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#探偵
橘靖竜
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にゃいにゃい
74
第308話 白峰律の罪
【どこでもない層/深部】
白峰律は、白色コアの前に立っていた。
《名称固定・榊原梓》
表示された名前は、もう消えない。
ずっと。
白い光でしかなかったもの。
被験体。
反応値。
意識コア。
そう呼ばれてきた存在に名前が戻った。
榊原梓。
自分が別の世界へ送った女性。
白峰は、しばらくその名前を見ていた。
やがて
「C」
声を出す。
Cが応答する。
『はい』
「現実側へ送れる情報量は」
『現在の外部接続状態であれば、限定された記録情報の送信は可能です』
カシウスが白峰を見る。
「何をする」
白峰は答えない。
「過去のクロスゲート系統に残っている接続先を探してください」
『検索します』
カシウスの目が細くなる。
「白峰」
「彼らに伝えます」
「何を」
白峰は白色コアを見る。
「全部です」
短い沈黙。
カシウスが言った。
「今さら告白でもするつもりか」
「そう呼びたければ」
「何の意味がある」
白峰は静かに答えた。
「私がしたことを、私以外の人間が推測する必要をなくす」
「罪を認めれば彼女が戻るのか」
「戻りません」
即答だった。
「過去が変わるか」
「変わらない」
「なら無意味だ」
白峰はカシウスを見る。
「あなたは、そう考えるんでしょうね」
「違うのか」
「ええ」
白峰は言った。
「事実を消さないことには意味があります」
カシウスの表情が僅かに変わった。
それは。
かつての白峰なら。
口にしなかった言葉だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・警察関連施設/臨時合同分析室】
異常を最初に見つけたのは、日下部だった。
古いクロスゲート系統の保全サーバー。
すでに通常運用から切り離されている。
その一角に
突然、新しいデータが現れた。
「……何だ、これ」
木崎が振り返る。
「どうした」
「今、ファイルが追加されました」
「外から?」
「分かりません」
日下部の手が止まらない。
侵入経路。
送信元。
時刻。
暗号。
通常の通信方式ではない。
ただ、古いクロスゲートの認証形式が使われている。
城ヶ峰が近づく。
「開けるか」
「待ってください。安全確認します」
数十秒。
悪性コード。
なし。
実行ファイル。
なし。
映像。
音声。
研究記録。
そして一つのテキスト。
ファイル名。
《STATEMENT_RITSU_SHIRAMINE》
木崎の表情が変わった。
「白峰?」
日下部も画面を見たまま答える。
「そう書いてあります」
城ヶ峰が言った。
「開けろ」
日下部がファイルを開く。
最初に一文。
《この記録は、白峰律本人によるものです》
次。
《榊原梓に関する出来事について、私が知る事実を記録します》
木崎が低く言う。
「本人から?」
「送信元は断定できません」
日下部が答える。
「ただ、内部に当時の未公開記録が含まれています」
城ヶ峰は画面から目を離さなかった。
「続けろ」
◆ ◆ ◆
音声が再生される。
白峰律の声。
現在。
深部にいる白峰の声だった。
『最初に』
少し間。
『榊原梓さんは、自分が受ける実験の危険を全て知らされていませんでした』
分析室が静かになる。
『知らせなかったのは、私です』
木崎の眉が動く。
日下部は記録を止めない。
『彼女へ説明したのは、深層意識同期試験という名称と、通常より深い情報層へ接続する可能性でした』
『身体感覚の変化』
『記憶混乱』
『一時的な意識分離』
『そこまでは説明しました』
次。
白峰の声が僅かに低くなる。
『しかし』
『意識そのものが肉体から切り離される可能性』
『現実世界とは異なる世界へ転移する可能性』
『そして』
『転移後に、元の身体へ戻す方法が完成していないこと』
『私は、それを伝えませんでした』
木崎が小さく息を吐いた。
「最初から戻す方法なかったのか」
誰も答えない。
音声が続く。
『理由は単純です』
