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「もう、十分に待ったと思うの。今の状態で連れてきてもらえるかしら?」
奴隷がいない状態で契約は有り得ない。
馬鹿らしさに呆れながらも私は言葉を紡ぐ。
「ですが……」
「連れて来なさい!」
「はひぃ! 急ぎアリッサ様御所望の奴隷を連れて来なさい!」
多少の威圧をかければ怯える館主の指示でメイドたちが慌てて姿を消す。
四人の冷ややかな眼差しを一身に受けた館主はしかし、大きく息を吸うと深々と頭を下げて対面へ腰を下ろした。
『スキル 威圧∞』を会得しました。
と頭の中にやわらかい女性の声が聞こえる。
コピーばかりしていたので、自力でスキルを会得したのは初めてかもしれない。
しかも、初めて会得スキルが威圧とか、∞とか……ねぇ?
「アーマントゥルード様の立ち会いで契約を結べるとは光栄の極み。こちらが、契約書にございます」
「……まずは、アリッサ様へおわたしください」
「失礼いたしました……さすがは、アーマントゥルード様! 美しい指輪でございますねぇ。こちらは初めて見る宝石ですが、どういった物でございま……?」
「アリッサ様から信頼の証にといただいた指輪です」
「そ、そうでございますか! そ、それでアリッサ様! 契約書の内容はこれで、ようございますね?」
「……まだ拝見してもいませんので、分かりかねます。少し……黙れ」
隣に座ったアーマントゥルードから流れてくる絶対零度の気配に、しみじみ同意しながら再び威圧をかけて命令する。
館主は口をぱくぱくしつつも声は出さなかった。
先ほどより強い威圧をかけたので、もしかすると出せなかったのかもしれない。
「……一般的に奴隷に関する契約はこれで問題ないのかしら? 金額って書くものじゃないの? 向こうじゃ明細がないとか、有り得ないんだけど」
「こちらでも有り得ませんね。個別の明細は必須です。高額になればなるほど明細はより詳細になるものです」
「し、失礼いたしました。め、めいさいはこちらに……」
震える手が何枚かの書類をテーブルに置く。
視界の端に奴隷たちが入ってくるのが見えたので、二人に目配せをする。
二人は心得たとばかりに頷いて、奴隷たちに歩み寄った。
装備の価値がどれほどの金額になるのかを確認するのだ。
「館主よ」
「どうぞ、私のことはオフィーリアとお呼びくださいませ」
「……館主よ、この不当な代金の根拠は何処にある? 確かに優秀な能力の持ち主ではあるが、この館は血統を重んじるはずだ。違ったか?」
「アリッサ様が、異界から来られまして特殊な価値観をお持ちとのことで、あえて、厳選いたしましたのですが、何か問題がございましたでしょうか?」
問題しかないだろう。
血統には全く拘らない。
最高の人材が得られるのは本当に嬉しい。
だが適正価格から著しく逸脱しているのだ。
こちらから色をつけてもいいくらいだったのに、余計に欲をかいた状態で人を見下すから取り返しがつかなくなる。
「適正価格から逸脱しているよね?」
「奴隷館は本来そういったものでございます」
「……我は立会人としてここにおる。双方納得いく形での契約を締結するためにな。アリッサ様が納得されていない以上、不当な請求は認められない」
「アリッサ様は異界より来られた方。こちらの流儀は御存じないのでございましょう。いいですか? 奴隷館というものはですね……」
「装備説明に偽物の効果をつけるのは問題でしょう? 呪いの品を押しつけられても困るんだけど?」
二人が鑑定を! と訴えるので鑑定すれば、見た目は豪奢なだけの装備は半分以上がメッキ品。
マイナス効果を与える代物まであった。
「装備しただけで暴飲暴食をしないと精神崩壊する、使うたびに同じダメージを負う? 見た目が醜くなったまま元に戻らない、定められた対象者に得た収益の半分以上が転送される? 何で、そんな不良品に大枚叩《はた》かないといけないわけ?」
「アリッサ様は、鑑定が、使えるので?」
「使えるけど、それが何か?」
想定外の現象が続くのか、お茶を飲んで気持ちを切り替えようとしている館主をとことんまで追い詰める。
