テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
l 。 l 🏐
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
まぶしいほどの朝陽が、合宿所の古い木造廊下に、容赦のない光の筋を投げ込んでいた。
窓の外では鳥がさえずり、遠くの体育館からは早朝練習を始める部員たちの元気な掛け声が微かに響いてくる。
昨夜、あの月明かりさえ届かない暗い空き部屋で繰り広げられた、逃げ場のない「お仕置き」が、まるで質の悪い白昼夢だったのではないかと思いたくなるほど、周囲は残酷なまでに健全な活気に満ち溢れていた。
けれど、制服の襟元の下、指先でそっとなぞればズキリと疼く、熱を帯びた「深い噛み跡」。
それが、昨夜の出来事が逃れようのない、どす黒い現実であることを私に突きつけてくる。
(……足が、自分のものじゃないみたいに震える……。ちゃんと、まっすぐ歩けてるかな……)
食堂へと続く廊下を進む足取りは、ひどく覚束(おぼつか)ない。
極限の睡眠不足と、彼に全身を隅々まで、執拗に暴かれた後の、鉛を流し込まれたような重い倦怠感。
食堂の引き戸を開けると、香ばしい白米と味噌汁の匂いと共に、先に朝食を摂っていたバレー部の面々の賑やかな声が、鼓膜に突き刺さった。
「おー、四ノ宮! おはよう。……って、おい、顔色めちゃくちゃ悪いぞ? ちゃんと寝たか?」
木兎さんや宮侑先輩たちが、いつもと変わらぬ無邪気な笑顔で、心配そうに声をかけてくる。
私は「……おはよう、ございます。少し、寝付けなくて……っ」と、引き攣った、今にも崩れそうな笑顔で返すのが精一杯だった。
その輪の中心から少しだけ離れた、窓際の席。
角名さんが、いつものように眠たそうな三白眼を半分閉じ、スマホを片手に冷めたトーストを無造作に口に運んでいた。
「……おはよ。四ノ宮。……顔、すごい赤いよ。……また知恵熱でも出した?」
低く、どこまでも平坦で、一切の感情の揺らぎを感じさせない声。
昨夜、あの暗闇の中で私の耳元で獣のように喘ぎ、独占欲を剥き出しにして私を組み敷いていた男と同一人物だとは、到底信じられないほどの「偽りの余裕」。
彼は平然とした鉄面のまま、私の瞳の奥、その怯えきった光を、逃がさないと言わんばかりにじっと見つめてくる。
その視線は、「昨日のこと、誰にも言えるわけないよね。君が俺に何をされたか、その身体が一番よく知ってるだろ」という、冷徹なまでの優越感と支配欲に満ち満ちていた。
「っ……、すみません、……大丈夫、です……。……失礼、します……っ」
私は彼と視線を合わせ続けることに耐えられず、逃げるように彼の隣を通り過ぎようとした。
その瞬間、彼が座ったまま、私の制服のスカートの裾を、長く白い指先で見せつけるようにして、ぐいと、抗えない力で強く引き止めた。
「っ……、」
心臓が喉元を突き破らんばかりに跳ね上がる。
周囲には、すぐ目と鼻の先に部員たちが大勢いるのだ。
なのに、彼はスマホの画面から一瞬も目を離さず、死角になるテーブルの下で、私の細い太腿に、自分の熱い膝を力強く、じりじりと押し当ててきた。
「……昨日の『復習』、ちゃんとした? ……君の身体、まだ俺の体温が抜けてないでしょ。……正直に言いなよ、紬」
周囲の食器の触れ合う音や喧騒に完全に紛れて、彼にしか、そして私にしか聞こえない、極限まで潜められた音量で囁かれる、暴力的なまでの執着。
彼はトーストをゆっくりと噛み切りながら、空いた方の左手で私の右手を、机の下で、骨が軋むほどの力強さで、指を絡めるようにして握り締めた。
「……っ、角名、さん……っ、やめて、……誰か、見て……っ、お願い……っ」
「いいよ、見られれば。……その時は、君が朝から俺を誘惑してきて、離してくれないって、全員に教えてあげるから。……ねぇ、紬。君、俺に触られて、またそんなに顔真っ赤にして。……本当に、俺のこと大好きなんだね。可愛いよ」
角名さんはクスクスと、低く喉を鳴らして不敵に笑うと、私の震える手を自分の口元まで無理やり引き寄せ、指先に、昨夜の「続き」を無言で告げるような、熱く、執拗なキスを落とした。
「先輩」という完璧に仕立てられた、偽りの余裕の仮面。
その裏側で、彼は一分一秒を惜しむように、私の日常を、私の精神を、私の居場所を、着実かつ冷酷に「角名倫太郎だけの監獄」へと作り変えていた。
合宿最終日。
私は、彼という名檻から、もう二度と、死ぬまで抜け出すことなんてできないのだと。
この抜けるような爽やかな朝の光の中で、絶望的なまでの陶酔感と共に、悟らされていた。