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39 ◇琴線に触れる
山下との打ち合わせは彼の来訪後、ホットコーヒーを出してから
進められた。
「山下さん、この度は選んでいただいてありがとうございます!
ですけどこんなどこにでもあるような話、つまらなくないですか?」
「石田さん、そんなことを言うのは止めてください。
僕はね、将来好きな男性が別の女性を選ぶかもしれないと
霊能者から告げられてもその時、相手のことをすごく好きで一生添い遂げられなく
ても……人生の途中までであっても一緒に暮らしたいと願い結婚を決意した石田さ
んのことを素敵だと思いました。
ほんとはつまらないなんて思ってないんじゃないですか?
そして旦那さんから別れを告げられた時も毅然とした態度で離婚の
取り決めに臨んでますよね。
ここのシーンでも清々しいくらいの潔さにジーンときました。
とにかく石田さんの作品には随所に僕の琴線に触れるところがあったのです」
◇ ◇ ◇ ◇
そう返した山下という人物、外国人張りの鼻筋の通ったきれいな形状の鼻を持ち、
垂れ下がり気味の大きな二重瞼の目は穏やかで優し気な印象をもたらし、挨拶を交
わした時のにこやかな表情は好人物に見えた。
止めてくださいと言った時も彼の目尻は下がっていた。
性格の良さが滲み出ているイケメンで、誠実そうで話しやすそうな人だなと
百子は思った。
それにこうもあからさまに実直に自分の生きざまを褒められて好印象を
持たずにいられるわけがない。
「ありがとうございます。
文章力なんてちっともありませんけど、話の内容に共鳴していただいて、
少し自信が沸いてきました。
作品のというより、自分の生きざまが漫画になって大勢の人たちの目に
触れるなんてうれしいような怖いような、正直そんな気持ちです」
「では、自伝ということで……」
「あの、そのことですが……。
40 ◇裏切り者が落ちぶれるというstory
「申し訳ないのですがそれだけは譲れないというか、普通に創作した小説と
いうことでお願いしたいと思います。
活字の方は結構信憑性が高いといいますか、その時自分が感じた正直な心情なども
吐露しておりますので、その辺は身内や近しい人間もしくは夫が万が一読んだ場合の
ことを考慮して変更させていただきたいと思います。
その上で漫画家の方に描きやすいように手を加えていただいて構いません」
「分かりました。
じゃあ書き直しの原稿を早々に送っていただけますでしょうか。
大筋はすでに漫画家の方と進めていますので」
羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
101
「はい、なるべく早くお送りさせていただきます」
「ありがとうございます。
……あの、気になっている個所がありまして。
一つだけ質問してもよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「ご主人の会社は倒産しそうなのでしょうか?
予兆というかそういうものが何か……」
「いえ、業績はいいみたいで、この先もっと収益を上げていきそうです」
「でも小説の中では会社が傾いていく様子が描かれているのですが、
そうしましたらここは創作ということになりますよね」
「怖いですね。
醜いことに、願望を乗せて書いてしまったのかもしれません。
夫の会社は、って今はまだ舅が代表ですが、彼らの会社はものすごく業績が
いいというのに、小説を書いている時にフっと『倒産』という二文字が心の中
に浮かんだものですから。
まぁ、小説としても最後に裏切り者が落ちぶれるというのは読者に
受けるかもと思ったりして実録から外れますが書いてしまいました」
「いやぁ、そんなお話を聞いて不謹慎ですが……ちょっとワクワクして
しまいました。
石田さんの予想というか胸に浮かんだことがもし本当になったら、
そういう予知能力があるっていうことが証明されますから。
まぁ、ある意味人の不幸になるので当たらない方がいいと思いますが」
「そうですね、きっと当たらないと思います。
小説の中でだけでも、ギャフンって言わせたいっていう……」
「分かりますよ。ははっ。じゃあ今日はこれで失礼します」
帰りゆく山下さんの背中に私は呟いた。
『私の歩んできた日記なんて本当につまらないって思ってたのに。
山下さんっていい人よね。ありがとー』
41 ◇落ちぶれていないわよ~
なんかぁ、経済的に困ってないし、これからも困窮することはないと
思うけど、私の中では『落ちぶれた私』っていうのがずっとあったのだ。
でも、落ちぶれてないー私。
だってどんどん浮上するんだもの。
コミカライズ、楽しみー。
大きな楽しみができたことと、自分に共鳴してくれる人に出会えたことが、私に
密かな喜びと大きな力を与えてくれた。
落ち込むと人は『私なんて……』となると思うんだけど、それだと運気が
下がるだけ。
こういう時は『私なんて……なんて素敵ぃ~』と思うことにすると
いいらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
山下さんから現実の夫のというか先で夫が継ぐ会社の実際のところの状況
などを聞かれ、夫と伊達百合子の今をふと思った。
もう子は産まれていることだろう。
夫も義両親も産まれてきた子を挟んで新しい次の嫁確定の伊達百合子らと
喜びを分かち合っているのだろうか、銘々どんな気持ちで……どんな顔を
して? と思わずにはいられない。
もはや嫉妬心も怒りもないけれど、素朴な疑問よぉ。
裏切り者と泥棒猫は互いに相手が約束を違える相手であることを
知っていて、人のモノをちゃっかり奪う相手であることを知っているのよね。
そんな人間同士がどうやって相手を信頼し合えるというのだろう。
笑っちゃう。
百子がまるっと赤裸々に書いた自分の中の醜い感情、それは身近な人間
で特に夫にや義両親たちには知られたくないものだった。
だからそこだけは
『可能性として、そうではないのか』くらいの表現に抑えておきたかった。
―― 自分の子ではない子をこの先我が子と信じて養育し、他の男の子を
伸之の子だと誑かし伸之にぶら下がろうとする女を養っていくという夫。
想像するだけで痛快じゃないか。
遠い先で伸之が病に臥せり、子供たちへ渡す遺産相続などの問題が浮上
した時に、DNA鑑定の申請をしてやればいい ――
そう呟いた個所だ。
――――――― メモ ―――――――
◇『私なんて……なんて素敵ぃ~』
このセリフは【はせくらみゆき様】がYoutubeで語られていた
ものを使わせていただきました。
コメント
1件
第14話、読了しました…! 山下さんの「琴線に触れる」という言葉、本当に沁みましたね。自分の人生を肯定してくれる人が現れるって、どれだけ救われるか。百子さんの「私なんて…なんて素敵ぃ~」の切り替え方、すごく好きです。落ちぶれてないって言い切れる強さ、ちゃんとあの人の人生の証明になってる。 それにしても元夫と伊達百合子の行く末を想像するシーン、ゾクッとしたけど、人間の醜さも正直に描くからこそリアルで。 最後のDNA鑑定の予感…続きが気になります🌙