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翌日の昼休み、教室の窓際で弁当を広げる奏を見つけた。普段なら当たり前の光景なのに、今日は妙に胸の奥がざわついて落ち着かない。
「奏……お昼、学食で食べないか?」
「うん、いいよ」
奏はいつもどおりに笑って立ち上がる。それだけで安心する自分がいるのが、逆に情けなく思えた。
学食に向かい、空いた席に並んで腰を下ろす。テーブルに弁当を広げながら、他愛ない会話がはじまる。けれど俺の頭の片隅では、昨日の後輩の影がこびりついて離れない。
「奏、そういえば昨日……放課後はなにをしていた?」
「え? 昨日? 普通に帰ったけど……あ、帰る前に購買に寄ったかな。消しゴムがなくなっちゃって」
さらりと答える声に嘘は感じられない。だがその購買で誰と一緒にいたのかまでは、口にしなかった。
そのとき――。
「あ、奏先輩!」
背後から聞き慣れない声がして振り返る。そこには、昨日見かけたあの後輩が立っていた。制服の袖口から伸びる手には、小さな包みが握られている。
「これ、この前話してた限定品、やっと手に入ったんです。先輩に一番に渡したくて」
にこやかに言いながらも、視線は奏にまっすぐ向けられていて、俺の存在は視界に入っていないかのようだった。いや一瞬、俺のほうを見た。その瞳に、昨日と同じ“計算めいた光”が走った。
「ありがとう。でも昨日だって貰ったのに、またいいのかな……」
「遠慮せずに受け取ってください。俺ふたつ買ってるし。奏先輩の喜ぶ顔は、何度でも見たいんです。奏先輩の笑顔は、俺にとってご褒美みたいなものですから」
その言葉は、まるで俺に聞かせるために放たれたように思えた。胸の奥でなにかが弾け、喉の奥が焼ける。
奏は困ったように笑いながらも、包みを両手で受け取る。後輩と奏の指先が触れ合いかけた瞬間を、俺は見逃さなかった。
(……ふざけんな)
気づけば、椅子を乱暴に引き倒して立ち上がっていた。学食にいる数人の生徒が物音に驚き、こちらを振り返ってひそひそ話す。それでも構わずに、俺はふたりの間に割って入った。
「――悪いけど、奏に用があるなら俺を通してくれ」
自分でも驚くほど低い声が出た。後輩は僅かに目を見開き、それでもすぐに口角を上げる。
「……氷室先輩、奏先輩の“彼氏”ですか?」
わざとらしい問い。まわりにいた数人がくすりと笑う。
「ちょっ……やめろ!」奏が慌てて声を上げるが、その頬はうっすらと赤い。
「奏は今、俺と一緒に昼を食べてる。だから、その包みも――」
俺は言葉を切り、後輩の手から強引に包みを取った。指先が触れた一瞬、ぞっとするほど冷たい視線を返される。
「ちょっ……蓮っ!」
「なんだ?」
俺の声は鋭く、奏は小さく息を呑むだけだった。後輩は口元に薄い笑みを残したまま、踵を返して去っていく。
残されたのは俺と奏だけ。手の中の包みは、不気味なほど重たかった。
「……蓮、さっきの、少し怖かった」
奏の声は小さく震えていた。その瞳の奥に浮かぶのは不安と、どこか隠しきれない動揺。
「知ってる。君が悪いわけじゃない。でも……あんなふうに渡されて、笑って受け取ってたら、俺はおもしろくない」
嫉妬と苛立ちを隠さず吐き出す。奏は目を見開き、そしてふっと小さく笑った。
「そっか……じゃあ、その包みは蓮が持ってて」
重みはさっきよりも確かに心地よかった。だが同時に――。
(……あいつ、本当にただの“後輩”か?)
胸の奥に冷たい疑念が沈殿する。
「……蓮、やっぱり嫉妬してたんだね」
奏がまっすぐに見てくる。からかいはなく、ただ真剣に。俺は短く息をはき、視線を逸らす。
「してたら、悪いのか」
「ううん。むしろ……ちょっと嬉しい」
奏の頬が赤く染まり、柔らかな笑みが浮かぶ。その光景に、一瞬だけ心が温まる。けれどすぐに、背後で去っていった後輩の残り香のような存在感が、冷たい影を落とした。
(……奏を縛りつけるのは俺か。それとも――)
その影が俺たちを狙って笑っている気がして、背筋に嫌な寒気が走った。