『言えば、彼女が実験を断る可能性があったからです』
その言葉に分析室の空気が変わった。
白峰は言い訳をしなかった。
『私は』
『彼女が拒否するかもしれない情報を』
『意図的に隠しました』
『つまり』
『榊原梓さんは、自分で選んだつもりだった』
『ですが』
『選ぶために必要な情報を、私は渡していなかった』
『あれを同意とは呼べません』
◆ ◆ ◆
【一ノ瀬家】
ユナも同じ音声を聞いていた。
リオが隣にいる。
警察側で最初の安全確認が取れたあと、榊原梓の直接の関係者として内容が共有された。
白峰の声。
昔。
何度も聞いた。
研究室で。
会議で。
コードレビューで。
困った時に
頼りにしていた声。
『実験は成功しました』
ユナの指が僅かに動く。
『正確には』
『人間の意識だけを、意図的に別世界へ転移させることに成功しました』
『榊原梓さんの記憶』
『人格』
『感情』
『自己認識』
『名前』
『それらは、転移直後も維持されていました』
『私は喜びました』
ユナの目が画面へ向く。
白峰は続ける。
『なぜなら』
『その結果は』
『人間が肉体を離れても、人間のまま存在できる可能性を示していたからです』
少し間が空く。
『私は』
『死んだ恋人を戻したかった』
ユナの表情が変わる。
リオは何も言わない。
『事故で失った人です』
『彼女が残した写真』
『声』
『文章』
『行動記録』
『他人の記憶』
『残っているものを全て集めれば』
『いつか』
『彼女をもう一度作れると考えました』
『そのためには』
『人間が何によって人間であり続けるのかを知る必要があった』
『榊原さんの実験は』
『そのための実験でもありました』
ユナは
ゆっくり目を閉じた。
自分の先輩は
偶然巻き込まれたのではない。
必要とされた。
実験のために。
白峰が欲しかった答えを得るために。
◆ ◆ ◆
【臨時合同分析室】
白峰の記録には実験当時の映像も添えられていた。
椅子。
センサー。
寝台。
そして。
意識反応が肉体から離れていく瞬間。
日下部が画面を止める。
「波形」
白色コアの記録と重ねる。
一致部分。
高い。
木崎が映像を見る。
「これで、ほぼ」
「はい」
日下部が答える。
「白色コアが榊原梓さんであることを強く裏付けます」
城ヶ峰は別の部分を見る。
映像の中。
意識転移後。
白峰が何度も帰還処理を試している。
失敗。
失敗。
失敗。
そして。
梓の声。
『私、そこまで聞いてません』
白峰。
『……はい』
『別の世界に行く可能性があるなんて、聞いてないです』
『説明していません』
映像の中の白峰は目を逸らさない。
だが戻すこともできない。
次。
梓の声。
『戻れますよね』
白峰。
『戻します』
『できますか』
『できます』
『……今度は本当?』
そこで
僅かに間。
『はい』
木崎が画面を見たまま言った。
「できるって分かってなかった」
城ヶ峰が答える。
「ああ」
白峰本人の記録が続く。
『あの時』
『私は、また嘘をつきました』
『戻す方法は』
『まだありませんでした』
◆ ◆ ◆
次の記録。
生命維持カプセル。
梓の身体。
搬送。
白峰の声。
『私は』
『榊原さんの身体を保存しました』
『意識が異世界にあっても』
『身体が残っていれば』
『いつか戻せると考えたからです』
次。
『ですが』
『雲賀匠が実験へ近づきました』
分析室で匠が
無言のまま聞いていた。
城ヶ峰から連絡を受け、この記録だけは本人にも確認してもらっている。
白峰の声。
『私は』
『梓さんを救うことより先に』
『実験が知られることを恐れました』
匠の目が僅かに細くなる。
『正確に言えば』
『両方です』
『発見されれば、研究は止まる』
『身体を公的機関へ移されれば、私が帰還実験を続けられなくなる』
『そして』
『私自身が』
『榊原さんへ何をしたのか知られる』
少し沈黙。
『私は、それを恐れました』
白峰は続ける。
『だから』
『身体を隠しました』
『最初は私自身で』
『その後』
『カシウスへ預けました』
匠が顔を上げる。
木崎も。
「カシウス」
初めて、榊原梓の身体搬送と
その名前が明確に繋がった。
城ヶ峰が日下部を見る。
「記録しろ」
「はい」
音声は続く。
