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#シリアス
昨日までと、世界は何一つ変わっていないはずだった。
通学路に咲く名もなき花も
校門を抜ける時に聞こえる運動部の掛け声も、少し埃っぽい教室の匂いも。
それなのに、僕の中の「世界」だけが
根底からひっくり返ってしまったみたいにおかしくなっていた。
朝、重い足取りで教室のドアを開ける。
その瞬間
「お、水瀬。おはよ」
窓際の席で、朝日を背負った天馬くんがいつも通りに笑う。
ただの挨拶。
昨日までも、その前もずっと繰り返してきた、なんてことのない日常の一コマ。
それだけなのに。
「っ、お、おはよ……っ」
喉の奥が引き攣って、まともな声が出ない。
視界に入った彼の笑顔が、あまりに眩しくて直視できなかった。
昨日までなら普通に話せていた。
軽口を叩き合って、隣で笑っていられた。
なのに今日は、目が合うだけで心臓が肋骨を突き破りそうなほど暴れ出す。
脳裏をよぎるのは、昨日の放課後。
あの狭くて、暗くて、二人分の体温で満たされていた体育倉庫での出来事。
(……恋人)
その二文字が浮かぶたびに、唇に残った微かな熱と
僕を抱きとめた天馬くんの腕の強さがセットで蘇ってくる。
無理だ。
恥ずかしすぎて、どうしていいか分からない。
僕が真っ赤になって視線を泳がせていると
天馬くんは机に肘をつき、楽しそうに目を細めた。
「水瀬、今日ずっと赤くね?」
「そ、そんなこと…っ、ない、よ……」
「あるある。耳まで真っ赤。分かりやすすぎ」
さらっと、包み隠さず指摘されて、僕の顔面温度はさらに数度跳ね上がった。
横から、登校してきたばかりの須藤くんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「なんか水瀬顔赤くない?熱でもあるん?」
「な、なんでもないから!大丈夫!」
慌てて須藤くんの手を振り切るけれど、本当の理由────
「天馬くんと付き合い始めて、昨日のキスを思い出して自爆している」
なんて、逆立ちしたって説明できるわけがなかった。
◆◇◆◇
昼休み
喧騒から逃れるようにして、僕たちはいつもの屋上へと向かった。
フェンス越しに吹き抜ける風は、五月の陽気を孕んでいて心地いい。
……はずなのに、僕はちっとも落ち着かなかった。
隣に座る天馬くんとの距離。
今までは気にならなかった数センチの隙間が、今はやけに意識されてしまう。
“友達”ではなく、“恋人”になった天馬くん。
コンビニの袋からパンを取り出しながら
僕は喉まで出かかっていた疑問を、耐えきれずにこぼした。
「…恋人って、具体的に何、するの……?」
その瞬間
「ぶっ……!」
隣でレモンティーを飲んでいた天馬くんが、盛大に吹き出しそうになった。
「げほっ、ごほっ……!水瀬、いきなり何言い出すわけ?」
「だ、だって……っ、気になるから」
僕は恋愛経験なんて皆無だ。
ましてや、男同士で付き合うなんて、教科書にも載っていないし
ネットで調べたって自分たちの正解がどこにあるのか分からない。
天馬くんはむせた喉をさすりながら、焼きそばパンを一口齧ると、案外あっけらかんと言い放った。
「そりゃ、あれだろ。デートとかキスとか、……もっとエロいこととか?」
「……っ!?」
持っていた卵焼きが箸から滑り落ちそうになる。
「え、え、えろいことって……!?」
「なんでそんな漫画みたいな反応すんの。おもしろ」
「だ、だって…急にそんな単語、出すから……!」
顔が熱い。
今度は心臓だけじゃなく、全身の血液が沸騰しているみたいだ。
天馬くんはケラケラと笑っていたけれど
不意に笑い声を収めると、少しだけ真面目な眼差しを僕に向けた。
「……まあ、それは置いといてさ」
「……?」
「水瀬ってさ、俺がキスしようとしたり、触ろうとすると、ビクって震えるじゃん?」
心臓が大きく跳ねた。
図星だった。
「それ、どうにかしたいなーとは思うんだよな。俺、水瀬のこと怖がらせたいわけじゃないし。むしろ、安心させたいんだけど」
「……っ、え」
天馬くんにそんな不安を抱かせていたことが申し訳なくて、僕は慌てて首を振った。
「ち、違うよ…!緊張はしてるけど、怖がってるわけじゃなくて……」
「ほんと?」
「ほ、本当……っ」
嘘じゃない。
でも、純粋な「本当」でもない。
天馬くんのことは大好きだ。
けれど、誰かに触れられそうになると、身体が勝手に防御姿勢をとってしまう。
それは、僕の中に深く根付いた、消えない拒絶反応だった。
「じゃあ、試してみる?」
「……へ?」
天馬くんが、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「キスの練習」
「れ、練習!?!?ここで!?」
「そんな驚くなって。誰も来ないだろ、ここ」
彼は冗談めかして笑っていたけれど、その目は真剣だった。
天馬くんがそっと手を伸ばしてくる。
コメント
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初コメ! 初めて見たけど面白かった!