その日の夕方。
フロントで手続きをしていた華は、うっかりペンを落としてしまった。
慌てて拾おうと屈んだ拍子に、頭をカウンターの角にぶつけてしまう。
「……いたっ!」
思わず涙目になった瞬間、横から伸びてきた手が華の頭に触れた。
「桜坂さん、大丈夫ですか?」
律の低い声。
彼は真剣な顔で、ぶつけた箇所をそっと押さえて確認している。
「ちょ、ちょっと……律さん、近いです……!」
華の頬が一気に赤く染まる。
「赤くなってますね。氷、持ってきます」
当たり前のように言って、律はさっと奥へ消えていった。
その背中を見送る華の胸は、早鐘のように鳴っていた。
(……優しい。だから余計に、好きになっちゃうんだよ……)