『カシウスが当時、現実側で身体の移送に関与しました』
木崎が低く言う。
「じゃあ、湾岸で見た白髪の男」
匠がすぐに答える。
「まだ決めるな」
木崎が見る。
匠は画面から目を離さない。
「可能性は上がった。でも、あの時見た男の顔は見てない」
城ヶ峰が頷いた。
「そのまま分けて記録する」
白峰の証言では
カシウスが身体搬送へ関与した。
匠の目撃では。
湾岸施設に正体不明の白髪の男がいた。
二つはまだ同一人物と断定しない。
だが初めて
繋がる可能性が生まれた。
◆ ◆ ◆
白峰の記録はそこで終わらなかった。
『私の罪は』
『榊原さん一人ではありません』
画面。
過去の実験記録。
意識コアの交換。
記憶の書き込み。
記憶削除。
死体への別人の意識接続。
日下部の顔が強張る。
『人間の意識を』
『身体から分けた』
『他人の身体へ入れた』
『記憶を書き換えた』
『消した』
『別人の人生を入れた』
『本人が誰なのか分からなくなるまで続けました』
木崎が拳を握る。
「……どこまでやってる」
匠はただ
画面を見ている。
白峰。
大学時代から知っていた男。
恋人を失い
少しずつ研究へ沈んでいった。
匠は何度も止めた。
残された記録を集めても
それは本人ではない。
本人の選択がない。
そう言った。
だが白峰は聞かなかった。
音声。
『私は』
『死を取り消せる世界を作ろうとしました』
『失われた人間を』
『残された情報から再構成し』
『意識として成立させ』
『新しい器へ戻す』
『それができれば』
『死は』
『もう終わりではなくなる』
『そう思いました』
次。
静かな声。
『今も』
『死が正しいとは思っていません』
匠の表情が変わる。
『大切な人が突然いなくなり』
『何もできず』
『受け入れるしかないことを』
『正しい世界だとも思っていません』
『私は今でも』
『彼女を戻せるなら戻したい』
そこは
変わっていなかった。
白峰律という人間の始まり。
だが。
次の言葉が、昔とは違った。
『ただ』
『私は』
『一つのことを間違えました』
『戻したい相手が』
『どう戻りたいのか』
『そもそも戻ることを望むのか』
『それを』
『私が決めていいと思った』
分析室で。
匠の目がゆっくり上がる。
『榊原さんにも同じことをしました』
『必要な情報を隠し』
『実験へ参加させ』
『戻せなくなったあとも』
『彼女自身に選ばせず』
『私が正しいと思う方法で』
『身体を保存し』
『隠し』
『研究を続けた』
『全部』
『私が決めました』
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
白峰は
Cによる送信が続いている表示を見ていた。
カシウスが言う。
「随分と自分を悪人にしたものだ」
白峰は振り返る。
「したんじゃない」
「何だ」
「やったことを、そのまま言っただけです」
「彼女を救おうとした」
「ええ」
「身体も維持した」
「はい」
「戻す方法も探した」
「それも事実です」
カシウスが一歩も動かずに問う。
「なら、全てが罪なのか」
白峰は少し考えた。
「違います」
白色コアを見る。
「戻したいと思ったことは」
少し間。
「罪ではない」
カシウスの目が細くなる。
「では何だ」
白峰は答えた。
「彼女の答えを」
白色コアが静かに揺れる。
「私が先に決めたことです」
カシウスは白峰を見ていた。
「死者は答えない」
「だからといって」
白峰の声が僅かに強くなる。
「生きている人間の答えまで奪っていい理由にはならない」
「榊原梓は生きていた」
「そうです」
「君はその選択を奪った」
「はい」
「死んだ君の恋人は」
白峰は黙る。
カシウスが続ける。
「なら、死者については誰が決める」
白峰はすぐには答えなかった。
それは、ずっと
自分が避けてきた問いだった。
恋人は、死んだ。
もう
何を望むのか聞けない。
戻りたいのか。
戻りたくないのか。
再構成された存在を自分だと認めるのか。
それさえ聞けない。
だから白峰は自分で決めた。
きっと戻りたい。
戻せば喜ぶ。
失ったものを取り返すことは正しい。
そう
決めた。
「……分かりません」
白峰は初めて。
そう答えた。
カシウスの表情が変わる。
「分からない?」
「ええ」
