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昼休みが終わって教室に戻っても、さっきの蓮の顔が頭から離れなかった。あんなふうに、感情をむき出しにする蓮を見たのは、健ちゃんと揉めたとき以来だ。
(間違いなく蓮の嫉妬……なんだろうけど)
そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。誰かに強く想われているという確かな実感。けれどそのすぐ隣で、針の先のような痛みが小さく刺さる。
氷室があれほど動揺するのは、それだけ自分の存在が大きいという証かもしれない。けれど同時に、もし自分が氷室を裏切るようなことをしてしまったら――そのとき、彼はどうなってしまうのだろう。
たとえば、ほんの出来心で笑いかけた相手に蓮が気づいたら。ほんの小さな嘘でも、彼の目の前で剥がれ落ちたら。
(それを考えると……なんか怖い)
想像した瞬間、胸の奥に重たい影がのしかかった。俺は彼を失いたくない。でも蓮もまた、俺を失うことを心の底から恐れている――そう思うと、その恐怖は鏡合わせのように同じ形をしている気がした。
教室の窓から差し込む午後の光が、机の上に長い影を落とす。その影を見つめながら、ふと気づく。
(もっと、ちゃんと話さないといけないのかもしれない)
胸の奥で眠っている秘密や不安、言葉にしそびれた想い。それらをいつか、氷室にすべて打ち明けられる日が来るのか――いや、来させなきゃいけないのかもしれない。
授業のチャイムが鳴る。顔を上げたとき、まぶたの裏に映った氷室が振り向いて、小さく笑った。その笑顔に救われるように息を吸って、俺は頷き返す。
(ドジな俺でも、蓮と一緒に並んでいたい。そのために……)
ペンを握り直す指先に自然と力がこもる。けれど隣のクラスにいるはずの蓮の背中が、今日はなぜかいつもより少し遠くに感じた。その距離の隙間に、気づかぬうちに誰かが立ち入り、静かに俺たちを見ているような気がして。
胸の奥が、微かにざわめいたのだった。
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