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#執着
猫とろ
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#初恋
金子りさ
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その柔らかな感触に、これは振り払えない。振り払ってはいけない大事なものだと感じた。
「知佳、これから俺も一方的に喋るから聞いてほしい」
返事の代わりにまた、私の瞳から涙が落ちた。
けれどもそれは、先ほど一人で流した冷たい涙ではなく、暖かな涙で清々しささえ感じてしまった。
視界が滲むことはない。
柔らかく微笑む潤を見つめる。
「まずは……順序立てて、十年前のことから話そうと思う。いいかな?」
もちろんだと静かに頷くと、ピアノの旋律もちょうど穏やかな曲調が聞こえてくる。
ここは何の変哲もない場所なのに、潤と一緒なら世界一、ロマンチックな場所だと思えてきた。
「俺はね。十年前から本当に、知佳に心から惹かれていたんだ。ちゃんと俺を見てくれる知佳が好きだった。今まで付き合った子たちとは違った。そんな風に思っていたのに、知佳との交友費はすべて親のお金。当時の俺はお金もすべて親から、十分に与えられていた。与えられたものは、それなりに使っていた」
その代わりに勉強は頑張ったけどね、と小さく苦笑した。
「でも、知佳にだけは俺が働いたお金で何かをしたいと思って、初めてアルバイトをすることにした……なんて。さすがに格好がつかなくて、そんなこと知佳に言えなかった」
「潤……」
そんなことはないと首を振る。
「その時、お互いに忙しくて些細なケンカもしたけど。俺が稼いだお金で、当時流行りのテーマパークのチケットをプレゼントしたら、すぐに仲直りできると思っていた。早くプレゼントしたくて俺は余計にバイトに熱を入れたけど……知佳の立場からしたら、ケンカして会えなくて、キスの先もなくて、放置されたと思って──別れたいと思って当然だ」
「違うの。それは、私が」
そこまで言葉を出すと、今度は潤が首を横に振った。
「いいや。知佳に引け目を感じさせてしまったことは俺の責任だ。ちゃんと俺が知佳にしっかりと思いを伝えていたら、きっと俺たちは別れることはなかったんだろう。でも、別れてしまって──」
潤は過去を偲ぶように視線を下に落とした。
潤は私と別れたくはなかったが、折しも世間はストーカー事件のニュースが連日流れており、法を学ぶ潤はどうしても食い下がる気にはなれなかった。
その後も、私の行方を詮索することができなかったと苦々しく言った。
潤は結局、テーマパークのチケットをせめて私と妹に使ってほしくて私のバイト先に出向いたが、私は辞めてしまったあと。
行方も分からず、連絡も取れなくなってしまったことで、余計に私のことを忘れられなかった。こんなことは未練がましくて、再会したあとも言えなかった。
十年前からずっと私を思っていたのは本当だと教えてくれた。
その言葉にとめどなく涙がはらはらと流れる。
潤がどんな思いだったか。潤があまり十年前のことを口に出さなかった気持ちも全部分かった。
いろんな感情が渦巻くが、過ぎてしまった時間は決して戻らない。
お互いのすれ違ってしまった過去の思いに、涙が止まらない。
しかし、今は潤が指先で流れる涙を受け止めてくれている。
過去と今の気持ちが交錯して、胸がいっぱいで言葉にできない。
「俺は知佳を泣かせてばかりだな。ごめん」
「……っ、潤っ、私は勝手なことばかりをして、潤を信じてあげられなくて……ごめんなさいっ」
それだけはなんとか言えたけれど、思いに言葉がちっとも追いつかないのがもどかしい。
「知佳、それは俺も同じだ。俺はSACRAに入社してすぐに、知佳を見つけたんだ。運命だと思った。そして二度と手放したくないと思った。知佳に彼氏がいても、俺が知佳を奪ってやると思ったくらいだ」
潤の熱い思いに、潤の名前を呼びたくなったが、唇に潤の指があてがわれて言葉を封じられた。
潤の表情からはいつの間にか笑顔が消えて、苦々しい顔をしていた。
「決してこれは美談とかじゃないんだ。俺は浅ましくも知佳が欲しいために、知佳のことを調べて、妹さんの学費のことを知った。専務からの結婚の勧めも、本当は俺一人で片付けられる問題だった。けれども、俺はこの二つのことで知佳を絡め取れる要素だと思った」
私の唇に触れた指先がくっと強まる。
それによって思い出が刺激され、潤に会社で突然呼び止められ、バーに連れていかれた再会の記憶が鮮やかに蘇った。
「契約結婚という舞台を作って、知佳をその舞台の上に立たせて、俺の花嫁に俺が仕立て上げた。一年間で知佳が俺のことを好きになってくれたら、それがベスト。好きにならなくても体目当て、金目当て、なんでもいい。一年を過ぎても契約結婚を続けられるきっかけが何かあるなら、なんでもいいと思っていた」
いつもより早い口調で喋る潤を見て、潤は潤で悩んでいたのだと悟る。契約結婚の真意を聞いても、私は騙されていたなんて思わなかった。
それよりも潤はいつも余裕たっぷりで、私ばかりが翻弄されていたわけではなかったと知った。
それがどこか嬉しかった。
心がどうにか落ち着き「そうだったんだね」と、涙混じりの笑顔を浮かべると、潤は薄い唇をきゅっと噛み締めた。
「……知佳に変わらなくていいと言っていたのも、そのままの知佳を愛しているという言葉に偽りはない。どんな知佳も俺は好きだ」
潤は私への思いを、何度も繰り返し口にしていた。
それは本当だった。
でも、その裏の気持ちが言えなくて、きっと心苦しかったのだろう。
「でも……知佳はとても綺麗だから。変わってしまうと俺なんか置いて、どこかに行くかもしれないと思ったから。それだけは絶対に嫌だった。これ以上、知佳が他の男の目に留まるなんて、気が気じゃない」
潤の言葉がとても嬉しい。
でも同時にとても恥ずかしい。
そのおかげで、やっと周囲に人はいないかと周りを気にする余裕が生まれた。
パッと周囲を見ても誰もいない。
ピアノの生演奏のおかげだろう。遠くで盛り上がっている拍手の音が聞こえた。
遠くの賑やかさにホッとしながらも、潤の熱を孕んだ言葉は止まらない。
コメント
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第38話、読み終えました……!潤がようやく十年前からの想いと、契約結婚に至った本当の気持ちを打ち明けてくれて、胸がぎゅっとなりました。特に「知佳を絡め取れる要素だと思った」という告白には、彼の執着と誠実さが同時に現れていて、すごく印象的です。すれ違いの構造が上手く組み立てられていて、二人の感情がようやく重なったこの瞬間、とても温かい涙が込み上げました。次が気になります!