形になった。身長差に体格差。すべて一目でわかる。 自分は意外と大きいのかとサーフィーは手を握ったりしながら考えた。
「あの、サーフィーさん」
「何です?」
「私が……あそこに居た理由、聞かないんですか……」
「聞いて辛くなってしまうかもしれない……。話すかどうするかは、お好きなように」
ニコッと笑う。白い睫毛が重なるのを見て、女性は目を逸らして赤面した。流石の破壊力である。
「私、夫にDVされてるんです」
「……例えば、どんな?」
身を乗り出す仕草は興味をそそられた子供のようだった。真剣な顔つき。体の大きさのみでそれは恐ろしいとも思えた。
「殴られたり、恥ずかしい写真を周りにバラすと脅して色々と……」
「それが嫌になって、屋上に?」
女性は図星だとでもいうようにギクッとした。
「はい。もう、なんか嫌になっちゃって。死ぬなら死んで欲しいほどです。それくらい、夫が嫌いで愛せなくて。離婚したいのに出来ないんです」
「……奥さん、そのストレス、晴らしますよ」
サーフィーは手元にあった水に口をつけて、唇を控えめに舐める。
「え……?」
女性は訳が分からないとでも言うかのように唖然とした。その様子を見たからか、サーフィーは両手のひらを前に出して苦笑した。
「ははは、俺はストレスを撲滅する団体ですからそういうことをするのが仕事なんです。法律に触れずに、天罰を食らわせるわけだ」
彼は反社だ。何しても法律に触れている。おそらく頭のなかでは証拠隠滅の方法と効率の良い手段が出てきているのだろう。女性に見えないようにニヤリとした。
「できるんですか?」
恐る恐る、そう訊かれて咄嗟に答えた。
「もちろん! 夫さんの名前と生年月日さえ分かればね」
それからは一瞬だった。紙に書いて渡された情報をクルルに専用のメールで届ける。すぐにアカウントがいくつも送られてきた。
「岡崎博啓さん三十六歳。職業はとある車の会社……社長ですか、へえ。アカウントを複数持つなんて、いやらしいですね」
画面を撫でながらメールの画面を開く。すると見るに堪えない文字を見て、目を瞑ってしまった。唾を吐きたいほどだ。
「あれだけで分かったんですか」
「はい。なんとも浮気を三人としているようです。スクショしたんで送りますね」
「え、私のメール……」
「いいから」
女性はスマホを見て愕然とした。声も出ないといった様子に思わず笑いそうになる。
「天罰、どうします?」
ニコニコとして、両手を組む。
「……痛い目見せてやりたい」
泣かんばかりの声。恨むような、怒りの表情を隠せていなかった。
「どんなふうに?」
「タコ殴りにでも…………!!」
「承りました」
そういうと、メモ帳の紙を破いてロシア語で何やら条件を書き始めた。そしてシャーペンとともにそれを渡す。
「このことを通報しない、広めないという条件です。もし破れば……」
首に親指を当ててシュッと切る仕草をした。女性は恐ろしいと感じながら、震える手でサインする。サーフィーはそれを確認すると席を立った。
コメント
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浦はもう諦めたって事で良くないですか?このままこういう仕事して日本で平和()に暮らしましたって事でよくないですか??🫠((毎回言ってんなそれ タコ殴りが優しく見える謎😇(それでも彼らだと半56しか全56しになりそう())