【sk】
照の部屋の前に着いてインターフォンを押すと、開いてるから入って、とだけ返事があった。
玄関のドアを開けて電気の付いているリビングに向かう。
お邪魔します、とリビングに入るとキッチンからどうぞ、と照の声がした。
「寝てたから出るの遅くなってごめん、今飲み物いれるね」
ねえ、今どんな顔してるの?
俯いていて顔が見えなくて不安になる。
「照、」
「カフェオレでいい?すぐできるから待ってて」
「ひかるっ…」
さっきの電話をなかったことにしようとしてる照に焦って、駆け寄って腕を掴もうとした。
「お湯持ってるから危ないよ」
伸ばした手は簡単に避けられて、拒絶されたショックに一瞬怯みそうになる。
照が今まで負ってきた傷はこんな軽いものじゃないって言い聞かせてもう一度手を伸ばす。
何度拒まれても、俺はもう照を諦めない。
肩にそっと手を置いてこちらを向かせると、諦めたようにポットを置く。
向かい合っているのに、俯いたまま目を合わせようとはしてくれない。
伏せていても分かるぐらい真っ赤になった目と鼻。
前髪が少し濡れていて、急いで顔を洗って誤魔化そうとしたんだなって胸が苦しくなる。
ごめんね、と頭を撫でようとすると、これ以上近付かないでと言うように体を押されて、俺達の間に照の腕1本分の距離ができた。
「佐久間ごめん…」
ぽつりと呟く。
その言葉を皮切りに我慢していた涙がぼろぼろと溢れ出して、照の頬を濡らした。
それを隠すようにぎゅっと結んだ両手で顔を覆って肩を震わせる。
「約束、したけど…全然だめでっ…俺、頑張ったのに…全然諦めらんないっ…」
ごめん、ごめん、と言いながらそのままずるずると床に崩れる照。
顔を隠したまま小さく丸まって座る姿がまるで小さな子供みたいで、今すぐ抱き締めないと壊れちゃう気がして、慌てて俺も膝をつく。
「ひかる…」
「ごめん…好きにならなくていいから…嫌いに、ならないでっ…」
瞬間、考えるより先に体が動いた。
照の体ごと全部包み込むように思いきり抱き締める。
気付いたら俺も泣いていた。
この健気でいじらしいいきものが悲しいほど愛しくて可愛くて、かけたい言葉はたくさんあったのに抱き締めることで頭がいっぱいだった。
このまま全部俺の気持ち伝われって痛いほど抱き締めて、照の濡れた前髪にキスをする。
「な、なにしてんの…」
ゆっくりと顔を上げた照の頬を捕まえて、目を合わせる。
泣きすぎて腫れた目が不安げに揺れている。
「俺、照が好き」
一瞬目が見開かれて、すぐに苦しそうに歪む顔。
俺が気を遣ってそう言ってると思ってる顔。
もう何考えてるか大体分かるよ。
「ごめ…」
言うと思った。
もうそんな悲しいごめんは言わせない。
悲しい言葉ばかり放つ照の唇に噛み付くようにキスをする。
離そうと肩を押す照に負けないように、頭を抱え込む。
息が苦しくなってやっと離れると、もう照の涙は止まっていた。
「なんでこんなことすんの…」
「好きだから」
期待したくないと2つの瞳が訴えかけてくる。
同情なんかじゃないと、どうしたら分かってもらえるだろうか。
ずっと一緒にいたいと思った。
嬉しいときも悲しいときも隣にいるのは俺がいい。
照が俺から離れていくのが苦しくて壊れそう。
上手くまとめることができなくて、思っていることを全部伝えた。
話している内に涙が止まらなくなって、自分でも何を言っているか分からないぐらい文法も呂律もぐちゃぐちゃな言葉たちを照は静かに聞いてくれた。
何をどこまで話したのかも分からなくなって、荒い息を整えることも上手くできなくて、でも今1番してほしいことを目を見て伝える。
「抱き締めてほしい…」
そう言うと、飛び跳ねるように体を起こして潰れちゃうぐらいの力で抱き締めてくれた。
この1ヶ月の間、照から俺に触れてくることは一度もなかった。
それがすごく寂しかったんだって、温もりに包まれてやっと気付いた。
大きな背中に腕を回すと、照の肩がぴくりと震えた。
「ずっと好きでいてくれてありがとう。俺、今まで人を好きになるのがこんな苦しいことだって知らなかった」
背中をさすると、返事の代わりと言うように更に強く抱き締められる。
「ずっと苦しかったよね、辛かったよね…それなのに諦めないでいてくれてありがとう」
また照の肩が震える。
泣いてもいいよと頭を撫でると、俺の頭に涙の粒が降ってくる。
「つらかった…くるしかったっ…」
切実な叫びだった。
長い間誰にも言えなくて1人で抱え込んでいた思い。
やっと吐き出してくれた。
ずっと隠していた弱さを見せてくれたのが嬉しくて、もう一度ありがとうと伝える。
もうそんな思いさせないからね、今まで苦しんだ分これからは俺が幸せにしてあげる。
「照、大好きだよ」
「俺も、好き…佐久間じゃないとだめ…」
もう1人で泣かないでね。
嬉しいのも辛いのも全部一緒に分け合おうね。
「誕生日、とっくに終わっちゃったね」
「そんなのどうでもいい、今が1番幸せ」
これ夢じゃないよね?なんて照が言うから両頬を優しく抓ってあげる。
「えっへ…痛くないけど夢じゃない…」
ちょっと前まで子供のように泣いてたのが嘘みたいに、にへっと笑うのが可愛くて俺もつられて笑う。
照が今までしてきた健気な努力を絶対に無駄にはしない。
愛の大きさなんてもうとっくに追いついてるって思えちゃってる。
それでも不安を感じるなら、その度に掬って、救って、守ってあげる。
大きな愛に包まれて満たされる喜びを照にも教えてあげたい。
ボロボロになるまで頑張ってくれた、俺の可愛い恋人。
「これからは俺の愛に溺れてね」
そう言うと、死んじゃいそう…なんてまた可愛いことを言うから、一緒に生きようねって抓った頬を優しく撫でる。
愛しそうに目を閉じた頑張り屋の恋人に、今度はとびきり優しいキスをした。
コメント
2件
めっちゃ感動して一緒に泣いちゃいました( ・-・̥ ) ひーくんよかったねえ。°(°´ᯅ`°)°。