「それで止まるのか」
白峰は首を振った。
「分からないなら」
白色コアを見る。
「分からないままにしておくべきだった」
カシウスは何も言わない。
「答えを作って」
「本人の答えだと思い込むべきじゃなかった」
その言葉は。
昔。
匠が白峰へ言ったものと。
ほとんど同じだった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・臨時合同分析室】
記録の最後。
白峰の声が静かに響く。
『雲賀匠』
匠が顔を上げる。
自分の名前。
『君は正しかった』
木崎も城ヶ峰も何も言わない。
『記録を集めても』
『それだけでは本人にはならない』
『本人の選択がない』
『君は、ずっとそう言っていた』
匠の手が僅かに動く。
『私は』
『技術が足りないだけだと思った』
『足りないなら』
『もっと集めればいい』
『足りないなら』
『もっと書き込めばいい』
『身体がないなら』
『別の身体を使えばいい』
『現実で無理なら』
『別の世界を使えばいい』
『そうして』
『できない理由を、一つずつ潰した』
少し間。
『でも』
『潰してはいけないものまで』
『潰した』
匠の目がゆっくり閉じる。
最後
白峰の声。
『人間が』
『自分で決める余地です』
そして。
《記録終了》
分析室が静まり返った。
誰もすぐには話さなかった。
やがて
木崎が口を開く。
「これ」
城ヶ峰を見る。
「証言として扱えるのか」
城ヶ峰は答えた。
「真正性を確認する。過去のログとも照合する」
「本人の声だからって、そのまま全部信じるわけにはいかない」
「ああ」
日下部が言う。
「ただ、実験記録の一部はすでにこちらの資料と一致しています。映像の時間情報も、これまで見つかったログと大きな矛盾はありません」
「なら一個ずつ確認だ」
城ヶ峰が言った。
「白峰自身の解釈と、確認できる事実は分ける」
匠は、まだ
画面を見ていた。
最後に表示された言葉。
《人間が自分で決める余地》
「律」
小さく、名前を呼ぶ。
返事はない。
当然だった。
それでも。
匠は続けた。
「遅いよ」
責めるようでも。
許すようでもなかった。
「……本当に」
それだけだった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・雲賀家/同日夜】
ハレルとサキは
並んでパソコンの前に座っていた。
画面には警察側から共有された白峰律の記録。
城ヶ峰たちが確認したものと同じ内容だった。
もちろん
捜査上の情報まで全て渡されたわけではない。
だが白峰自身が残した告白部分と
榊原梓に関する実験映像。
それらは
これまで事件へ関わってきた二人にも共有されていた。
ハレルの胸には
いつものカメラ型ネックレス。
主鍵。
指先が
無意識にそこへ触れる。
画面の中
若い頃の白峰が。
榊原梓へ。
説明していない危険があったと認めている。
そして。
現在の白峰の声。
『選ぶために必要な情報を、私は渡していなかった』
『あれを同意とは呼べません』
サキは膝の上で手を握っていた。
「……ひどい」
小さな声だった。
ハレルは答えない。
白峰の実験。
梓の意識。
別世界。
戻れない。
隠された身体。
一つずつ
自分たちが追ってきた事件へ繋がっていく。
やがて。
白峰が恋人について語り始める。
『私は、死んだ恋人を戻したかった』
サキの表情が少し変わった。
「この人も……大事な人が死んだんだ」
「うん」
「だから、こんなことしたの?」
ハレルは少し考えた。
「それが始まりだったんだと思う」
「じゃあ、悪い人じゃなかったのかな」
ハレルはすぐには答えなかった。
画面の中で
白峰が榊原梓の身体を保存し。
カシウスへ預けたことを話している。
「最初から誰かを苦しめたかったわけじゃないと思う」
ハレルは言った。
「でも」
画面を見る。
「それと、やったことは別だよ」
サキも暫く画面を見てから
「うん」
とだけ答えた。
少しして。
映像の中から榊原梓の声。
『……今度は本当?』
白峰。
『はい』
サキの顔が僅かに歪んだ。
「これ」
ハレルが見る。
「白峰さん、戻せるって分かってなかったんだよね」
「うん」
「なのに、できるって言った」
