せっかく来たのに楽しめないのは勿体無いと思ったから。
みんなと話せるきっかけになればと、そばに座って少し会話をしただけ。
最初は想の派手な見た目と、鋭く見える三白眼に怯えていた舞衣歌だったけれど、話しているうちに段々馴染んできてくれて。
「重すぎる」と言われて彼氏にフラれたばかりだと眉根を寄せた彼女に、当たり障りのない返事をした想だ。
その流れで「山波くんは彼女はいないの?」と聞かれたから「今はいない」と答えた。
ただそれだけ。
そういう、想にとっては深い意味なんてなかった言動のあれこれを、好意だと受け取られたのだとしたら申し訳なかったな、と思いはしたけれど。
お兄ちゃん気質で、ついお節介をしてしまうのは悪い癖だと分かっていても、なかなか一朝一夕に直るものではない。
学生時代からこの性格のせいで結構女の子に期待させてしまった経験のある想だ。
舞衣歌ほど酷く思い込む娘は初めてだったけれど、それでもそう言う経験がなかったわけではなし、もっと気を付けて行動すべきだったと反省したのも事実。
「結局その子がさ、俺の周りにいる女の子を手当たり次第き嗅ぎ回り始めちまって。あのままだとお前にも迷惑がかかりそうだったから……」
どこか申し訳なさそうに想が苦笑して。
「お前、強く出られると怯んじまうトコあんだろ? 結構な剣幕で迫られたって会社の事務の子に聞いてさ。こりゃマズイなって思ったんだ」
想の口ぶりだと、自分を守るために家を出た、と言っているように聞こえてしまった結葉だ。
でも、すぐにまさかね、と頭を振ってその考えを追い払う。
(きっと想ちゃんは妹の芹ちゃんを守る感覚で、私のことも気にかけてくれただけ……)
そう思い直して、結葉はひとまず納得して。
「彼女には実家を出るって話して、ちゃんとアパートの住所も教えた。そうすりゃあこっちで全部引き受けられるからな。実家の方を彷徨かれる心配も減る」
想の目論見通り、舞衣歌は想のアパートを頻繁に訪れるようになったらしい。
「時間は掛かったけど、彼女にはちゃんと納得してもらったよ」
正確には、舞衣歌に新たな恋のお相手が出来て、自然に離れていってくれただけなのだが。
想はどのくらいの期間、付き纏われたかまでは話さなかった。
だけど期間はどうあれ、想にとって結構な負担だったに違いない、と思った結葉だ。
結葉が同じ立場だったらきっと一人で抱えるなんて無理だったと思う。
あの頃の結葉は、想に彼女が出来たと思い込んで勝手に意気消沈して。
両親に勧められるまま偉央と見合いをしてお付き合いするようになっていた頃だったから、想がそんな大変なことになっているだなんて思いもしなかった。
「……大変、だったんだね」
自分が想を忘れるためという名目で始めた、新しい恋愛にうつつを抜かしていた間、想がそんな目に遭っていたんだと思うと、結葉はギュッと胸が苦しくなった。
それと同時、もしもその時、今みたいに自分が真実を知っていたならば、未来は変わっていたんじゃないかな?とか有り得ない「たられば」を考えてしまって。
(バカね、結葉。想ちゃん、好きな人居るって言ったじゃない。――もしそうだとしても私はきっと偉央さんと結婚してた)
そう。
想は付き纏う女性を牽制するために「好きな子がいる」と、本音でぶつかったと話していたのだ。
彼女がいた事が真実ではなかったにせよ、そこに結葉の入る余地なんて元からなかったではないか。
「ま、昔の話だ。今は静かなもんよ。――んなわけで、ここにお前が居ても何も問題ねぇってわけ。だから変に心配すんな? ――分かったな?」
想は、どうやら結葉にそれを伝えたくて、この話をしてくれたらしい。
「ん、分かった。……想ちゃん、有難うね」
言いながら、胸の奥に小さな棘が刺さったままなのを、結葉は紅茶をひとくち飲んで喉の奥に流し込んだ。
想は優しいから。
こんな風に言ってくれてはいるけれど、彼が好きな女の子と結ばれるためには、自分の存在が邪魔でしかないのは明白だ。
想の中では妹位置なのかもしれないけれど、世間一般に見れば結葉と想は赤の他人なのだから。
実妹の芹が想に甘えるのとはわけが違う。
(いつまでも想ちゃんに迷惑を掛けるわけにはいかない)
そう思った結葉だ。
そのためには、偉央とのことを一日でも早く決着を付けなければ、仕事を探す事ですらままならないと気がついた。
仕事が決まらなければ、生活の基盤が整わないから、ここを出て行くことすら叶わない。
(まずは自分のことと、ちゃんと向き合う勇気を出さなきゃ)
偉央とのことに決着をつけると言うことは、そういうことも含んでいる。
結葉はほうっと吐息を落とすと、居住まいを正して想をじっと見つめた。
想がこんな風に違う話をしてワンクッションあけてくれたのは、結葉を安心させるためだけじゃないのも、分かっているつもりだ。
きっと、想は他の話をして時間を稼ぐことで、結葉が気持ちに整理をつけて、せめて今日の事だけでもことの次第を話してくれる準備が整うのを待ってくれている。
「あのね、想ちゃん。驚かないで聞いてね――」
結葉がそう告げたら、想がスッと目を眇めて、背筋を伸ばしたのが分かった。