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――春の匂いがした。
その瞬間、息が止まった。
「……っ」
見覚えのある空。
見覚えのある帰り道。
そして――
「腹減った」
そう言ったのは、松野千冬だった。
「……戻ってる」
小さく呟いた自分の声は、震えていた。
あの後のことは、はっきり覚えている。
倒れていた千冬。
呼んでも返事がなくて。
間に合わなかった、あの瞬間。
全部、夢じゃない。
「おい、どうした?」
声をかけてきたのは三ツ谷隆。
「顔、やばいぞ」
「……なんでもない」
即座に否定する。
でも、心臓の音は全然落ち着かない。
(……今度は、間違えない)
強く、そう思った。
今度こそ。
絶対に。
――同じ帰り道。
同じ時間。
同じ三人。
全部、覚えてる。
だから――
「行かないで」
千冬が「寄ってく」と言う前に、口に出していた。
空気が止まる。
「……は?」
眉をひそめたのは千冬だった。
「なんでだよ」
「いいから、行かないで」
言葉が強くなる。
自分でも抑えられないくらいに。
「落ち着けって。どうした?」
間に入ったのは三ツ谷だった。
「行ったらダメなの」
はっきり言い切る。
理由なんて説明できない。
でも――
「……はぁ?」
千冬がため息をつく。
「意味わかんねぇって。すぐ終わるって言ってんだろ」
「ダメ」
一歩、近づく。
「お願い、行かないで」
その言葉に、千冬が一瞬だけ目を細めた。
少しだけ、空気が変わる。
でも――
「……悪いけどさ」
千冬は軽く手を振る。
「そこまで言われる理由もねぇし」
そのまま、背を向けた。
――行ってしまう。
「待って!」
手を伸ばす。
掴もうとして、空を切る。
「千冬!」
叫ぶ。
でも、足は止まらない。
三ツ谷が後ろで何か言っている。
聞こえない。
ただ、追いかける。
今度こそ、間に合うはずだった。
分かってる。
ここで、あの音がする。
だから――
「止まって!!」
その瞬間。
――ガッ
目の前で、音がした。
距離は、ほとんどなかった。
あと一歩。
あと少し。
それだけで、届いたはずなのに。
「……え」
千冬の体が、ゆっくり崩れる。
すぐ近くで。
手を伸ばせば届く距離で。
「……うそ」
さっきより近い。
さっきより早い。
それでも――
「なんで……」
間に合わなかった。
変えたはずなのに。
行動も、タイミングも。
全部変えたのに。
「なんで変わんないの……!」
声が震える。
視界が歪む。
(違う)
ただ繰り返してるんじゃない。
少しずつ、ズレてる。
でも結末だけは――
変わらない。
「……ふざけないでよ」
小さく、呟く。
こんなの、運命でもなんでもない。
ただの理不尽だ。
「……もう一回」
震える手を握りしめる。
「次は、絶対に――」
助ける。
そう誓った瞬間。
また、視界が暗く落ちた。
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