テラーノベル
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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第4話:思いつきの【日常チャンネル】開設
「シロちゃああああああんっ!!」
その日の夕方。
開け放った縁側の向こうから、土煙を上げて爆走してくる自転車が見えた。
朝の宣言通り、学校が終わるや否や飛んできたらしい小春だった。息を切らし、制服のリボンを揺らしながら、彼女は一直線に縁側で丸くなっていたシロの元へとダイブする。
「にゃんっ!?」
突然の強烈なハグに、シロが目を丸くして短い悲鳴を上げた。
「あぁ〜……シロちゃん、ただいまぁ……。今日の6時間目の数学、ほんっとうに地獄だったんだよぉ……。でもシロちゃんのもふもふがあれば、私、生きていける……!」
小春はシロの真っ白で柔らかな背中に顔を埋め、深く、深く深呼吸をしている。
すると、朝と同じ現象が起きた。シロの体から淡い真珠色のオーラのようなものがふわりと広がり、小春を包み込む。
「ふぁぁ……脳髄まで癒やされるぅ……。マイナスイオンの滝行だよぉ……」
蕩けた表情で呟く小春を見て、俺は縁側でお茶を啜りながら苦笑した。
「おかえり、小春ちゃん。肉じゃが、すごく美味しかったよ。おばあちゃんにお礼言っておいて」
「あ、はい! 喜んでお伝えします! ……えへへ、シロちゃん、肉球もぷにぷに……神……」
もはや俺の言葉など半分も耳に入っていないらしい。小春はポケットからスマートフォンを取り出すと、尋常ではない速度でシャッターを切り始めた。カシャカシャカシャ!という連写音が長閑な庭に響き渡る。
「……そんなに撮って、スマホの容量大丈夫か?」
「全然足りないです! でも、写真じゃダメなんです……! このシロちゃんの神々しさ、動いている時の優雅さ、それにこの謎の『超回復癒やしオーラ』! 静止画じゃ1ミリも伝わらないんです!」
小春はスマホの画面を見つめながら、悔しそうに唇を噛んだ。
そして、何か閃いたように顔をバッと上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「お兄さん! シロちゃんの動画、配信してみませんか!?」
「……はい?」
唐突な提案に、俺は持っていた湯呑みを落としそうになった。
「いやいや、配信って……MeTube(ミーチューブ)とかで生放送するってこと? 俺、動画の編集とか機材のセッティングなんてやったことないぞ」
ブラック企業でエクセルとパワーポイントばかりいじっていた俺にとって、動画配信など完全に未知の領域だ。
しかし、小春の目はキラキラと輝いていた。
「大丈夫です! 今はスマホ一台あれば、ボタン一つですぐに生配信できる時代ですから! それに、凝った企画なんて必要ないんです。ただ、シロちゃんがこうして縁側でのんびりお昼寝しているところを映すだけ。それだけで、絶対に需要があります!」
「需要って……ただ寝てる猫の動画だぞ?」
「ただの猫じゃありません! シロちゃんは『神』です!」
力強く断言する小春。彼女の中ですでにシロは信仰の対象になりつつあるらしい。
「それに……お兄さん、せっかくこんなに素敵な田舎に引っ越してきて、誰にも縛られない自由な時間があるんですよね? だったら、ちょっとした暇つぶしだと思って、やってみませんか? 殺伐とした現代社会に疲れている人たちに、この『癒やし』をお裾分けするんです!」
殺伐とした現代社会に疲れている人たち。
その言葉に、数日前までの自分の姿がフラッシュバックした。
深夜のオフィスで、エナジードリンクを片手に虚無の目をしてPCモニターに向かっていた自分。あの時の俺が求めていたのは、昇進でも給料アップでもなく、ただ脳を空っぽにしてホッとできる、絶対的な『癒やし』だった。
