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第二章 小さな光
第五話 闇の中で
「ジントっ!」
ダイチはよろめきながら駆け出した。
地面へ倒れ込んだジントの傍へ膝をつく。
肩を掴む。
「ジント!」
返事はない。
顔色は青白く、呼吸も浅い。
けれど、生きている。
その事実に、ダイチはようやく息を吐いた。
その時だった。
背後で大きな歓声が上がる。
「倒したぞ!」
「魔物を討ち取った!」
兵士達の声だった。
これが最後の魔物だったらしい。
街を覆っていた緊張が少しずつ解けていく。
だがダイチにはどうでもよかった。
今はそれどころではない。
腕の中の幼馴染の方が大事だった。
ダイチはジントを抱き上げる。
軽い。
昔より背は伸びたのに、驚くほど軽かった。
「……帰ろう」
誰に言うでもなく呟く。
そして薬屋へ向かった。
◇
薬屋の前には灯りがあった。
マーサが立っていた。
まるで最初から分かっていたみたいに。
小さなランプを手に持ち、静かに二人を待っていた。
ダイチの姿を見ると、すぐに扉を開く。
「中へ」
短い声だった。
ダイチは頷く。
急いで店の奥へ入り、ジントをベッドへ寝かせた。
マーサは慣れた手つきで脈を確認する。
額へ手を当てる。
しばらく様子を見たあと、小さく息を吐いた。
「命に別状はないよ」
その言葉にダイチは肩の力を抜いた。
今にも崩れ落ちそうだった。
それほど緊張していたのだ。
マーサはそんなダイチを見つめる。
乱れた髪、傷の付いた顔、泥や血で汚れた服。
戦闘の厳しさ物語る姿だった。
そして静かに言った。
「今夜は帰りな」
「でも」
「大丈夫だよ」
優しい声だった。
「この子は私が見てる」
ダイチは唇を噛む。
本当は離れたくなかった。
目を覚ますまでここにいたかった。
けれど、ソルト家もきっと心配している。
結局
「……また明日来る」
そう言い残し、薬屋を後にした。
外には馬が待っている。
手綱を握りながら、ダイチは一度だけ薬屋を振り返った。
窓から漏れる灯りが夜の闇に滲んでいた。
◇
-–
そこは、真っ暗だった。
何も見えない。
自分の足元さえも。
いや。
本当にそこに自分が存在しているのかすら、曖昧になるような感覚だった。
暑さもない。
寒さもない。
光も。
音も。
何もない。
ただ、果てのない暗闇だけが広がっていた。
どれほど時間が経ったのだろう。
その時、
ふと、どこからか、小さな音が聞こえた。
「……っ」
誰かが泣いている。
かすかな
けれど確かな、啜り泣く声。
「……どこにいるの?」
小さく呟く。
ジントは、その声のする方へ歩き出した。
足元は何もないはずなのに、不思議と進むことができた。
暗闇の中を。
ただひたすらに。
やがて、遠くにぼんやりと何かが浮かび上がる。
人影。
小さな身体を丸めるようにして、膝を抱えて座り込んでいた。
長い黒髪。
闇に溶け込むような黒い衣。
白く細い手足。
それは少女だった。
肩を震わせながら、ずっと泣いている。
「……」
ジントは少女へ近づこうとする。
けれど。
あと少し。
あと少しの距離なのに。
足が前へ進まない。
踏み出したはずの足は、空を切るように沈んでいく。
まるで、
そこだけ世界に拒まれているようだった。
「どうしたの……?」
声を掛けても。
少女は顔を上げない。
ただ、泣き続けている。
ジントは何もできず、その場に立ち尽くした。
この子は誰なのか。
なぜ泣いているのか。
なぜ自分はここにいるのか。
何一つ分からない。
それでも、その泣き声だけが
暗闇の中で、いつまでも響いていた。
◇
翌朝。
ジントはゆっくり目を開いた。
身体が重い。
頭も痛い。
ひどく長い夢を見ていた気がした。
けれど内容は覚えていない。
「……」
ぼんやりと天井を見つめる。
嗅ぎ慣れた薬草の匂い。
薬屋のベッドだった。
「起きたかい」
マーサの声がする。
椅子に腰掛けたまま、こちらを見ていた。
「ばあちゃん……」
身体を起こそうとして顔をしかめる。
まだ気分が悪い。
その時だった。
握り締めた掌に何かがある。
視線を落とす。
そこには砕けた御守りの欠片。
昨夜の記憶が蘇る。
満月。
魔物。
ダイチ。
砕けた剣。
そして
自分。
「……俺は」
喉が震えた。
「俺は……何者なの?」
マーサは答えなかった。
しばらく黙ったまま、欠片を見つめている。
そして、とても苦しそうな顔で言った。
「私にも分からないんだよ」
その言葉は正直だった。
誤魔化しではなく。
本当に、分からないのだろう。
「……」
ジントは何も言えなかった。
◇
街は騒がしかった。
窓の外から声が聞こえる。
「そこ気を付けろ!」
「木材を運べ!」
「壁の修理が先だ!」
役人達が被害状況を確認している。
職人達が建物を修理している。
ラディスはすでに復興へ向けて動き始めていた。
けれど、別の声も聞こえていた。
「聞いたか?」
「薬屋の孫が……」
「黒いのを集めてたって……」
「やっぱり普通じゃなかったんだ」
ジントは耳を塞ぎたくなった。
聞こえてしまう。
嫌でも。
昨夜から、人の感情が以前より鮮明に伝わるようになっていた。
恐怖。
不安。
疑念。
負の感情が胸を刺す。
それだけではない。
「魔物を呼んだんじゃないか?」
「だから黒髪なんだ」
そんな噂まで流れていた。
街の一角には見慣れない人影もあった。
白い服を纏った者達。
教会の人間だ。
何かを調べているらしい。
けれど詳しいことは分からなかった。
◇
一方で、ダイチは英雄扱いされていた。
「ソルト家の長男が頑張ったらしいぞ」
「勇敢だったって話だ」
「将来有望だな」
そんな声が街中で聞こえていた。
ダイチ本人はきっと困った顔をしているだろう。
そう思うと少しだけ可笑しかった。
けれど、今は笑えない。
◇
それから数日。
ジントは外へ出なくなった。
薬屋の中だけで過ごす。
本を読むことも減った。
夜になるのが怖かった。
目を閉じるのも怖い。
またあの感覚が来る気がした。
胸の奥で渦巻く黒い感情。
自分が何なのか分からない恐怖。
そして、人々の感情。
怒りも、悲しみも
全部流れ込んでくる。
まるで、世界の苦しみが少しずつ自分へ集まってくるみたいだった。
◇
ある夜。
ジントはベッドの上で膝を抱えていた。
部屋の灯りは消している。
窓の外には月。
その光を見るだけで胸がざわついた。
怖い。
全部。
何もかも。
その時だった。
コンコン。
扉がノックされた。
ジントは顔を上げる。
こんな時間に?
マーサではない。
彼女ならそのまま入ってくる。
再びノックの音。
そして
「ジント」
聞き慣れた声だった。
部屋の外にいたのは、
ダイチだった。
コメント
1件
うわっ…第13話、めっちゃ重くて苦しい回だった…。ジントの「俺は何者なの?」って問いかけが刺さるわ。あの暗闇の中の少女は誰なんだろう?御守りが砕けたのも気になるし、噂で追い詰められてく感じがリアルで辛かった。でも最後にダイチが来てくれたの、ちょっとホッとした…。続き気になる!
しゅうたろう
81
#MZ