「私は確かに異界から来たけどね。貴女と違って常識はあるの。ぼったくった挙げ句に不良品を押しつけて、極めつけは幾ら相手が立会人だからって個人情報垂れ流しとか、人を馬鹿にするのもいい加減にして!」
「アリッサ様の仰るとおりですね」
契約書がぼうっと青白い炎を上げて燃え上がる。
消し炭は目の前で踊ってすぐに残らず消え失せた。
「これが新しい契約書です。アリッサ様、御確認ください。彩絲と雪華も見てもらえる? あぁ、そこの人たち。彼女たちの装備を全て外してください。そして下着を含めて動きやすい衣装に整え直してほしいのです」
メイドたちは館主に確認を取りもせず手早く衣装を整えている。
一人のメイドが下着を見て眉根を寄せているのを見ると粗悪品だったのだろう。
目に見えるところでも愚かな選択をしていたのだ。
目に見えないところは当然しでかしているに決まっている。
見た目が醜くなる装備品は、付け続けていると徐々に醜くなりそのまま戻らないタイプの物だったので、現時点では効果は発せられていないように思う。
暴飲暴食の方も大丈夫のようだ。
館の外へ出たら一応確認してみよう。
「……さすが沙華だね! 完璧な書類。ってーか、適正価格ってこんなに低いんだ?」
トータル一銀貨で良かったらしい。
一銀貨1000ギル、1水晶貨1000000ギルなので、ざっと1000倍。
ぼったくりにも程があるだろう。
「オークションでも適正価格の百倍がせいぜいだからのぅ。ここまでくると犯罪行為じゃな」
「ええ、そうですね。あとは装備品に関するあからさまな偽り表記は完全な犯罪です。犯罪奴隷に落として十年の強制労働が妥当でしょう」
「こ、これ! これ! 契約書!」
館主が契約書と沙華を何十回となく交互に見ている。
大変せわしない。
「ああ、私の情報漏洩に対する罰則をこう変えてもらっていいですか?」
沙華に説明するとすばらしく良い笑顔で頷いてくれた。
「いいですねぇ。今後の参考にさせてもらっても?」
「ええ、構いませんよ。罰は罪に相応しいものでないといけませんからね」
「ろ、漏洩! 情報漏洩に関する罰が! こんな! こんな!」
「それだけ重要な方なのですよ、アリッサ様は。情報収集不足ですね。情報屋を変えることをお薦めいたします。弩級 立会人アーマントゥルード・ ナルディエーロの名において友人アリッサの望む契約を締結する」
契約書を破り捨てんばかりに握り締めている館主を絶対零度の瞳で見下した沙華は、速やかに契約を締結してくれた。
情報漏洩に対する罰則は勿論だが、私に対する犯罪行為が多すぎて慰謝料が強制的に支払われるため、奴隷購入料金は無料となり、更に水晶貨一枚が支払われる。
当たり前だが、奴隷たちは全員私の奴隷になっていた。
私が持っている契約書が破棄されない限り、奴隷たちは私に逆らえないらしい。
ただ奴隷であるのだと他者に示す必要があるので、一般的には首輪や刺青などといった分かりやすい所有の証をつけさせるようだ。
首輪は如何にも奴隷めいていて嫌だし、刺青は背徳的な感じが強いので、揃いのネックレスや指輪を思い浮かべる。
「本来契約締結には契約者たちの名前全てを音にする必要があるのだけれど、アリッサ様は……私の友人なので特別契約にしてみました。初めての贔屓です」
「いいの?」
「今回は契約相手が犯罪者だったから大丈夫ですよ。さ、早く水晶貨を持って来なさい! アリッサ様の支払った物と慰謝料で二枚分!」
館主は縋るような眼差しで沙華を見詰め、私を見詰め、彩絲と雪華を見詰め、挙げ句メイドを凝視するも、全員揃って有無を言わさぬ眼差しをしていたので、とぼとぼと肩を落とし、長い耳をへたらせながら奥の部屋へと足を運ぶ。
間を置かずして、銀色のトレイに水晶貨二枚を乗せて戻ってくる。
さすがに貯め込んでいたらしい。
これが全財産という悲劇もなさそうだ。
「せ、せめて! 奴隷所有の首輪は当店で購入いただけませんか?」
「首輪なんて無骨なものを彼女たちにさせるつもりはないし、この館で物を買う予定は金輪際ないなぁ」
「最後まで恥知らずだったね!」
「同意せざるえぬなぁ」
「私もです。さぁ! 行きましょう。まだ他にも買われる予定があるんですよね?」
いっそ清々しいほどに屑だった館主を無視して話を続ける。
「ええ、騎獣になる奴隷と今回みたいことがあったときのために参謀的な奴隷が欲しいんだよね。紹介をしてもらったので……そちらはまともだと嬉しいです」
