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助かったことに安心して、私はその場にへたり込みそうになった。

そんな私の体を支えてくれたのは、窮地を助けてくれたその人だった。


「大丈夫ですか」

「すみません……」


彼の腕につかまりながら階段に腰を下ろした時、頭上から金子の声が降って来た。


「佳奈ちゃん!」

「金子君……」

「何があったの!?」


彼はバタバタと階段を駆け下りて来た。

私は手すりをつかんで立ち上がり、今の出来事を話す。


「鈴木さんに、待ち伏せされてたみたいで……」

「えっ?」


金子の表情が険しくなった。


「大丈夫だった!?何もされなかった!?」

「はい。この方が助けてくれて……」


恩人の彼を金子に紹介しようと振り返る。

いつの間にか彼は私から少し離れた薄暗い場所に移動していて、そこに立って横顔を見せていた。

私の視線を追った金子は、その人に向かって丁寧に頭を下げた。


「この子のこと助けて下さったそうで、本当にありがとうございました。……ん?あれ?」


金子の様子が変わった。薄暗い中に立つその人の顔をまじまじと見ていたかと思ったら、驚いたような声を上げる。


「もしかして、そうさんですか?」

「え?金子君の知り合いの方ですか?」


目を瞬かせる私に金子は頷いた。


「知り合いというか、店のお客さんだよ」

「そうだったんですね!本当にありがとうございました!」


その人ははっとした様子で私から顔を背けたまま、ぼそぼそと言った。


「いや、別に、たいしたことじゃないから。……それよりも金子君、家まで送ってあげた方がいいんじゃないのか?さっきの男、まだその辺をうろついているかもしれない。一人で帰すのは危ないだろ」

「もちろん、そのつもりです。彼女を送ったら戻ってくるので、店で待っててくださいね。お礼させてください」

「お礼なんかいらないよ。それよりも、マスターには俺から言っておくから、早く送って行ってやりな」


彼は金子に向かって片手を上げてひらりと動かした。


「それじゃあ、お願いします。……佳奈ちゃん、行こう。送るよ」

「でも、金子君の仕事は?」

「もともと買い出しを頼まれて、出てきたところだったんだよ。マスターにはそうさんが事情を話してくれるっていうから大丈夫。だいだいさ、こんな時はマスターなら送って行けって言うに決まってるよ」

「それなら……。お願いします」

「うん。行こうか」


金子に促されて歩き出そうとして、私は足を止めた。ちょうど階段に足をかけるところだった「そうさん」の背中に向かって、私はもう一度心から礼を言った。


「助けて下さって、本当にありがとうございました」

「……どういたしまして」

「今度私がいる時にもいらして下さい。ぜひお礼させてください」

「気が向いたら」


彼はぶっきらぼうに答え、結局ただの一度も私と目を合わせることなく、階段を昇って行ってしまった。

私が田上の店のアルバイトをやめることにしたのは、その一件から割とすぐの翌週だった。


「そんなにお金が必要って訳じゃないんなら、夜のバイトはやめた方がいいよ」


開店前の掃除中に、金子が珍しく強い調子で言い出した。

テーブルを拭いていた手を止めて、私はうつむいた。


「ここで働くの、楽しいんですよね……」


仕事にも慣れ、金子とも仲良くなれた。彼に対する気持ちを自覚したばかりの今、まだ辞めたくない。

しかし、金子は私を諭すように続ける。


「鈴木がまだ諦めていなかったらどうするんだよ。この前みたいに、また運よく誰かが助けてくれるとは限らないんだよ」

「それはそうですけど……」


あの時鈴木は去り際に「またね」と言った。諦めていない可能性は十分にある。その対策のために、アルバイトからの帰り道、いつも誰かに送ってもらうというわけにはいかない。

やめるしかないのだろうかと、私はエプロンの裾をキュッと握ってうな垂れる。

田上が言う。その声は残念そうに聞こえた。


「この前も言ったけど、本当はやめてほしくないんだよ。だけど、佳奈ちゃんの安全のためなら仕方ないよね」

「分かりました……」


私はきゅっと唇を噛む。しかし次に顔を上げた時には二人に笑顔を見せた。


「バイト、やめます。色々心配かけて、心配してもらって、ありがとうございました。……ただ、私を助けてくれたあの人が、どんな顔をしていたのかもよく分からない上に、改めてお礼を言う機会もなくバイトをやめることになってしまうのかな、って。そういうのがちょっと心残りです」

「仕方ないさ。その時の佳奈ちゃんに余裕はなかっただろうからね。今度彼が来た時に、俺からちゃんと伝えておくよ。佳奈ちゃんが感謝していたって」

「お願いします。ものすごく感謝していた、って伝えてくださいね。できたら私のツケで何かごちそうしてください」

「了解。……バイト辞めても、たまに顔を見せに来てね」

「はい」


田上の言葉にじんとしている私に、金子が真顔を向ける。


「それだけど」

「それ?」

「しばらくはここに来ない方がいいんじゃないかな。鈴木と鉢合わせしないとも限らないでしょ?というか、夜は一人でふらふら出歩かないこと。一人で飲みに行くなんて、もってのほかだからね。鈴木に限らずおかしな奴はそこら中にいるんだから」

「……はい、分かりました」

「なんだか金子、佳奈ちゃんの父親みたいだな」


苦笑する田上に金子はムッとした顔を見せる。


「佳奈ちゃんは隙だらけだから、これくらい言っておかないと分かんないでしょ。早いとこ彼氏でも作ってくれたら、俺も変な心配しなくていいんだけど」


彼の言葉に胸の奥がちくりと痛んだ。なんとなく分かっていたことではあったが、自分が彼の彼女候補ではないことに改めて気づかされる。そしてこの瞬間、淡い気持ち以上に発展することなく、私の恋未満の恋は終わった。苦い気持ちを忘れるように、私はあえて元気よく言う。


「それじゃあ、今日でここでのバイトが卒業ということで。最後までよろしくお願いします!」


時間いっぱい楽しみながらくるくると立ち働き、私は楡の木でのアルバイト最終日を締めくくったのだった。

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