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「もう一軒回ろうと思っておりますので、手早くお願いいたしますね?」
「……畏まりました」
名乗りに全く反応しなかった点について腹でも立ったのか、僅かな沈黙がある。
ますます好感度が下がった。
完全にマイナス評価だ。
心配そうな、申し訳なさそうな顔をした奴隷を引き連れて館主が部屋を出て行く。
「ねぇ? グランドマスターとかって、奴隷特有の制度とか称号とかなの?」
私が尋ねれば、二人は気の抜けた溜め息を揃って吐いた。
「主……寛容がすぎるのではないかぇ?」
「うん。ここは怒るべきだったと思うよ?」
「そう? 彼女にとっては不要品処理だったんだろうけど、私に取っては最高の奴隷たちだからね。その点を評価しただけだよ。二度と使わないし、奴隷に関して聞かれたら、館主の態度が最悪だったって必ずつけるようにするから大丈夫。私、陰険なんだー」
「うむ。それならば問題ないの」
「だね。奴隷たちにも安心するように言っておかないと!」
館主の態度で自分たちの忠誠を疑われるのではないかという不安。
自分たちのような売れ残りを買ったせいで見下された申し訳なさ。
全員が等しく持ってくれた感情が、私は嬉しい。
だからこそ、館主にはそれなりの報復措置を取るつもりだ。
「そうそう。グランドマスターっていうのはね。主の言うとおり、奴隷特有の称号なんだ」
「じゃな。希少称号じゃぞ。彼女らの努力が知れる」
やっぱりかー、と思う納得の返答があった。
曰く。
高級奴隷店では、奴隷の価値を高めるために一定金額を払って、専門業者に委託し技術を覚えさせるらしい。
奴隷を売る際にかかった金額は上乗せされるが、それでも早く待遇が良い所に売られたいからと希望する奴隷は多いようだ。
称号は、下記の通り。
アプレンティス=見習い。
研修を受けただけ、やらないよりはマシ程度。
ビギナー=初心者。
一通りはできるが、仕事・技術が良質ではない。
ミーディアト=中級者。
一通り以上ができて、仕事・技術が良質。
ここから+的価値と評価される。
マスター=人に教えられるレベルに、仕事・技術が熟している。
これがあれば、かなりの価値と評価される。
奴隷解放される可能性もある。
グランドマスター=極めし者。
仕事・技術を極めている。
基本的には引く手数多。
奴隷解放される可能性が高い。
彼女たちは奴隷を購入する者が望まない価値を上げすぎ、高値になってしまったせいで売れなかったのだろう。
私の価値観では理解に苦しむ差別的なものも関係ありそうだ。
全く以て勿体ない話だが、私にとっては有り難かった。
まさしく残り物には福がある、状況だろう。
仕事に見合った生活を保障して、当然奴隷からの解放も考えている。
解放したとしても彼女たちは、私がこちらの世界に止まっている限りは残ってくれると信じて疑わない。
館主の指示があったのか、美麗なメイドが三人もやってきて世話を焼いてくれるので、私たち三人は優雅なティータイムを堪能して、どんな契約になっているか興味津々の契約書と奴隷たちの戻りを待った。
「そうじゃ! 主。あの愚か者に、我らの情報に関する漏洩防止を契約書に入れるよう指示せねばならぬな」
「……契約違反って、基本的にどんな罰があるの?」
「うーん。一応漏洩した場合は、それがどんな些末なものであっても犯罪奴隷に落ちる、っていうのが原則なんだけど……」
「抜け道があると」
「うむ」
二人の様子から察するに館主は確実に逃れる術を持っているようだ。
だったら最初から漏洩した場合の罰則を明確に設けておこう。
館を訪れて、奴隷を購入した。
その事実以外の全ての情報漏洩を禁ずる。
漏らそうとした場合、使った器官が失われるように手配しよう。
口頭であれば、喋れなくなる。
文書であれば、文字が書けなくなる。
思念であれば、理解ができなくなる。
そんな罰則を。
「……可能かな?」
「おぉ、えげつない! あ! 褒め言葉だよ?」
「鬼畜じゃな。無論褒めておる。しかしそうなってくると犯罪奴隷に落とすよりも難しい契約となるだろう。立会人を手配させた方がよかろうな」
「いい人、知ってる?」
「あ! 私、知ってる。随分会ってないけど……たぶん王都にいると思うから、ちょっと捜してもらうね」
「奴か……妾も手伝おう」
部屋の中に驚くしかない数の蛇と蜘蛛が一瞬でどこからともなく現れた。
丁寧な対応をしてくれていた熟練であろうメイドたちも瞬時に卒倒する。
超一流の冒険者でも状況把握には多少なりとも時間を要するだろう。
館内は恐らくそれなりの防御機構が備わっているはずだから。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
蛇と蜘蛛たちに向かって頭を下げると、揃って頭を下げてくれた。
圧巻の光景だ。
向こうでは絶対に見られない。
「どんな方なの?」
「純血種の吸血姫じゃな」
「ふおぅ!」
「あ。やっぱり凄く嬉しそうだね」
「二人もそうだけど、向こうの世界では想像上の種族だからね!」
しかも、吸血姫!
