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――先輩、キライっ!大嫌い!
金沢の帰りに家まで送り届けると、祐希は家の前で子供みたいにわんわんと泣いた。
大泣きする祐希も可愛いな……じゃなくて!
俺、何か嫌われるような事したかな?
あるとすればエッチなことは我慢すると言ったのに、散々致した事くらいか?
でもあれは祐希が悪い。
松本さんをあんなに嬉しそうにべタベタと……
思い出したらまたイラついてきた。考えないようにしよう。
祐希の機嫌も週末になれば収まっているだろう。なんてこの時の俺は呑気に考えていた。
「――えっ、今なんて?」
「……週末は、予定があるので」
先輩と一緒に過ごす事は出来ません。祐希が抑揚の無い、冷めた声で言った。
「週末は一緒に過ごすって決めたよね?」
「たまには別々の週末を過ごすのも良いじゃないですか」
祐希は俺の方に一切目を向けず、淡々と語った。
「祐希……俺、来週から1ヶ月アメリカ出張なんだよ?しばらく会えなくなるから今週末は一緒に過ごそうよ」
祐希はやはり俺の方には目もくれず、イヤイヤとかぶりを振った。
「ダメ。今週はダメです」
頑なだな……
「だったらちゃんと俺の目を見て言って。祐希、こっち向いてよ」
こっちを見てとしつこく言っても、相変わらず祐希は俺の方を見ようとしない。
「……先輩。僕は今、先輩の顔を見たくありません。しばらく距離を置きましょう」
感情の無い、冷たい声が耳に響いた。
しばらくっていつまで?俺はいつまで待てばいいの?
聞きたかったが、口にすれば祐希から“別れたい”と言われてしまいそうな気がして声には出さず飲み込んだ。
どうやら俺は完全に嫌われてしまったみたいだ。
◆
前に祐希に「俺と付き合う前まで週末はどう過ごしてたの?」と聞いた事があった。
「会社の近くに【Holiday】っていうバーがあって、仕事帰りもだけど、週末もよく行ってる」
「あれ?祐希はお酒飲めないんじゃ……」
「えっと、あのバー、ソフトドリンクでもオッケーなんだよ」
マスターが聞き上手で、ついつい色々話してしまうのだと祐希は楽しそうに語っていた。
もしかしたら今週末は久々にバーで過ごすのではないかと思い、俺は【Holiday】の店内に祐希の姿が無いか外から覗いた。
「――おい不審者。警察に通報すっぞ」
怪訝な声にドキッとして振り返ると、【Holiday】のマスター、谷口が不機嫌な顔で俺を見ていた。
「客じゃないなら店の前をうろつくな。迷惑だ」
「入りたいのは山々だけど」
祐希と鉢合わせたらストーキングしていると思われてしまう。ただでさえ嫌われているのにこれ以上嫌われる事は避けたい。
「俺の部下がこのバーの常連なんだけど、今日は来てるかな?」
俺は谷口に祐希の写真を見せた。
「――何だよお前、藤原君の上司だったのか。藤原君なら今日は来てないけど?」
「良かった。じゃあお邪魔するよ」
「ん?おう……」
首を傾げながらも谷口は俺をカウンター席へ案内してくれた。
谷口は俺の高校時代の同級生。割と何でも話せる数少ない友人の一人。
最近起こった祐希との出来事を俺は包み隠さず谷口に話した。
「かわいそう!藤原君かわいそう!あんなに金沢旅行楽しみにしてたのに!」
「え、そうなの?」
「そうだよ!つーか藤原君の恋人ってお前かよ!あーかわいそう!こんな万年発情期に捕まって藤原君かわいそう!」
谷口がこれ見よがしに俺の事をなじってきた。
そういえば、祐希は谷口に懐いてるんだよな……
俺に言わない事も谷口には言うんだろうか。俺は谷口に軽く殺意を覚えた。
「おい長谷、俺にまで嫉妬するなよ。嫉妬深い男は嫌われるぞ」
あ、もう嫌われてたか。と谷口はケラケラと笑った。俺は谷口に強めの殺意を覚えた。
「ひたすら謝って許しを請うしかないな。貢ぎ物でも贈ってみれば?」
「貢ぎ物って……物で釣ってるみたいで印象が良くないなぁ」
「何もしないよりはいいだろ?藤原君の好きな酒でもプレゼントしろよ」
……酒?
「祐希はお酒飲めないけど?」
「は?お前何言ってんだ?飲めない奴がバーに来るわけないだろ」
「飲めない人だってたまには来るでしょ。俺みたいに」
「お前は特殊。何だよお前、付き合ってるくせに藤原君の事あんまり知らないんだな」
――僕、会社では飲めないフリしてるんです。
お酒強いって知られたら、飲み会とかいっぱい呼ばれそうで面倒なんで。
ある時、谷口が「それだけお酒強かったら会社の飲み会とか引っ張りだこでしょ?」と聞いたら、祐希はこう答えたそうだ。
「……知らなかった」
「ま、お前は会社の人間だから。バラされたら困ると思って黙ってるんだろうな」
「そんな……言いふらしたりしないのに」
谷口が人差し指を真っ直ぐ伸ばして、俺の鼻先を指差した。
「お前は藤原君に信用されてないんだよ。藤原君、お前に遊ばれてると思ってるぞ」
「俺は至って真剣なんだけどな……」
「お前の真剣さは藤原君に全く伝わってないけど?身体で繋がる前にまずは心で繋がれよ」
ぐぅ……っ、まさか谷口にお説教される日が来るとは。
仕方ないじゃないか。ちょっと身体に触れれば頬を染めて可愛く身を捩り、気持ちいい所を愛撫すれば可愛い声で鳴く。
そんな可愛い姿を見せられちゃ欲望が剥き出しになるのも致し方ない。
「少しは抑えろよドスケベ野郎」
「だって祐希が可愛すぎるから……!」
「そんなにかよ。だったら手遅れになる前に早く仲直りしろよ」
仲直り……俺が誠心誠意謝れば祐希は許してくれるんだろうか?
「……祐希の好きな酒って何?」
「ラム酒。プレゼントするのか?とびきり良いやつ買ってやれよ」
何ならうちのラム酒、ボトルキープしていけよ。
と、谷口は悪い笑みを浮かべて言った。
「機嫌直してくれるかな……?」
「安心しろ長谷!万が一お前が振られたら鼻で笑ってやる」
谷口が俺の肩をバシバシ叩いた。
「笑うなよ!ひどい奴だな!」
俺は谷口に激しめの殺意を抱いた。