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第二章 小さな光
第六話 俺がおる
夜だった。
窓の外には満月が浮かんでいる。
静かな夜。
本来なら心を落ち着かせるはずの月明かりが、今のジントには恐ろしく見えた。
部屋の灯りは消していた。
ベッドの上で膝を抱える。
胸の奥がざわつく。
目を閉じれば、あの夜が蘇る。
砕けた御守り。
渦巻く瘴気。
人々の視線。
恐怖。
嫌悪。
そして、自分自身への恐れ。
「……はぁ……っ」
呼吸が浅くなる。
最近は夜が来るのが怖かった。
眠るのも怖い。
夢の中でさえ、自分が何者なのか分からなくなる。
街の人々の感情も以前より強く伝わってくる。
怒り。
不安。
悲しみ。
様々な感情が流れ込み、胸を締め付ける。
耐えようとしても耐えきれない。
誰にも言えない。
マーサには心配を掛けたくない。
だから、一人で抱え込むしかなかった。
その時だった。
コンコン。
扉が小さく叩かれる。
ジントは顔を上げた。
こんな時間に?
再びノックの音。
そして
「ジント」
聞き慣れた声だった。
胸が僅かに高鳴る。
「……ダイチ?」
「起きとる?」
ジントは少し迷った。
けれど
「……開いてる」
そう答えた。
扉がゆっくり開く。
入ってきたダイチは、ジントの顔を見るなり眉を寄せた。
「なんやその顔」
開口一番それだった。
ジントは思わず視線を逸らす。
「普通だけど」
「普通ちゃうやろ」
即答だった。
ダイチは部屋の中へ入り、ベッドの横へ腰を下ろす。
しばらく沈黙が続く。
いつもならダイチが勝手に喋り出すのに、今夜は違った。
ただ隣にいる。
それだけだった。
不思議と居心地が悪くない。
「……街の人、色々言っとるな」
やがてダイチが呟く。
ジントの肩が小さく震えた。
「別に」
「別に、ちゃうやろ」
優しい声だった。
責めるでもなく。
無理に聞き出そうとするでもなく。
ただ静かに隣にいる声。
「……」
「ジント」
名前を呼ばれる。
昔から何度も呼ばれてきた名前。
けれど今夜はなぜだか胸に沁みた。
「俺……」
ジントの声が掠れる。
言うつもりはなかった。
言いたくなかった。
でも、ダイチの前だと隠しきれなかった。
「怖い」
ぽつりと零れる。
小さな声だった。
消えてしまいそうなほど弱い声。
「……」
ダイチは何も言わない。
だからジントは続けてしまった。
「何なのか分からないんだ」
俯く。
震える指を握り締める。
「俺が何者なのか」
「なんであんな力があるのか」
「もし本当に俺が災いだったらどうしようとか」
言葉が止まらない。
今まで押し込めていた不安が溢れてくる。
「みんなを傷付けたらどうしようとか」
「ダイチまで傷付けたら、どうしようとか……」
最後の言葉を口にした瞬間。
視界が滲んだ。
情けない。
本当に。
情けなかった。
その時だった。
ふわりと身体が引き寄せられる。
「……え」
ジントは目を見開いた。
ダイチの腕だった。
そっと、けれど力強く。
ジントを抱き寄せている。
温かい。
驚くほど、温かかった。
「ダ、ダイチ……」
「一人で抱え込みすぎや」
低い声だった。
怒っているようにも聞こえる。
でも、その奥にあるのは優しさだった。
「怖いなら怖いでええ」
ジントは言葉を失う。
「分からんなら分からんでええ」
ダイチの腕に少し力が入る。
「無理して平気な顔せんでええ」
胸が苦しい。
苦しいのに、どこか安心している自分がいた。
「俺にはよう分からん」
ダイチは正直に言った。
「その力が何なんかも」
少しだけ笑う。
「けどな」
そして、真っ直ぐな声で続けた。
「お前がジントなんは知っとる」
ジントの目から涙が零れた。
「優しいやつなんも」
「薬草好きなんも」
「本読むん好きなんも」
「頑固なんも」
「たまに変なとこで意地張るんも」
ダイチは笑う。
「全部知っとる」
涙が止まらなかった。
こんなふうに泣くのはいつ以来だろう。
幼い頃。
石を投げられて帰った時以来かもしれない。
「だから」
ダイチは言う。
迷いなく。
真っ直ぐに。
「何があってもジントはジントや」
その言葉が
凍り付いていた心へ染み込んでいく。
温かく。
優しく。
ゆっくりと。
「……ダイチ」
掠れた声で名前を呼ぶ。
ダイチは笑った。
昔から変わらない笑顔で。
「大丈夫や」
そして、真っ直ぐな青い瞳をジントに向ける。
「俺がおる」
その瞬間。
ジントは堪えきれなくなった。
小さく肩を震わせる。
ダイチは何も言わない。
ただ隣にいてくれた。
ただ抱き締めていてくれた。
窓の外では満月が静かに輝いている。
けれど今夜だけは。
その光が少しだけ優しく見えた。
コメント
1件
めっちゃ良かった……!!😭💕 「俺がおる」の一言に全部込められてるよね。ダイチの優しさと強さが、ただの友達じゃない「絶対の味方」って感じで泣けた。ジントが頑なに一人で抱え込む姿もすごくリアルで、そこにダイチが「平気な顔せんでええ」って寄り添ってくれるの、心臓ぎゅってなったよ。不安も怖さも全部さらけ出して、それでも受け止めてもらえるって尊すぎる……!!この二人の関係性、めっちゃ好きです、、次話も楽しみにしてます🌸