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「今度は私が、攻めでいい?」
ハルナはそう言って、僕の返事を待たずに抱きついてきた。柔らかいものが、胸に当たる感触がする。
「この前、サラは私に何したっけ?」
僕の手を恋人繋ぎで握って、耳元に甘く囁いてくるハルナ。ただ、上に乗られて、手を握られて、囁かれてるだけなのに、体が熱ってくる。
「耳に、イタズラした……」
「それだけじゃないでしょ?こうやって、正面から抱きついて来たりもしたでしょ?」
もう体は熱くて、頭もボーっとしているのに、ハルナは囁きを止めず、もっと強く手を握ってくる。体重を更にかけて、足を絡めてきた。耳に息を吹きかけながら、返事をするように催促する。
「うん……した」
催眠術にかかったように、感情の篭もっていない声で返事する。
「じゃあさ、私もやっていい?」
だが、ハルナのその質問には、手を握り返して
「気持ちよくしてくれるなら」
と少し戻った理性で、調子に乗っているように返した。
「ふふーん……そんな態度取っちゃうんだ」
ハルナはニヤニヤと笑いながら、顔を近づけて額を合わせると、
「お仕置しちゃおうかな……」
と小悪魔のような声で言った。そして僕の肩を掴むと、一気に上半身を起き上がらせた。
僕が下、ハルナが上。僕の腰の上に乗っているハルナの目線は、いつもよりも少し高い。背はほとんど同じだから、少し新鮮だ。
「さぁて、どうイジメ倒してあげよう?この可愛いお耳を……」
ハルナは僕の耳を、ツンツンと指で突いてくる。左手で耳を、右手で僕の首に手を回しているハルナは僕がちょっと動けばすぐに体勢を崩しそうだった。
「ほーら、甘〜い囁きですよ〜……」
ハルナが突然、指で触られて敏感になっている僕の耳に囁いてくる。驚いて、気持ちよくて、ビクッと身体を震わせると、ハルナが僕の上から落ちる。
「わっ」
咄嗟にハルナの体を引き寄せて、僕が下敷きになった。足を絡ませて、左手は恋人繋ぎで、右手は背中に回していて、目は閉じて。ボスンと、ベッドに倒れる音がした。
「カッコイイね、サラは」
目を開けると、ハルナが恋人繋ぎのまま、もう片方の空いている手で僕の頬に触れていた。うっとりとした表情で、僕の目を見つめている。
「……やめて、恥ずかしいから」
じっと見られるのは嫌なので、顔を赤らめながらそう言うと、逆に顔を近づけてもっと見ようとしてきた。
後ずさると、
トン
壁に背中が当たった。
「あっ」
思わず後ろを見て、そしてもう一度前を向くと、ハルナが嬉しそうにしている。
「逃げ場、なくなっちゃったね」
本当に嬉しそうにそう言うと、壁にもたれている僕の腰にまた座って、背中に足を回してきた。ガッチリとロックされて取れそうにない。
驚いていると、ハルナは僕の肩に両手を置く。
「ほら、こっち向いて」
足を取ろうと試行錯誤している僕に囁いてくる。すると、
「耳をイジられて、気持ちよくなってる時の顔、ちゃんと見せてね?」
と一方的な約束を取り付けて、肩に置いていた両手で、僕の頭をぎゅっと抱きしめ、耳を舐め始めた。
「っ……はぁ……」
自分でもいやらしいな、と思う吐息が、反射的に出てしまう。
ハルナの唾液と舌が、耳の中に入り込んでくる。いやらしい息が耳にかかって、頭がボーっとする。一通り舐めると、ハルナは少し体を離して僕を見て、
「いい顔……興奮しちゃう」
と、いやらしく言った。
***
「……」
よくベランダに来る、鳥の親子の声で目が覚める。いわゆる、朝チュンというやつだ。
布団は床に落ち、身だしなみは乱れている。
ハルナはいつも通り、可愛らしい寝息を立てながら、ぐっすりと眠っていた。その寝顔を見ると、昨晩の出来事を思い出してしまい、何もしていないのに赤面する。
結局ハルナは、僕がハルナにしたこと以外は何もしなかったが、気持ち良すぎて意識が飛んでから、何もされていないのだろうか。
まぁ、いいか。
僕はベッドから降りると、洗面台で顔を洗い、寝癖を直す。寝癖はあってもいいが、酷すぎるところは直さなければいけない。
ある程度寝癖を直してから、鏡と向かい合う。
長い前髪は目を覆っている。隙間から見えるのは、光のない、力のない目。
肩より少し長い後ろ髪は、癖っ毛で、いろんな方向に跳ねている。
銀フレームの丸メガネに、細い顔。特徴的なパーツがある訳でもなく、バランスは整っているが、特別綺麗な訳でもない。
スタイルも特別よくない。だが、太ってる訳でもないし、痩せてる訳でもない。
……クラスに1人は居る、目立たない、根暗な中学生。
「よし……」
僕はメガネを外し、コンタクトをつける。
朝ごはんを作りに、キッチンに向かう。と言っても、昨日の残りを温めるだけだが。
電子レンジに、ラップしておいた肉じゃがを入れ、スイッチを押す。電子音が鳴る。
