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翌朝。
(……会社、行きたくない)
目が覚めた瞬間、私は昨夜の出来事を思い出して布団へ顔を埋めた。
『好きなんです』
よりにもよって、あんな言い方。
しかも、
『違わないけど違いますっ』
(何あれっ!)
思い出すだけで恥ずかしい。
高瀬さん、絶対困ってた。
気持ち悪いって思われたかもしれない。
会社へ着くまでの道のりが、こんなに長く感じられたのは初めてだった。
営業部へ入り、自分の席へ向かう。
恐る恐る高瀬さんの席を見ると、彼はもう来ていた。
いつも通りパソコンへ向かって仕事をしている。
今日は昨夜二人で作り直した資料を使う大事な商談だ。きっと、その準備に集中しているんだろう。
(どうしよう……)
打ち合わせは東陽機工であるのだけれど、サポート役として私も同行することになっていた。
道中、昨日のことを聞かれたら何て答えればいいの?
そんなことを考えていたら、
「おはよう、牧野さん」
高瀬さんがいつも通り笑った。
「あ……お、おはようございます」
まるで昨日のことなんてなかったみたいな、普段と変わらない態度に、
(……忘れてくれたのかな)
そう思って少し安心した反面、胸のどこかがちくりと痛んだ。
あんなに恥ずかしい思いをしたのに、私だけが勝手に気にしてるみたいで、なんだか悔しい。
(……私、なんてワガママなんだろう)
***
午前十時。
東陽機工へ向かう営業車の助手席で、私は窓の外を眺めていた。
運転席では、高瀬さんが当たり前みたいな顔をしてハンドルを握っている。
昨日の今日だ。私は物凄く気になりつつも、運転する高瀬さんの手を見ないよう気を張っていた。
その甲斐もあってか、車内は不思議なくらい穏やかだった。
「昨日は、遅くまで悪かったな」
「いえ。無事に資料が間に合ってよかったです」
「牧野さんのおかげだよ」
そう言って笑う横顔は、昨日までと何も変わらない。
私だけが勝手に意識しているみたいだ。
車が止まり、流れていた景色も止まると、私は無意識にハンドルへ添えられた大きな手に目がいきそうになる。
(だめだめ……)
昨日あんな思いをしたばかりなのに。
見ないようにしようと思えば思うほど、視線が吸い寄せられてしまう。
節だった指と、日に焼けた甲。
(あ……)
指先に、また小さな擦り傷が増えている。
(何をなさっている時にできたんだろう)
そんなことまで気になってしまう。
(……やっぱり好き)
胸の奥でそっと呟いてから、青信号とともに流れ始めた窓外の景色へ慌てて視線を逃がした。
***
商談は順調だった。
昨夜急遽作り直した提案資料も好評で、石川さんからも「迅速に対応していただき助かりました」と頭を下げられる。
高瀬さんも自然な笑顔で受け答えをしていて、なんだか私まで誇らしかった。
会社へ戻る車内。
緊張が解けたのか、高瀬さんが小さく息を吐く。
「乗り切れた……」
珍しく気の抜けた声に、思わず笑ってしまう。
「高瀬さんでも緊張するんですね」
「するよ。特に今回みたいに急な仕様変更があったときは」
そう言って苦笑する。
少しだけ。本当に少しだけ。昨日までのぎこちなさが、ほどけた気がした。
「そういえば」
高瀬さんが少し笑う。
「昨日の〝趣味〟」
「ふぁ!?」
不意打ちに、変な声が出た。
「えっ、あっ、あの、忘れてくださったんじゃ……」
「忘れないよ」
「忘れてください!」
恥ずかしさで耳まで熱くなる。
高瀬さんが何故かすごく真剣な顔になった。
「ごめん。……なんか嬉しかったから、無理」
「……嘘。あんな変なこと言ったのに」
「いや」
高瀬さんは首を横に振った。
「本当に嬉しかったんだ」
「何故?」
「俺も人に言えない好みがあって、なんか親近感湧いたんだ」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。
「……高瀬さんにもあるんですか? 人に言えないような……フェチ」
「ある」
迷いのない返事だった。
私は思わず息を呑む。
高瀬さんにも、人には言えない〝好き〟がある。
それが一体、どんなものなのか。
私は知らず知らずのうちに、次の言葉を待っていた。
コメント
1件
ああっ、もうこのもどかしさ、すごくわかります……! 昨日の告白(?)から一晩明けて、「なかったことにしたいけど忘れられたくない」っていう牧野さんの心情に胸がぎゅっとなりました。高瀬さんの方が一枚も二枚も上手で、しかも「忘れないよ」の真剣な顔にやられました。高瀬さんにも秘めたフェチがあるって、これからどう展開するんだろう……続きが気になりすぎます!
鷹槻れん@コノカレコミカライズ

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