「ここが例外でしょう。紹介された方も事の顛末を聞かれたら驚かれるでしょうね。あまりにも非常識な話ですから!」
今までもいろいろとしでかしていたのだろうが、表沙汰にはならなかったに違いない。
あの愛らしい容姿をした幼い館主に騙された恥ずかしさで誰にも言えなかった……なんて理由もありそうだ。
私的には望む奴隷が手に入ったので、紹介してくれた宿に思うところは全くない。
沙華は次の奴隷館にも一緒に行ってくれるようだ。
有り難い。
私と沙華が横並び、背後に彩絲と雪華がついて奴隷たちを引率する。
奴隷たちの表情は、奴隷とは思えぬほどに晴れ晴れとしたものだ。
メイドたちが入り口まで着いてきて深々と頭を下げる。
館主は挨拶に出てはこなかった。
そういえば、最後まで謝罪がなかった。
百合の佇まいを出て、次の目的地へ向かおうとしたところ。
「んー。闇色の薔薇は少人数で行く方が良いわね。私が護衛も務めるから、二人は奴隷を連れて宿に戻っていてくれる?」
「えー! これから皆の武器とか防具とか一緒に買うの楽しみにしてたのにぃ!」
「そうじゃなぁ。結局防具と呼べるほどの装備ではないしのぅ」
奴隷たちが着ている服は、奴隷が着ているにしては質の良い服だが、その格好で今すぐにダンジョンに潜れますか? と問われれば、無謀ですね! と即返答がある程度の服でしかない。
所謂所《いわゆるところ》の紙装甲。
拠点で留守をしてもらうならまだしも、旅の移動において相応の装備を調えないと駄目だなんて猿でも分かる話だ。
「皆で行ってもいいけど、闇色の薔薇は人数制限が厳しい奴隷館よ? 基本、購入者本人しか入れないんだから」
「え? そうだっけ?」
「御方たちと買いに行った記憶はあるんじゃが……記憶が……有り得ないほどにあやふやじゃなぁ……」
二人の記憶力は驚異的だ。
夫との思い出話もあれこれ教えてもらっているが、細やかなやりとりまで再現してくれて、さすがは人外! と関心する場面も多かった。
「闇色の薔薇に行って記憶に干渉されない購入者はまずいないわ。おつきの者たちも同様。私も完全掌握はできていないと思うよ?」
「それじゃあ、ますます心配じゃない!」
「だが……沙華が言うんじゃ、一緒に行ったところで時間の無駄になるんじゃろうて。心配ではあるが……アリッサには御方の加護もあるし、沙華に勝てる奴隷館の主がいるとも思えぬし。ここは、素直に言うことを聞くべきだろうのぅ」
「うーうー。納得がいかない! いかないけど! それが最良なんだよね……」
人数制限するほど厳重ならば、恥知らずな接客はしないだろう。
沙華の立会人としての力は当然として、戦闘能力も高そうだ。
しょんもりと落ち込む二人の肩を叩いて、背中を促す。
「二人は先に戻って、皆に美味しい御飯を食べさせてあげて? お風呂にも入ってもらってさっぱりしてほしいの。夕食は沙華も一緒に食べるから、その分は空けておいてほしいけど」
「うん。分かった。先に戻って皆をゆっくりさせておくよ!」
「しかし、これだけ大所帯になると拠点が欲しくなるのぅ」
王都に家を借りるのも手かもしれないが、やはり今の王都に長居はしたくない。
装備を調え次第、ラヌゼーイ、 タンザンコ、カプレシアのどれかに向かうのが推奨されそうだ。
「まぁ、拠点も王都以外でなるべく早いうちに決めるとして。今は沙華と行ってくるから、皆をよろしくね」
ひらりと手を振って場所が分かっているらしい沙華の先導に続く。
背後から、いってらっしゃいませ、御主人様! お早いお戻りをお待ちしております! と揃った声だけが追いかけてきたのが面映ゆかった。
やはり夫との思い出話をいろいろと語ってくれる沙華の足は、スラム街に似ている不穏な気配が漂う区域に立ち入り、何の問題もないかのようにどんどん奥へと進んでいく。
子供のスリやチンピラに絡まれるなどのテンプレな出会いは一切なかった。
「……誰も近付いてこないね?」
「吸血鬼の威圧という、種族特別の威圧をかけているんですよ。近寄ったら血ぃ吸いつくしちゃうぞーみたいな?」
「おぉ!」
私も威圧を取得したがそれとはまた違うスキルらしい。
沙華の吸血鬼風味の威圧ならば、ちょっとだけ受けてみたい気もする。