「……そうだな。暇つぶし、か」
俺は膝の上に乗ってきたシロの喉元を優しく撫でた。
『ゴロゴロ……』と、心地よいモーター音が響き、手元からポカポカとした温もりが伝わってくる。これを見ているだけで、誰かのすり減った心が少しでも軽くなるのなら、悪くないかもしれない。
「わかった。やってみよう。小春ちゃん、設定とか教えてくれるか?」
「はいっ! お任せください!」
小春は嬉しそうに飛び跳ねると、俺のスマホを受け取り、手慣れた手つきでアプリの操作を始めた。
「アカウントの登録完了です! さて、チャンネル名はどうしますか?」
「うーん……気張った名前をつけても仕方ないしな。ただの日常を流すだけだから……『日常チャンネル』、なんてどうだ?」
「【日常チャンネル】! いいですね、シンプルで、飾らないスローライフっぽくてぴったりです!」
小春はサクサクと文字を入力していく。
「よし、設定完了です! スマホ用の三脚、私が百均で買ったやつ持ってるんで、これ使ってください!」
小春がカバンから取り出した小さな三脚にスマホを固定し、縁側に向けてセットする。
カメラの画角に収まっているのは、古い木目の縁側、使い込まれた座布団、そしてその上で無防備にお腹を出して丸くなっている純白の毛玉――シロだけだ。背景には、色鮮やかな緑の裏山が広がっている。
「マイクのテストもOKです。お兄さん、心の準備はいいですか?」
「準備って言っても、俺は映らないんだろ?」
「はい! 主役はあくまでシロちゃんです。お兄さんと私は、カメラの裏で普通に喋ってるだけで大丈夫ですよ」
「了解。……シロ、お前もいいか?」
『ふぁぁ……』
シロは大きなあくびを一つして、尻尾をパタパタと振った。好きにしていいよ、という許可のサインらしい。
「それじゃあ……配信、スタートします!」
小春の指が、画面の赤い『ライブ配信を開始』ボタンをタップした。
画面の左上に、『LIVE』という赤い文字が点灯する。
同時に、画面右下の視聴者数を示すアイコンが『0』と表示された。
「まぁ、始めたばかりのチャンネルだし、最初は誰も来ないのが普通だよね」
俺が縁側でお茶を飲みながら呟くと、小春も隣に座ってスマホの画面を覗き込んだ。
「そうですねー。誰か一人でも迷い込んでくれたらラッキー、くらいで……あっ」
開始から数分。
ふと、視聴者数のアイコンが『1』に変わった。
そして、画面の下から、一つだけコメントがぽつりと流れてきた。
『なにこれ。サムネの猫の毛並みが綺麗すぎて開いたけど、動いてる?』
記念すべき、第一号の視聴者だった。
「おお、誰か来たぞ」
「わわ、本当ですね! えーっと、初めまして! うちのシロちゃんです!」
小春が嬉しそうにカメラの裏から声をかける。
画面の中のシロは、カメラに気づいているのかいないのか、再び大きなあくびをしてから、画面の向こうの視聴者を見つめるように、サファイアとアンバーのオッドアイを細めた。
そして、ファンサービスとばかりに『にゃあ』と、甘ったるい声で鳴いたのだ。
その瞬間――画面越しにすら伝わるほどの、圧倒的な『神聖力(癒やしのマイナスイオン)』が、電波に乗って世界へと放たれた。
それが、過労死寸前の元社畜と、一人の女子高生、そして一匹の神獣が引き起こす、前代未聞のバズり伝説の始まりだった。
コメント
1件
わあああ第4話、めっちゃ良かった!!😭💕 小春ちゃんのシロちゃん愛が爆発してて尊すぎるし、「動画配信」の流れが自然でワクワクしたよ!特に、最初の視聴者さんが来た瞬間の「なにこれ」コメント、めっちゃグッときた…!シロちゃんのオッドアイがサムネだけで人を惹きつけるのは納得だし、何より「癒やしを届ける」ってコンセプトが優しい世界すぎて泣ける。次の配信でどんなバズり方するのか、もう待ちきれないよ〜✨