吸血鬼ではなく、吸血姫。
厨二病と言われても大好きだ。
二次限定だからクール系眼鏡吸血姫も萌えるが、ツンデレ幼女吸血姫も素敵。
ツインテールなら尚好ましい。
だが一番気になる点は、瞳と牙。
勝手な私基準でその二つが至高であれば、デブで不細工なニートでも構わない。
……って、こっちの世界にニートはないか。
引き籠もりはいそうだし、純血種だという彼女はどちらかといえばそちらの気もしないでもない。
「ん? 見つけたって!」
「早いね? こっちはまだ時間がかかるっぽいのに」
「詫びの品を考えておるのじゃろ。謝罪もなしに詫びの品とは、実に不遜な考えじゃがな」
「何もないよりは真面《まとも》なのかもしれないけどねぇ。私的には真摯な謝罪が好ましいかな」
プライドが高すぎるのだろう館主に望むのは酷かもしれないが、客の見下しは本来断じて許容できない対応なのだ。
高級店の名も廃る。
「お久しぶりですね。彩絲、雪華」
「のんびりしてるトコ、ごめんね。沙華《さか》」
「元気そうで何よりじゃ、沙華」
瞬間移動関連の能力だろうか。
目の前の空気から生み出されるようにして現れたのは、十代にしか見えない少女。
凡庸なといえる特徴のない体躯。
フードがぱさりと下ろされて現れたのは豪奢な金髪。
そして何より美しい深紅の瞳。
目線が絡めばそれだけで魅了されてしまいそうな抗いがたい衝動が、胸の奥から突き上げてくる。
「初めまして、アリッサ様。吸血姫・沙華と申します。この度は契約における立会人として、お呼びいただきまして誠にありがとうございます」
「御丁寧に痛み入ります。こちらの世界に参りまして日が浅く、分からないことも多くて恐縮ですが最後までよろしくお付き合いくださいませ」
「ふふふ。容姿の劣る吸血姫に嫌悪するどころか、そのように興味深げに微笑んでくださるとは、さすがに御方の奥方でいらっしゃる」
沙華が、ぱん! と手を叩くと、絨毯からソファの上に移動して寝かされていたメイドたちが揃って飛び上がる。
「弩級《どきゅう》 立会人、 アーマントゥルード・ ナルディエーロです。此度アリッサ様の奴隷契約に絡んだ全ての契約に立ち会います。主人にそう伝えなさい」
メイドの一人が足音を立てて走って行く。
残った二人は深々と頭を下げてから、新しい客への飲み物と軽食の準備を始めた。
「二つの名前があるのですか?」
「はい。沙華は御方につけていただきました。あちらの世界には深紅の毒花で曼珠沙華という名前の花があるとか。貴女にとても似合う花ですよとおっしゃいまして。とても光栄なことですので、親しい方たちにはそうと呼んでいただいております」
「確かに美しい花には毒があるを地で行く花ではありますけれど……女性の名前として毒に纏わるものを使うとか……」
有り得なくないですか、喬人さん?
「……本当にお優しい方ですね? ですが、純血種の吸血姫にはこれ以上相応しい名前はないだろうと、とても気に入っております。毒も含めての、私ですから」
そうですよ?
毒であると認められるのが嬉しい人ですから、そうと、つけたのです。
相槌を打つ夫の声が聞こえる。
だが、そこはそれ。
毒だと、断じるには潔すぎるのではないかと思う、この方は。
「毒は薬にもなるものです。私でしたら、そう、ですねぇ。宝石のガーネットの和名にしますね。柘榴《ざくろ》石。石は無骨ですから、柘榴、と。真理の不安を打ち消す効果とか、血液の循環を良くするとか、そんな意味もありますから、貴女にぴったりだと思いますよ……うーん、あるかな?」
ありますよ。
確かに柘榴は素敵な名前ですね。
さすがは、麻莉彩です!
