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#執着
猫とろ
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#初恋
金子りさ
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ひどく優しい声。聞き慣れた潤の声だ。
それなのに私は体をビクッと震わせた。
背後に感じる、ゆっくりと私に近づく気配。
それでも顔を上げられなかった。
こんなぐしゃぐしゃの顔は見せられない。
「ここにいてくれてよかった。心配した。帰ろう?」
ポンと肩に手を置かれて胸がドクンとなり、悟った。
──潤は私を心配してくれていた。
こんな優しい人、《《今の私には》》もったいない!
私は反射的に、胸元にぶら下がっている指輪へと手を伸ばして勢いよく引きちぎった。
ブチッと音を立てて千切れる鎖。
手元に伝わる硬質な指輪の存在感。
それをぐっと強く握りしめて、後ろ手に突き出す。
「潤、ごめんなさい──私。契約結婚、やめたい」
「なんだって……?」
肩に置かれた潤の手。
それがぴくりと動いた。
「それは、さっき俺が告白をされていて、知佳が不愉快だと感じたから……俺が信用できないと思ったから?」
違う。
そんなことはない。
潤は何も悪くないと、首を大きく振ると涙の飛沫がきらっと宙に飛ぶ。
「私は潤に似合わない。ふさわしい人間じゃない。私は変われもしなければ、何にもなれない。今の私は十年前の延長線でもなくて……私は私で……」
言葉がまとまらない。
それでもちゃんと言わなくちゃと、大きく深呼吸する。
「うまく言えなくてごめんなさい。私はこれ以上、潤と一緒にいられない。妹の学費やこの指輪の代金は私がちゃんと返します」
「それは本心?」
潤の声に──深く頷く。
「お金や契約という形ではなく、ちゃんと一人の大人として潤と向き合いたいと、ずっと思っていたの。でも今はもう……その自信がなくなっちゃったんです……!」
だから一度すべてをリセットしたい。
私がもっとちゃんと大人になってから、お金も返してから、もう一度私から告白したい。
──それで今度は、私が潤に振られたらいい。
私なんかより、潤にはもっと相応しい女性がいるだろう。その人とどうか幸せになってほしい。
それでやっと、十年前に始まった恋の物語に終止符が打てると思った。
ぐすっと私が涙声を上げると、ちょうど館内に明るいメロディと館内放送が流れた。
どうやら今からピアノの生演奏があるらしい。繰り返し流れる館内放送で、潤の気配は全く分からない。
ただ、私に触れていた肩から手が離れ、握っていた指輪を潤がゆっくりと受け取った。
あぁ、終わった。
とすんと、上げていた腕を下ろす。
まさか自分の手で終わらせるとは思わなかった。
いや──違う。
私は同じことを繰り返すしか、出来ないんだと痛感した。
これで契約結婚も私の恋も終わったと思うと、涙が止まった。
せめて十年前とは違って、最後くらい笑って潤に『ありがとう』『ごめんね』を言いたい。
そう思って、静かに立ち上がる。指先で涙を拭って、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこにはやはり潤がいた。
ピシッと整ったシワひとつないスーツに、シルバーのリムレス眼鏡。長い手足に整った美貌。
理知的で情熱的で優しい人。
私はこんな素晴らしい人と、一時でも夫婦としてそばにいられたことを誇らしく思えた。
潤に抱かれて、私は幸せだった。
そんな潤の表情は怒った顔でもなく、悲しみにくれる顔でもなく、じっと指輪を握り締めながら私を見ていた。
そして館内放送が終わったあと、薄い唇をそっと開いた。
「知佳。わかった。契約結婚はやめる。それでいいな」
「──うん」
寂しい。
愛しい。
この気持ちが胸を破裂させるほどに膨らむが、ぎゅっと手を握って耐えた。
そして潤は私に一歩近づき、
「じゃあ、俺ともう一度、結婚をしよう」
と言った。
「──え?」
「指輪はまた買い直す。離婚届も提出はしよう。知佳の気が済むならそうする。でも、また婚姻届を提出するから記入してほしい」
「じゅ、潤っ!?」
サラサラと述べる潤に驚きを隠せない。
「今はこれが、その仮の婚約指輪ということにしといてくれ」
潤は私の手をとり、私が返した指輪をそっと薬指に嵌めた。
戻ってきた指輪の感触以上に、潤の行動に驚く。
指の上できらりと輝く指輪に、愛しさが募ってしまう。
「な、なんで? 私は勝手なことばかりしたのに。十年前も今も、私は一方的で……!」
私は妹の将来と学費と潤を天秤にかけた。
元カレの潤ならば他の男性より安心だとか、打算もたくさんあったと打ち明けた。
さらに私は姉というスタンスをやめて、潤にふさわしい妻になりたいと思って、自信をつけたくてコスメを頑張ろうとしていたけれど、上原さんの件があって中途半端になったとか。
変わりたいと思っていた理由も、熱を出すまで考えていたことも。私が今日の朝に思っていた気持ちも、すべてを曝け出した。
それを聞いた上でも潤は、私の手を離さなかった。
ぽつりと「知佳は本当に頑張り屋さんだな」と、私の母に言った言葉を口にした。
それを聞いて私は、潤は結婚した日から──今も私に変わらぬ愛情を持っていてくれたと思い、何も言えなかった。
沈黙してしまうと、代わりに遠くからピアノの旋律が聞こえてきた。
その滑らかな曲調に合わせるように潤が喋る。
「俺は離婚はしないと、知佳を最初に抱いたときに言った。でも同じ人と再婚したら、離婚はノーカウントということにしてほしい」
そこで初めて、潤はくすっと小さく微笑した。
その微笑みはふわっと春風のように、優しく私の心に侵入してきた。それは私の心を温かく包み込むようだった。
胸の鼓動がとくとく早くなり、穏やかに頬に熱を帯びていく。
「これで十年前の過去の知佳の気持ちや、変わりたいと思っていた今の知佳のことが、ちゃんと分かった……」
その後、潤は「そうか、俺は……」と何か戸惑いを見せたけれど、最後には微笑んだまま。
私の手に両手をゆっくりと重ねた。
コメント
1件
第37話、読み終わったよ〜〜〜!!😭💕💕💕 知佳ちゃんが自分を責めて「私は潤に似合わない」って言葉並べるところ、胸がぎゅってなったよ…。でもそこからの潤の「わかった、契約結婚はやめる。でも、もう一度結婚しよう」って返し、エモすぎるでしょ!! 指輪戻して、また嵌め直すシーン、もう尊すぎて言葉にならん…😭🎀 知佳ちゃんが全部さらけ出したのに、それでも潤は手を離さなかったところ、本当に心に響いたよ。お互いちゃんと向き合おうとしてるのが伝わってきて、もう最高だよ! 続きが気になりすぎる〜!!✨