初めてのもりょき(涼ちゃん×元貴)です。
なにせ初めてなので(笑)
涼しい顔をした嫉妬の悪魔、涼ちゃんが炸裂しますのでご注意ください!
*Midnight*
レコーディングスタジオの中には、音が溢れていた。
ドラムのリズムが止まると、エンジニアが軽く手を挙げる。モニター越しの会話、ピッチの確認、そして何より、大森元貴の笑い声が空気を和ませていた。
「涼ちゃん、それもうちょっとガシャンってして? もっとこう……崖から落ちる音って感じで!」
椅子に腰かけたまま、ヘッドフォンを首に引っ掛けて、元貴は笑って藤澤涼架のキーボードを指差した。
藤澤はキーボードの上に指を添えたまま、薄く笑う。
「崖から落ちる音ね。じゃあ、次は“転落死”の音を出してみようか」
「やーだー、こわい〜〜。涼ちゃんドS出てるよ?」
「あれ、昼間から気づかれちゃった?」
にやり、と冗談めかして返すその顔は、誰が見ても穏やかな、優しいキーボーディストだった。
だが、その声の裏にほんのわずか、温度を変える色があることに気づいているのは、この場にひとりだけ。
元貴だった。
「いいじゃん、俺さっきの涼ちゃんの音好きだったよ」
モニターに向かって歩きながら、元貴はちらりと藤沢を見る。その目は、少しだけ茶目っ気を含んでいる。
……それがまた、たちが悪い。
元貴は自覚していない。
その視線、その笑顔、その“俺はおまえのこと知ってる”という特権を見せびらかすような距離感が、誰かの心臓に火をつけていることを。
スタッフが何かを笑って話しかけると、元貴は屈託なく頷いて、少し顔を近づけて言葉を返す。
その時だった。藤沢の手がキーボードを押す音が、ほんのわずか、強くなった。
——藤澤涼架は、怒ってはいない。
しかし、1ミリも怒っていないとも言えない。
「じゃ、もう一回行こっか。録るよー」
音楽がまた、空気を満たす。
音の隙間で、視線が絡む。無邪気なフリの、確信犯。
藤沢は笑っていた。誰にも気づかれないように。
けれどその指先は、静かに力を込めていた。
——今夜、この無邪気な小悪魔には、少しだけお灸が必要かもしれない。
そんなことを考えながら、彼は演奏を続けていた。
⸻
撮影スタジオは白く明るく、熱気に満ちていた。
午前の光を反射する大きなライトが、メンバーを美しく照らしている。元貴はカメラの前でくるりと回ってポーズを取ると、くすっと笑いながら藤澤のほうを振り向いた。
「涼ちゃーん、ちょっと見て。今の、いい感じじゃなかった?」
「うん、よかったよ。ちょっと飛びすぎて、スカートの中見えるかと思ったけど」
「え、俺スカート履いてないんだけど!?」
スタジオに笑いが起きる。
藤澤はモニターの隅に立って、他のスタッフと談笑しながらその様子を見ていた。
穏やかで、物腰柔らかく、空気を壊さない。大人で優しい男。
けれど、彼の視線の先は常にひとりに固定されていた。
——大森元貴。
彼が誰と話していても、どこに視線を投げても、藤沢はそれを追っている。
「バンドの顔」だということは理解している。彼の華やかさも、人懐っこさも、才能のうちだ。
だが時折、スタッフと顔を寄せ合って笑うその無防備な笑顔に、胸がチクリと痛むのもまた事実だった。
「元貴くん、こっち向いて!そのまま!」
カメラマンの声に、元貴がくるりと振り返る。その笑顔があまりにも自然で、あまりにも無防備で。
藤沢はふと、拳を握った。
「涼ちゃん、ちょっと来て~。ツーショ撮ろうって」
元貴に手を引かれ、何も言わずにその場に並ぶ。
シャッターが切られる間、藤澤は微笑を崩さず、隣の彼の腰にそっと手を添えた。
「……あとで話すから」
小声。耳元。
元貴はびくりと肩を揺らす。
声のトーンはいつもと変わらないのに、なぜか喉の奥がぎゅっと締まるような感覚があった。
「え、なに、なんかした……?」
「さあ、なんだろうね。気づいてないなら、それはそれで問題かも」
撮影が終わると、スタッフが元貴の頬を軽く撫でるようにして髪を整えた。
その手を、藤沢は黙って見ていた。
——誰かの手で整えられた髪は、今夜、俺がぐしゃぐしゃにする。
彼がどれだけ無自覚であろうと、その代償はしっかり支払ってもらう。
その決意は、誰にも悟られず、彼の瞳の奥だけで燃えていた。