すると、モゾモゾとベッドの方で音がした。
ハルナが起きそうだ。ご飯の匂いで、体が勝手に動き始めているのだろう。
僕はそんな勤勉なハルナの体を手伝うために、
「ハルナ、朝だよ」
と、頬をペシペシと叩きながら言った。
「うぅ〜、まだ寝させて……」
寝ぼけているのか、そう言いながら背をこちらに向けるハルナ。僕は、わざとらしくクスッと笑うと、ハルナの耳に囁く。
「……昨日は、随分楽しんでたもんね」
その瞬間、ハルナは僕の頭を掴んで、自分の胸元に押し付けた。強い力で、ビクともしない。
「もご!むご!」
ポコポコと、ハルナの肩あたりを叩いてみたが、なんの効果もない。逆に、余計に力が強くなって、僕は諦めて腕をだらんとさせた。
ピー
電子音が鳴る。キッチンで、電子レンジが職務を全うした時の音だ。
「やったー!ご飯!」
それが分かっているハルナは、僕からすぐに離れると、一直線に電子レンジに近づく。
電子レンジを開け、中身を取りだし、ラップを取ってがっつく。
「……まぁいいか」
僕はため息をつきながらそう呟いた。
***
ハルナを先に学校に行かせるので、僕は毎日遅刻ギリギリで教室に入り込む。最初は廊下を走ってきた僕を咎めるアカリ先生だったが、最近では笑って流す程度に。慣れとは、恐ろしいものだ。
チャイムが鳴り、一限目が始まる。今日は数学からか。そう思った時だった。
「うわっ」
ハルナが隣で、うなだれていた。理由を聞くと、
「ノート忘れた〜……」
だそうだった。確かに机の上に置いてあったが、僕も急いでいたし、何より、ハルナのノートを持っていると怪しまれるので、持ってこなかった。
今日はノートに問題を解く日だし、メモ帳に書くとしても大変だろう。スペースが少ないから、詰めて書かないといけなくなるし。
僕は自分のノートの1ページを破り取ると、ハルナに渡す。端っこには、『ノートは机の上にあった』と伝言を添えて。
「ありがとー!」
ハルナは小声でそう言うと、必死に苦手な問題を解く。悩んでいる姿も、また愛くるしい。
思わず微笑を浮かべ、すぐに元の顔に戻して、僕は昼寝を始めた。
***
えっ?
私──中川ホタルは見てしまった。
生まれつき視力がよく、遠くの物でも、近くの物でも、小さい物でも、気付きにくい物でも、何でもハッキリ見ることが出来た私。
私はこの視力を気に入っていたが、今日、初めてこれを恨んだ。
見てはいけないものを、見てしまったのだ。
私の1つ前の席に座る、男か女か分からない人、柴田サラ。そして、その隣にやってきた、谷崎ハルナ。
この2人の、衝撃的な会話に。
まず、柴田サラがノートの紙に、
『ノートは机の上にあった』
と書いた。これを見た私は、
(あ、谷崎ハルナのノートの紙でも渡してるのかな……)
と思った。しかし、すぐにおかしい事に気付く。
相手のノートなのに、ページだけ渡す必要ある?
相手のノートなら、普通に渡せばいいじゃないか。なんで渡さないんだ?
そして、谷崎ハルナはそれに、
『ありがとー!』
と言ったのだ。余計、意味がわからない。
先生の話も頭に入ってこず、私はずっと二人の関係について考えていた。
昔からの友達?いや、それだったら初日から仲良しだろう。初日は驚くほど距離を空けていた。その次の日から2人は仲良くなったし、クラスメイトに幼馴染だ、などと弁解するだろう。
付き合ってる?いや、昔からの友達じゃないのに、どうして1日で付き合うの?あと、呼び方も柴田さんと谷崎さんだし。学校では、クラスの姫が領民と談話しているような感じだけど、家では違うの?えぇ〜!柴田サラが押し倒したりするのかな〜、キャー!
……いけない、話が逸れた。
どちらにせよ、この2人はかなりの仲良しのようだ。ノートがある場所を知っているくらいなのだし、家ではさぞ……。ん、家?
その時、中川ホタルに電流走る。
……家、一緒だったりする?
なんという事だ、中川ホタル!ノートに書かれた伝言と、谷崎ハルナの感謝の言葉だけで、正解にたどり着いてしまった〜。いや、実に面白い!
以上、天界からの実況でした。
「Q.E.D……!」
自分の発想に、思わず口から漏れ出てしまった。だが、確かにそうだと考えざるを得ない。
ノートの場所を書いたのは、谷崎ハルナが家に忘れて、ノートが何処か、柴田サラが知っていたから。
谷崎ハルナの感謝は、柴田サラが自分のノートを破って渡したから。
2人が突然仲良くなったのは、一緒に住み始めたから。
……いや、どうして?どうしてそうなる?
私だって、そんなラブコメみたいな展開を一度くらいは体験したいよ!なのに、何で目の前の陰の者とクラスの姫様がやっちゃうかなぁ。私でもよくない?それはそれでいいよ?
中川ホタルは、嫉妬のような気持ちを持ちながら、これから2人を見守ることを誓った。