「そうだね」
「怖かっただろうな……榊原さん」
その言葉にハレルは
胸の主鍵を握った。
自分も。
今まで何度も
誰かを戻してきた。
戻さなければならないと思っていた。
家に。
家族のところに。
元の世界に。
それが正しいことだと思っていた。
だが。
レグナは
異世界に残ることを選んだ。
高瀬には
自分の帰る場所があった。
リエネには
別の世界に残した人生があった。
戻れることと
戻りたいことは
同じではない。
白峰の記録が続く。
『戻したい相手が』
『どう戻りたいのか』
『そもそも戻ることを望むのか』
『それを』
『私が決めていいと思った』
ハレルは何も言わなかった。
サキが横を見る。
「お兄ちゃん?」
「……ううん」
主鍵から手を離す。
「聞いてる」
そして最後。
白峰の声。
『雲賀匠』
二人の表情が変わった。
『君は正しかった』
サキが画面を見つめる。
『記録を集めても』
『それだけでは本人にはならない』
『本人の選択がない』
『君は、ずっとそう言っていた』
サキが呟く。
「お父さん……」
ハレルは頷いた。
「うん」
父が。
白峰を止めようとしていた理由。
これまで断片的には聞いていた。
だが白峰本人の言葉で聞くと
重さが違った。
画面の中。
白峰は続ける。
『できない理由を、一つずつ潰した』
『でも』
『潰してはいけないものまで』
『潰した』
サキの目が少し潤んだ。
『人間が』
『自分で決める余地です』
記録が終わる。
部屋が
静かになった。
画面だけが。
停止した映像を映している。
しばらくして、サキが言った。
「お父さん、ずっとこれを言ってたんだね」
「うん」
「その人が決めることだって」
ハレルはゆっくり頷いた。
「たぶん」
そこで言葉を止めた。
自分の胸。
主鍵。
これを使えば人を戻せる。
道を繋げられる。
でも、それだけでは足りない。
「お兄ちゃん?」
サキが呼ぶ。
「戻せるからって」
ハレルは画面を見ながら言った。
「戻していいってことじゃないんだな」
サキはすぐには返事をしなかった。
少し考えて。
「うん」
そしてそれ以上は言わなかった。
二人ともまだ答えを全部持っているわけではない。
人間を人間にしているもの。
記憶なのか。
身体なのか。
名前なのか。
意識なのか。
それとも。
選ぶことなのか。
その答えは。
まだ一つにはならなかった。
ただハレルの中に
一つだけ。
以前よりはっきりしたものが残った。
誰かを救う時。
最後に決めるのは。
救う側ではない。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
送信終了。
Cの表示が消える。
白峰は白色コアの前に戻った。
「榊原さん」
光が揺れる。
「私は」
言葉が止まる。
謝る。
それだけなら簡単だった。
許してほしい。
そう言うこともできる。
だが、それさえ
今の自分が求めていいものなのか。
白峰には分からない。
だから
別の言葉を選んだ。
「今度は」
白い光が僅かに強くなる。
「あなたが決めてください」
白峰はそれ以上。
何も言わなかった。
榊原梓の白色コアは
すぐには反応しない。
長い沈黙。
その後
ほんの僅かに。
白い光の中から
一本の細い線が伸びた。
白峰へではない。
カシウスへでもない。
その線は二人の間を避けるように。
遠く。
外側へ。
向かっていった。
誰かに決められた道ではなく。
自分で選ぶように。
コメント
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はるです、読了したわ。 第308話、白峰律の罪か……。正直、心がぎゅっとなった。 彼がずっと抱えてきた「戻したい」っていう願いの根っこが、罪を否定しない形で全部出てきたのが重かった。特に「選ぶために必要な情報を渡していなかった」って部分、あれはもう完全に同意って呼べないよなって思った。 匠の「遅いよ」には泣きそうになった。間に合わなかったけど、本人の口から聞けたこと、匠にとってどうだったんだろうな。 「戻せるからって戻していいってことじゃない」――このシリーズがずっと投げかけてる問いが、また一段階深まった感じがする。続き、本当に気になる🔥