腰をかがめたムライはネイを掴もうとして躍起になった。
間違えて自分の腕を掴んでしまい、苛立たしげに地面へ向かって日本刀を打ちつける。
その日本刀を足場にしてネイはムライの頭上へ仁王立ちになった。
なかなか笑いを誘う光景だった。
侮辱されたと感じたのかムライの日本刀が何と、己の頭ごとネイを切ろうとする。
当然ネイは素早く避けたので、日本刀はムライの頭へ深く刺さってしまった。
慌てて食い込んだ刃を抜こうとする隙を突いたネイが、ソードブレイカーの力を存分に発揮させてムライの武器を完全破壊する。
ショックにか全身を硬直させてしまったムライの核を狙いすまして放った一撃は、呆気なくムライを絶命させた。
「あ! 大太刀が出ました!」
武器を砕いたのが良かったのだろうか?
ネイ自身の運が良いのだろうか?
運気上昇系の装備は、クレアしかつけていない。
それとも比較的じめじめした環境なので、ローレルのチョーカーが威力を発揮しているのかもしれない。
何にせよ、その幸運と同じだけの不運が待っていないといいのだが。
クレア&ネラと行動しなければならないのが不運ならば、この運の良さも当然といえるけれども。
「おぉ! 凄いね!」
「私の方は残念ながら、日本刀でしたわね」
ローレルが肩を竦めると、たゆんと大きな胸が揺れる。
ネマがこっそり自分の胸を持ち上げてしょんぼりしていた。
ローレルの戦闘は、なかなかにえげつなかった。
水の最弱呪文・ウォーターボールを口・鼻・眼球のない瞳に向かって延々と放ち続けて、ムライを溺死させたのだ。
ムライ自身もそんな死に方をするなんて想像もできなかったのだろう。
虚空を湛えているはずの瞳が驚愕に白黒していたようにも感じられた。
避けようと掌でそれぞれの部位を隠そうとすれば、威力の上がったウォーターボールで弾かれるのだ。
どうしようかと考える間もなく大量の水に襲われ、翻弄され、殺された。
さすがに水系魔法に長けた人魚族だと、背筋を這い上がる悍ましさとともに賞賛する。
大太刀も無事入手できて依頼を達成させた三人は、料理が好きなアリッサが使うかもしれないからと、クウェがいる状態でたっぷりとるみくを採取して三階へと降りていく。
リス族と外見大きさがよく似ているクウェのアイテムは弓だった。
サイズが合うからと弓をサブウェポンにしようか相談するネマとネイの様子は愛らしく、ついローレルと同じ慈愛の眼差しで二人を見詰めてしまった。
「三階の宝箱は高価なアイテムが入っているといいですわねぇ~」
三階に下りてすぐに宝箱があるので、きちんと罠チェックをするネマの背後から覗き込むようにしてローレルが呟く。
「はい。そうですね。まさか、二階の宝箱の中身が棍棒一ダースと鎌一ダースの外れ宝箱だとは思いませんでしたものねぇ」
あうんの呼吸でネマに自分たちの体型に合わせて作った特注の罠解除具を順に手渡しながら、ネイも頷いた。
中身が空の宝箱もあるのだから、まだマシだっただろう。
それでもモンスターを倒したときと同じアイテムが出るのは寂しいものなのだ。
ましてや、棍棒はなぜかバラの香りがするという効果付で、鎌に至ってはキリキリのドロップアイテムより価値の落ちる、武器としては使えない農具だったのだ。
どちらも需要は多分にあるし、買い取り価格も決して悪くはないのだが、宝箱=希少なアイテムという認識が強いだけに、どうしても物足りなく思ってしまうのが冒険者心だろう。
「……ん、よし! 開ける!」
額ににじんだ汗を軽く拭ったネマが、そっと宝箱の蓋を開ける。
重そうだったので後ろからローレルが手を伸ばして手伝った。
「え? えぇ! 凄いわぁ~。無限浄化石ですって!」
「やったね!」
「うん。やりましたね!」
両掌を差し出したローレルの、それぞれの掌にネマとネイが小さい両手をたしたしと叩きつける。
宝箱の中に入っていたのは、使用回数制限のない浄化石だった。
小さな石が一つころんと転がっていただけの物足りなさだが、その価値は大変高い。
運良く入手できたら手元に置いておきたいアイテムトップ三には入るだろう。
また高額で買い取ってももらえる。
