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「体育祭準備が始まるよー!」
そう勢いよく切り出した谷崎。キッチンでエッグトーストを作っている僕は、右から左に聞き流して素っ気ない返事をする。
「体育祭準備だよー?もうちょっとテンション上げようよー」
「そういうのは、一軍が楽しむものでしょ?僕は違うから、楽しめません」
「えぇ〜……」
僕の返しに、少し引く谷崎。僕は苛立って、
「エッグトーストあげないよ」
と言ってやった。谷崎は手のひらを返して、僕の考えに賛同した。母親が強い理由はこれか、とうっすら思った。
***
「体育祭準備だー!」
クラスの大多数がそう言いながら騒ぐ。朝のホームルームで先生がテンションを上げながらそう言ったので、なんとなくクラスのテンションが上がってきたのだ。なんと影響されやすい集団だろうか。
谷崎はというと、
「体育祭準備だー!!!」
一際大きい声で、同じように騒いでいた。
そんな、何処かのジャングルのような騒々しい教室に、チャイムと同時に入ってくる人がいる。
「おーい、全員席つけー。ここはいつからジャングルになったんだ?原住民どもと普通の人間」
国語のワタナベ先生だ。紹介していなかったが、この人もキャラが濃い。
30代の女性、なのだが強い。子供の頃は空手一筋で、道場破りだったのだとか。髪は後ろでポニーテールになっていて、服はいつも、1つ目のモンスターが描かれたTシャツとジーンズ。
口調も荒っぽく目力が凄いが、結構優しいので人望がある。
「忘れ物したやつはいるかー?」
ワタナベ先生の言葉に、この前僕にぶつかった男子が手を挙げる。
「よし、何を忘れた?」
「教科書とノートです」
教卓で一定のリズムを刻んでいた先生の指が、ピタッと止まる。そして、クラス全員が察する。
何も言わずに、先生はメモ帳の1ページを破り取る。そして、そこに
『国語→教科書・ノート忘れ』
と、ガリガリという音が聞こえるほどボールペンで乱雑に書き、ガムテープを貼る。そして、それを持ったまま男子に近づき、
「デコ見せろ」
とドスの効いた声で言う。恐怖で男子もすぐにデコを見せる。次の瞬間。
ベシッ!!
何かが叩きつけられる音とともに、男子のデコにガムテープでメモ用紙が貼られた。
「それ、剥がすなよ」
ワタナベ先生はそれだけ言って、教卓に戻る。そして、何事も無かったかのように授業を始めた。
これである。
ワタナベ先生は、忘れ物や授業の妨害をすると、体のどこかにガムテープで、やった事を書いたメモ用紙を貼る。ほかの先生たちは、それを見て、何度も冷やかす。
すると、恥ずかしさや苛立ちで、それをしなくなるのだ。なんと恐ろしいシステムだろう
上級生はそれによって真面目な人になったので、ワタナベ先生に好感を覚えているのだ。
でも、あれはやられたくないと、僕は思う。
***
放課後。授業が終わり、いつもならみんな帰る時間。
「体育祭準備です、参加したい人は体育館に集合してください」
学校全体に響く、アカリ先生の声。そして、
「うぉーー!!!」
と雄叫びを上げながら体育館に向かう人の波。
「………」
図書室で本の整理をしている僕は、実際には見ていないが、足音と声で分かる。だからか、いつも図書室に来る男や勉強している人も、今はいない。谷崎も行ってしまった。
図書室には、僕1人。聞こえてくるのは、自分の出す音と、遠くの作業音。
悪くない。
そう思いながら、黙々と本の整理をする。並びが間違っているのを直したり、返却された本を元の位置に戻したり。時折、その場に座り込んで休憩したり。
夕日が差し込み始めた図書室で、1人作業を続ける。すると、
「終わったー!」
「おつかれー」
「この後どうする?」
人の声が聞こえ始めた。時計を見ると、もう閉館時間だった。戸締りしなければ。
僕は入口で、フックにかかっている看板を『閉館中』にすると、窓の鍵をかけてカーテンを閉める。
「よし……」
僕は一息つくと、荷物棚から自分の鞄を取る。今日は作業の前にノートを書いて宿題をしたから、家に帰ってすることはない。
図書室の入口を通って、鍵を閉める。すると、
「あれ、柴田か?」
後ろから、声をかけられる。聞いたことのある声だ。振り返りながら、僕は挨拶する。
「はい……ワタナベ、先生。どうし……ましたか?」
ワタナベ先生は汗をかいていた。多分、体育祭準備でもしていたのだろう。だが、
「いや、谷崎を知らないか?」
と困り気味の声で聞いてくる先生。なるほど、谷崎が行方不明なのか。それで、探し回っていると。
「いや……僕は、体育祭準備をしてくる、としか……」
「そうか……」
顔を曇らせるワタナベ先生。
「ところで……谷崎さんが、何かしたん、ですか?」
谷崎になんて、また明日学校で会えるだろう。なぜ探すんだ?