またしても妻に甘すぎる夫の声が聞こえたが無視をして、サファイヤの指輪をとんとんと叩く。
ぽん! と一個の指輪が現れた。
よく手入れされた、爪の大きさほどのティアドロップ型宝石が嵌め込まれた指輪。
勿論嵌まっている宝石は柘榴石だ。
周囲は小粒のダイヤモンドで飾られている。
「ああ、ありました! 信頼、という意味もありますので、受け取っていただけませんか? 形あるお詫びということで」
「こちらには存在しない宝石です。希少すぎます! それに、御方や奥方から名前をいただくだけでも僥倖なのです。こちらが何か差し上げるというのなら、喜んでお望みの物を差し上げますが、逆は有り得ません」
「では、美しい方にお会いできた栄誉ということで。賛美の証に」
ぽかんと開いた口には初めて見る、純白の美しい犬歯があった。
プライベートな質問ができる関係になれたなら、是非、吸血鬼の牙がどんなものであるのかを詳しく聞いてみたい。
向こうの世界ではいろいろと検証されていたものだ。
「くっく。受け取っておけ沙華。そしてこれからは、柘榴沙華と名乗るが良い」
「羨ましいなぁ……私もつけてほしい!」
「え? つけるとしたら貴女たちの名字は柊になるでしょ? 家族なんだし。私と夫と同じの」
「本当に?」
「最高じゃな!」
私からの名前を欲しがるので、つけるまでもないと説明すれば驚くほど喜ばれた。
三人の様子を驚きの目で見守っていた沙華は得心したように大きく頷いた。
「それでは、アリッサ様。有り難くいただきます。そしてこれからは柘榴沙華と名乗りましょう」
「あー押しつけてしまいましたね……すみません。やっぱりいきなり失礼過ぎますね。今からでも……!」
「とても嬉しくて光栄なのですよ、どうぞ前言撤回はしないでくださいね? ……御方同様に友人と扱わせていただいても?」
「喜んで!」
くすくすと笑った沙華は指輪を右手の中指に嵌めた。
向こうの世界での意味と同じならば、仕事を成功させたいときの嵌め方だ。
全力で契約の立会人を勤めようという意思表示なのだろう。
そもそもの関係性もあるが、初対面でもこれだけ態度が違ってしまうのだから苦笑するしかない。
「お待たせして申し訳ありませんでした。ただいま、主が参ります」
沙華の訪れは衝撃だったのだろうか。
散々待たされたのが嘘のように、館主が楚々と現れる。
「ようこそ、我が館・百合の佇まいへおいでくださいました。館主、オフィーリア・フィッツシモンズと申します!」
ドレスの裾を丁寧に摘まんで深々と頭を下げる。
弩級の立会人というのは、やはり影響力の強い存在のようだ。
そうですよ。
一応説明をしておきますね。
こんな感じになります。
役職称号について。
初級 見習いに毛が生えた程度。
接客に制限有。
中級 一年以上勤めて、問題なしと認められた階級。
一般人が安心して仕事を頼める。
上級 五年以上勤めて、仕事が良質と認められた階級。
地位ある者がこぞって頼みたがる。
超級 十年以上勤めて、仕事が良質と認められた階級。
報酬的に一般人が頼むのは難しい。
貴族でも上位、王族、超資産家などを相手にする。
弩級 十年以上勤めて、仕事が良質と認められた階級。
超級以上の実績があるが、安価で利用できるため、万人に重宝されている。
どんな高貴な相手でも拒否できる。
弩級は、長命人種が時間を持て余す感じで得る役職称号になります。
沙華は弩級称号持ちの中でもトップクラスの実力の持ち主ですので安心してください。
また依頼主を慎重に選ぶので、信頼もできますよ。
と、夫説明があった。
案の定、沙華は実力信頼ともに得がたい人物のようだ。
「へぇ? 着替える暇とかあるんだね」
「奴隷たちはどうしたのじゃ?」
沈黙を守る沙華の様子を窺いつつ、二人が質問を投げる。
「あの…… 弩級 立会人アーマントゥルード・ ナルディエーロ様?」
「私の友人たちの質問には答えないのですか?」
「し、つれい、いたしました! お二方が御友人とは露知らず。 着替えは弩級の立会人様に相応しい装いをせねば不敬に当たると思いまして整えた次第でございます。また奴隷の準備は代金に相応しい装備を調えておりますれば、今少しお待ちいただければと!」