「幸先良いねぇ~! この調子で、あと三個ある宝箱も素敵なアイテムだといいなぁ~」
ローレルが慎重にアイテムバッグへ浄化石をしまい込むのを、嬉しそうに見守った二人も大きく頷く。
「……このまま二人が戻ってこなければいいのに……」
「ネマ姉……」
「そうよねぇ~。私も同感だけど、どうかしら? まぁ特に待つことはせずに、追いついてきたら行動を共にする感じでいきましょう」
「じゃあ、さくさく行動しましょう! ね? ネマ姉!」
ネマはすっかりネラを疎んでしまったようだ。
彼女はストッパーとしてのネルがいないだけで、酷い暴走を繰り返している。
もしかすると今までもネルがいないときには、すぐ下の妹であるネマが多くの被害を受けていたのかもしれない。
「この階で達成できるクエストは、傷薬一ダースです」
三階はほとんどが膝下までの水が揺れている階層だ。
水は海水だったり真水だったりそれ以外の水だったりする。
傷薬は海水に潜むヒーリングフィッシュのドロップアイテムだ。
ちょっとした擦り傷切り傷に効く傷薬は、薬師が作るものもあるが、そちらは割高だったりする。
冒険者が金銭的な面からドロップアイテムの傷薬を使うことが多い関係で、なかなか達成されない依頼の一つでもあるのだ。
冒険者ギルドが常に依頼を出している状態だが、達成金は安い。
ただ、そういった依頼の達成はギルドに感謝される。
ゆえに初心者には向いている依頼ともいえた。
ヒーリングフィッシュは真っ白い魚体をしており見つけやすく、穏やかな性質で、初心者でも狩りやすい。
「ヒーリングフィッシュってわかりやすいから、簡単でいいわよね~」
ダンジョン地形が水であるならば、人魚であるローレルの独壇場だ。
ローレルは尾びれを使って、あっという間にヒーリングフィッシュを空中に跳ね上げる。
跳ね上がった魚体が再び海水へ落ちる前に、半分をネマとネイが、残りをローレルが素早くとどめを刺した。
「水に落ちた傷薬を拾うのは、ちょっと面倒だよねー」
ぽちょんぽちゃんと音をさせながら傷薬が水中に落ちてしまうのを、ネマとネイが潜って一個ずつ丁寧に拾っている。
いつの間にか水中眼鏡をしていた。
「採取依頼はないけれど、主様のために採取はしておいた方がいいわよね~?」
傷薬の回収を二人に任せたローレルはアリッサのために採取をするようだ。
ネイほどではないけれど、ローレルの採取も丁寧で評価は高い。
特に水場でローレル以上に素早く採取できる者は、そうそういないだろう。
三階層で採取できるアイテムは三種類。
というか、王都初級ダンジョンで採取できるアイテムは各階層三種類と決まっていた。
それ以外を採取しようとしても、例えばダンジョン内で消費するのは可能なのだが、ダンジョン外へ持ち出すことはできなかった。
これは王都初級ダンジョンの大きな特徴の一つとして広く知られている。
ちなみに持ち出そうとしても、ダンジョンから一歩出た途端、霧散してしまうのだ。
知らずに入って、採取で一儲けと考えた、冒険者の悲惨な悲鳴は時々醜く響いている。
赤い海藻である・かめーわ、海水の底に沈んでいる砂・しーさんど、何とも気持ち悪い形をしている・うしうしは、水に濡れるのを厭わなければ採取そのものは難しくない。
「かめーわは乾燥させると日持ちするから料理の彩りに花を添えてくれるのよね~。しーさんどは畑の肥料にいいと聞いたわ~。主様なら自ら野菜作りなんかもされそうだから、少し多めに取っておこうかしら? うしうしは……うん。この形は気持ち悪いけど、食感がいいのよね~」
さすがに海の物には詳しいようだ。
うしうしの姿蒸しは遠慮したいが、姿形が想像できなくなる身を刻んだ酢の物ならアリッサも喜んで食べるだろう。
「ローレル! 手伝おうか?」
「あ! 傷薬の回収、終わりましたのね? 御苦労様でした。こっちも終わるから大丈夫ですわ~」
「依頼は達成できました。戦闘はどうしますか?」
「宝箱でもの凄い浄化石を入手できたから、クリーンシェルと戦う意味が見いだせない……」