ワタナベ先生は首の後ろをポリポリとかきながら、実はな、と前置きして言った。
「谷崎の鞄と3年生の鞄が、取り違えられてるんだよ」
だからか!谷崎はいいとしても、他人にまで被害があるのはよくないからな。
「なるほど……わかりました、ちょっと……待っててくだ、さい」
僕は先生にそう前置きして、スマホを使っていいか許可を願う。先生は、それで谷崎が見つかるならと、許可してくれた。
谷崎に電話をかける。思っていたより早く、谷崎の声が聞こえてくる。
『もしもーし、どうしたの?』
「いや、実は」
谷崎の返答があって、僕は先生に代わるよう勧める。先生はすぐに僕のスマホをそっと手に取った。
「すまん、谷崎か?……あぁ、そうだ、ワタナベだ。実はな、お前の鞄と」
そこからは、先生が何とかしてくれた。走ってやってきた谷崎を僕と待機させて、上級生を呼んできて、鞄を確認して。
用事が済むと、先生は職員室に戻っていった。と思っていたら、ドアを開けて振り向いて、
「ありがとな!柴田」
と満面の笑みで言うのだった。
パタンと、職員室のドアが閉まる。
「ありがとう、あと、ごめんね。じゃあ私はこれで」
上級生は僕に感謝を、谷崎に謝罪をすると、小走りで靴箱に向かった。僕らも、歩いてそれに続く。
「お手柄だね、柴田さん」
肘で僕の脇腹をつつきながら、ニヤっと笑う谷崎。僕も少し人の役に立ったからか、
「でしょ」
とドヤ顔で笑っていた。
靴を履き替え、もう人気のない帰り道を歩く。谷崎はその間、ずっと体育祭準備の時の話ばかりしていて、僕はそれに相槌を打っていた。
だが、家に入ると黙って急に抱きついてきた。
毎晩僕もしているので、特に驚くことはない。
「どうしたの?」
僕も抱き返しながら尋ねる。谷崎は
「柴田さん不足だったから、充電中」
とだけ言って、さらに強く抱きしめてきた。可愛いなぁと思いながら、僕も強く抱き返す。
……頃合かな。
僕はゆっくり谷崎の耳に口を近づけると、いつも通り甘く囁く。
「ねぇ、そろそろさ。家でも柴田さんって呼ぶの、やめにしない?」
「へっ?」
抱きしめる力が少し緩まって、そしてストンと谷崎の腰が抜けた。床に座り込んで、両手はニヤけるのを抑えているのか頬にくっついている。
「へっ、へへへ」
その表情は、喜びと恍惚に満ち溢れている。目には、ハートが見えるような気もする。
「ほんと?」
谷崎は僕を見上げながら、呼吸を荒くしている。頬も赤い。
僕は、谷崎の両手に僕の両手を重ねながら、顔を近づけて。
「ほんとだよ」
だから、僕はハルナって呼ぶし、ハルナは僕をサラって呼ぶんだよ?できる?
と尋ねる。ハルナは、
「うん、できる!」
と言いながら、膝立ちで僕のお腹に抱きついてきた。そして、
「サラ、サラ、サラ……っ〜!!」
僕の名前を呼びながら、必死に自分の顔を擦りつけていた。僕はそんなハルナを撫でながら、
「ハルナ、ハルナ、ハルナ……」
と繰り返し、呼んであげた。
***
「ハルナ、ご飯できたよ」
僕は宿題に悪戦苦闘しているハルナの前に、盛り付けた肉じゃがと米、きゅうりの漬物を置く。
「ご飯!」
ハルナはそれに気づくと、いただきます、と丁寧に挨拶してからバクバクと食べ始めた。
「一応、お代わりはあるからね」
僕がそう言うと、ハルナは箸を持っている右手の親指を上げながら、米をかき込む。
夜の8時。名前の擦り付け合いが、ちょっとしたイチャつきにまで発展してしまい、色々と遅れた。ハルナは僕の名前と自分の名前を、ずっと交互に言い続けそうになっていたので、無理やりシャワーを浴びせて目を覚まさせた。明日も着るスカートとリボン、上着などは、事前に脱がさせておいた。
「ご飯食べた後にすることは?」
僕はハルナに聞く。
「宿題、そして寝る!」
「正解」
僕はハルナの頭をワシャワシャと撫でる。少し恥ずかしそうだが、満更でもないらしい。
ご飯を食べ終えると、ハルナは宿題に、僕は家事に取り掛かる。
***
「ハルナ、じゃあ一緒に寝よっか」
僕は先にベッドに入ると、布団をめくりあげて、ハルナに促す。だが、今日のハルナは少し違った。
「ねぇ、サラ?」
ベッドに乗ってきたが、膝立ちだ。横になる気はないらしい。
「どうしたの?ハルナ」
僕は下手に興奮させないように、ゆっくり喋る。
ハルナは、名前を呼びあった時と同じ表情だった。僕はなんとなく、この後を察する。
「私ね……受けよりも、攻めの方がいいの」
そう言うとハルナは膝立ちをやめて、僕の上に四つん這いになった。布団は既に脇の方に除けられている。
「ねぇ、サラ?」
もう一度、僕の名前を呼ぶハルナ。
「どうしたの?ハルナ」
もう一度、同じ質問をする僕。
「今度は私が、攻めでいい?」
そう言いながら、ハルナは仕返しのように僕を襲ってきた。