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今日がその約束の日だ。
王城の演説台で王が叫ぶ。
「我々は数百年にわたって、魔王軍に虐げられてきた! 奴らの侵攻で世界は焦土と化している! そして魔王は今日、この王城に最高戦力……皇子を送り込むと宣言した! 我らはこのまま滅びる運命なのか……? 否! 我々は今日のため、魔族への対抗手段を模索してきた!」
国民たちは祈るように指を組み、王の演説を聞いている。
「倒すべき敵は、第七皇子リシェル・カーヴァンクル!」
演説の中、アストリア王が告げた。
リシェルは八人の皇子の中でも特に不気味な存在だった。
他の皇子たちは城を魔物の軍勢で取り囲んだり、飛行船を用意して空中から大砲で狙いをつけたり、臨戦態勢でいる。
しかしリシェルは、何もしてこない。その姿を見た人間もいないという。
世間では、王宮に潜伏して王の首を狙っていると噂だ。皇子は単独で騎士団を皆殺しにできるだけの力を持つらしい。奴が一人だったとしても、油断できるものではない。
王が胸に手を当てて言う。
「約束の日の当日になったものの、我らはようやく、リシェルを討つ手段を手に入れたのだ!」
そうだ。
王国は今日、禁忌の魔術に手を出す準備を整えた。
異世界召喚。
勇者を呼び、皇子を倒してもらう算段らしい。
王国騎士団に所属する俺たちは、召喚の儀に立ち会っていた。特等席で奇跡に見えることをありがたく思えと、団長に何度も言われている。
「……こんな他力本願の策が、俺たちにとって最後の希望なんて」
俺がボソリと言った一言を、すぐ傍にいた同僚のゲイリーが鼻で笑った。見下した目で俺を見てくる。
「カイルよお、ケチつけられる立場かよ。外れスキルしか持たねえ、騎士団のお荷物が」
「……リシェルやこれから来る勇者様にとっちゃ、俺もお前も五十歩百歩だろ」
「なんだてめえェ! お前ごときが俺と同格とでも思ってんのか!?」
「命の価値は等価かもな。この儀式の結果次第じゃ、俺もお前も等しく皆殺しにされるんだから」
馬鹿話をしている間にも、儀式は進んだ。
王宮の中庭で、魔術師たちが陣に魔力を込めると、中空に白い光の輪が浮かんだ。
そして一人の男が降り立った。
あちらの世界で言う背広姿のサラリーマン風の男が、ぼうっと空を見上げていた。
「よくぞ来てくれた。異世界からの勇者よ。お主を呼んだのは他でもな……」
王の言葉を遮ったのは他でもない、異世界からの勇者だった。
「頼む……俺たちの世界は、もう……ゾンビに滅ぼされて」
儀式を見守る騎士団や魔術師も、異変に気付き始めた。
勇者の服は血に濡れている。肌は土気色。目の焦点も合っていない。
「……誰か……助けて……」
それが、勇者が人として発した最後の言葉となった。
勇者の背後から突然現れた女が、勇者の喉笛を噛みちぎった。女の風体は明らかに、死体のそれだ。身体がところどころ腐っている。
それなのに、動いている。
「何だ? 何が起きてる……?」
ゲイリーが困惑した様子で言う。
召喚の儀が終われば閉じるはずの光の円環が、閉じていない。
輪の向こうに異世界が見える、灰色の空と崩壊した都市が広がっている。
そして蠢く影が、ボトリボトリと堕ちてくる。
ゆらゆらと蠢くゾンビとやらの軍勢に、最初の男も加わった。
人を喰らう腐乱死体たちが、こちらに標的を定めた。
「閉じろ! 輪を閉じろ! 早く!」
魔術師団が叫ぶ。だけどもう遅かった。
それから先は、悪夢のような光景が広がった。
噛まれた者が倒れ、新たなゾンビとなってまた立ち上がる。負の連鎖が始まった。
恐れるべきはその生命力だ。ゾンビは心臓を刺されても止まらない。剣を突き立てても歩いてくる。首と胴が切り離されても、這うようにしてそれらを探し、数秒で癒着して元通りになる。
「何なんだ、こいつら!」
噛まれた兵士が逃げ出し、広場の外に出てしまったのも、騒ぎが悪化する一因になった。逃げた兵士から感染は広がり、民衆はパニックを起こした。王都は数時間で地獄に変わった。
騎士団の指揮系統もめちゃくちゃで、俺もゲイリーも押し合う人の流れに飲みこまれていた。
「……馬鹿か、俺たちは」
俺たちは今日、リシェル・カーヴァンクルの手で滅ぼされるはずだった。
だったら想像できたはずだ。
勇者様たちの世界にも脅威となる存在がいて、滅んでいるかもしれないって。