「ポーションを落とすフィッシュ系も、ヒーリングフィッシュと同じ方法で、簡単に戦闘終了できますものねぇ~? トラップスライムのレアドロップアイテムでも狙ってみましょうか?」
トラップスライムのドロップアイテムは燃料と火打ち石だが、ごくまれに罠解除道具一式が出る。
最後にとどめを刺した者にあったサイズでドロップされるので、ネマかネイがとどめを刺せば特殊料金を支払わなくても彼女たちのサイズにあった罠解除道具が入手できるのだ。
挑戦する価値はあるだろう。
壊れやすい道具でもあるので、予備は持っておいた方がいい。
「うん! 賛成!」
「……何となく、ですが。宝箱で出る気もします」
「勿論、宝箱は最優先で回収いたしますわ~。しかし水の階層なのに、魚系がドロップしないのは不思議ですわねぇ」
「次の階層で、出るみたいですね?」
「肉メインなのにね。魚も肉扱いなのかなぁ?」
ダンジョンモンスターは、それ以外のモンスターよりも、御方曰くファンタジー要素が強いとのことだ。
「空飛ぶ魚だから、そもそも魚じゃないのかもしれませんわね~」
両肩にそれぞれネマとネイを乗せながら、本来なら苦労するはずの水の階層を、余裕綽々で進むローレル。
攻撃態勢を取った途端、モンスターたちはローレルの尾びれにより空中へと高く投げられて、落ちるまでにネマとネイが絶命させた。
ドロップアイテムはローレルが拾った。
二人は、ローレルばかりに働かせてしまうと恐縮していたが、ローレルはこの特殊な階層だけだから、何の問題もないと笑う。
本来なら行けない場所でも、小さな体の二人が行ける場所は少なくなかった。
そんな場所でする採取は人の手が入っていない分、良質なものが多いのだ。
ローレルはそれをきちんと理解してる。
「あらぁ? 出ましたわねぇ~」
ローレルが水の底、砂の中に埋まっていた宝箱を掘り出して膝の上に載せた。
宝箱の上に乗って今回は簡単だったらしい罠解除を終えて頷いたネマと、蓋を開けるのを手伝ったネイが、よく見えるようにローレルに向けて開いたのだ。
ローレルが驚く声を上げた宝箱の中には、罠解除道具が三セット入っていた。
ネル、ネマ、ネイ用の三個なのかと思い至って、ダンジョンの得体が知れない意思を感じてしまい、背筋がぞくりと怖気立つ。
ローレルに合わせたサイズではなく、戻ってくる気があるのか疑問なネラの分でもなく。
最初から別行動を取っているネルの分だ、と思ってしまったのだ。
「……三個なら、ネル姉、ネマ姉、私用ですね」
当たり前のようにネイもそう言っていた。
一つだけマジックバッグに入れたネイは、一つを自分で持ち、一つをネマに渡した。
「初級ダンジョンなら難しい解除も少なそうですから、二人で、試してみましょう」
「そうだね! 新しい道具には早くなじんでおきたいものね。性能は……どっちが上かな?」
「初級ダンジョンとはいえダンジョンものですからねぇ~。でも、今使っているのも一応オーダーメイドものですから、使ってみて判断した方がよろしゅうございますかしら」
ローレルの言葉に二人は素直に頷いている。
このまま三人で行動すれば、何の問題もなくダンジョンが踏破できそうな。
そんな穏やかな雰囲気がほんわりと周囲に漂っていた。
仲良く四階層に下りた三人は、揃って眉根を寄せた。
クレアとネラが既に待っていたのだ。
それだけならいい。
頑張ったと褒めても。
僅かだけだがプラス修正しても。
だが二人以外にも人がいる。
他者の力を借りたからこそ、三人より先に着けたのだ。
三人より遅れて怒りと苛立ちが彩絲の頭に到達した。
「遅かったじゃない! またネマとネイが足をひっぱったんでしょ! ごめんなさい、ローレルさん」
ネマとネイを睨みつけながら口だけは殊勝げに謝ってみせるネラ。
しかしクレアの肩に乗ってふんぞり返った体勢での謝罪は最早、憎悪を募らせるものでしかない。
そもそも言うべきことは他にあるはずだ。
「……後ろの方々は、どなたなのかしらぁ~?」
ネラの言葉など綺麗さっぱり無視をしたローレルの、肩の上でネマとネイがぴょんと跳び上がる。
それぐらいローレルの声は悪感情に満ちていた。
無理もない。
それだけ二人の行動は信じ難いものだったのだ。