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だーいぶ昔に書いてたやつ。BEAST見たあと、黒の時代見て、本編軸のアニメ見た頃。
色々誤字ってます。太宰が女体化してないです。
「朝」という時間は、残酷なほどに静謐で、それゆえに隠していた傷口を容赦なく暴き出す。
カーテンの隙間から差し込む薄い陽光が、乱雑に散らかった床の衣服を照らしていた。昨夜の情事の名残が、湿った空気の中にわずかに溶けている。
中也は重い瞼を持ち上げ、隣で眠る男――太宰治の寝顔をじっと見つめた。
いつもなら、中也が目を覚ます頃には太宰はとうの昔に消えているか、あるいは厭味ったらしい笑みを浮かべて「おはよう、中也。相変わらず寝相が悪いね」と毒を吐いているはずだった。
だが、今日は違った。
太宰はまだ深い眠りの中にいた。 青白い肌がシーツの白に溶け込みそうだった。細い鎖骨、緩やかに上下する胸元。昨夜、中也が少しばかり「無理をさせた」自覚はある。荒っぽく組み伏せ、喉の奥を鳴らさせ、この男の余裕を剥ぎ取ることに没頭した。その疲労が、稀代の策略家から覚醒の機会を奪っているらしい。
「……ふん、まだ寝てやがんのか」
中也は体を起こそうとして、腰に走る鈍い痛みに眉を寄せた。無理をさせたのはお互い様か、と小さく吐き出し、結局起き上がるのをやめて肘をついたまま太宰を眺めることにした。
ぼーっと、その整った顔を見つめる。 起きている時の太宰は、幾重にも張り巡らされた嘘と皮肉の迷路そのものだ。だが、眠っている時の彼は、驚くほど無防備で、そしてどこか欠けた硝子細工のような危うさを持っていた。
(こいつが、こんなに長く寝てるなんて珍しいな……)
いつもどこか遠くを見ているような瞳が、今は重い瞼の裏に隠れている。中也はその睫毛の長さを数えるように、静かな時間を享受していた。
その時だった。
「……っ……ない……で……」
微かな、掠れた声が部屋の空気を震わせた。 中也は息を止める。太宰の眉が、苦しげに中央へ寄せられた。薄い唇が、震えながら言葉を紡ぎ出す。
「……置いて……かないで……」
寝言だった。 だが、それは太宰が普段、決して口にしない類の言葉だ。誰かに縋り、誰かの不在を嘆くような、子供じみた、切実な。
中也は胸の奥がチリりと焼けるような感覚を覚えた。 どんな夢を見てんだ、こいつは。 自分を置いて、誰がどこへ行くというのか。今、お前の隣にいるのは誰だ。
中也は反射的に手を伸ばし、太宰の顔を覗き込んだ。その表情を確認して、心臓が跳ねる。
太宰は、今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。 冷徹なマフィアの幹部でもなく、飄々とした探偵社の社員でもない。ただ一人の、大切なものを失った空っぽな子供の顔。
「……おださく……」
その名は、中也の指先を凍りつかせるに十分な温度を持っていた。
「…………ッ」
伸ばしかけた指が、空中で止まる。 心臓が、嫌な音を立てて拍動を速めた。
「おださく」――織田作之助。 太宰がポートマフィアを去るきっかけとなり、今もなお、この男の魂の最深部に楔(くさび)として打ち込まれている死者の名だ。
中也がどれほど太宰の肌を暴き、その内側に踏み込もうとしても、決して触れることのできない「聖域」に住まう男の名。
中也は唇を噛み締め、喉まで出かかった言葉をぐっ、と飲み込んだ。 「俺がいるだろう」 「あんな死んだ奴のことなんて忘れろ」 そんな言葉、傲慢すぎて口に出すことさえ憚られた。今の太宰が見ている夢の中に、中也の居場所はないのだとはっきりと突きつけられた気がした。
太宰の睫毛が震え、涙の粒がひとしずく、枕に染み込んでいく。
中也は拳を握りしめたまま、動けない。 昨夜、あんなに激しく抱き合い、互いの体温を分け合ったはずなのに。今、この至近距離にいるのに、太宰は中也の知らない遠い場所で、戻らない過去に泣いている。
(……俺じゃ、駄目かよ)
腹の底で、重く、苦い独り言が溢れた。
俺がどれだけお前を繋ぎ止めても、お前の魂はいつだってあの男の背中を追いかけてる。 俺がどれだけお前を抱いても、お前の孤独を埋めるのは俺の体温じゃない。
中也は、太宰の頬を伝う涙を、親指で乱暴に拭った。 その刺激で太宰の意識がゆっくりと浮上してくる。
「……ん……ちゅ、や……?」
開かれた茶色の瞳は、まだ夢の残滓を引きずって潤んでいる。太宰はぼんやりと中也を見つめ、それから自分の涙に気づいたのか、いつもの仮面を貼り付けるようにふっと目を細めた。
「おや……、私の寝顔に惚れ直して、泣いてしまったのかい? 中也」
冗談めかした、いつもの軽薄な声。 中也はその仮面を剥ぎ取りたい衝動に駆られたが、結局は乱暴に太宰の頭を小突くだけに留めた。
「……アホか。テメェの寝言がうるさくて目が覚めたんだよ」 「おや、それは失礼。どんな寝言を言っていたのかな?」
太宰は首を傾げる。その瞳の奥には、何もかもを見透かしているような、あるいは何も見ようとしていないような、深い闇があった。
「忘れたよ。くだらねぇ内容だったろ」
中也は背を向け、ベッドから這い出した。 背後に感じる太宰の気配。 今すぐ振り向いて、その首を絞めて、「俺だけを見ろ」と叫べたらどれだけ楽だろう。
けれど、中也にはそれができない。 太宰の中に消えない傷があることを知っていて、その傷ごとこの男を拾い上げてしまったのは自分なのだから。
「中也」
背後から、太宰の声がした。 いつもより少しだけ、低くて、甘い声。
「……なんだよ」 「昨夜は少し、張り切りすぎたんじゃないかな。腰が痛くて動けないよ。責任をとって、朝食くらい作ってくれたまえ」
「っ……ざけんな! テメェが煽るからだろうが!」
怒鳴り散らしながら、中也は台所へ向かう。 そうしていつも通りの喧嘩を繰り返すことで、中也は自分の胸に空いた穴を必死に塞いでいた。
(いつか、俺の名前を呼んで泣けよ。……クソ太宰)
腹の底で渦巻く独占欲を、コーヒーの苦い香りと一緒に飲み下す。
朝陽は残酷なまでに明るく、二人の境界線をくっきりと描き出していた。 それでも中也は、その境界を越えて、再びこの厄介な男の隣に戻ることを選ぶのだ。
それが、どれほど虚しい足掻きであったとしても。
コメント
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織田っっ!なんて罪な男なんだっっ!