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『血塗られた戦旗』を率いるリューガの心配を嘲笑い、そしてジェームズの予測すら越える事態が発生したのは数日後の夜であった。
場所は十六番街にある復興された繁華街の路地裏。いつものようにレイミが見回りを行い、『オータムリゾート』に害意を持つならず者を人知れず始末していると、その少女は現れた。
「ねえ、貴女。楽しそうなことしてるね。私も混ぜてよ」
レイミの前に現れたのは、栗色の腰まで延びる髪をポニーテールにして、真っ白なセーラー服を纏い腰に刀を差した少女だった。
刀さえなければ日本の女学生に見える彼女を視界に納め、レイミは警戒を高める。
「散歩ですか?この辺りは物騒ですから、場所を変えることを勧めますよ」
「あはっ。危ないなら貴女も一緒だよねぇ?なんで貴女はこんなところに居るのかな?」
「私も迷い混んでしまって、今から通りに出るつもりだったんですよ。さあ、一緒に行きましょう?」
「あははっ、嘘つき。貴女からプンプン臭うんだよ?」
次の瞬間少女が視界から消えて咄嗟に腰の刀を握るが、同時に懐に踏み込んだ少女がレイミの額に自分の額をくっ付けて、歪んだ赤い瞳を真っ直ぐに合わせた。
「血の臭いが、さ。何人か斬り殺したでしょう?違う?」
『止めなさい、私は貴女と戦いたくない』
腰の刀に手を添えながらも目を逸らさず、日本語で語りかける。 その衣服から自分と同じ転生者であると予測したためである。
『あはっ!やっぱりだぁ。貴女、私と一緒だ』
それを聞いて少女は嬉しそうに日本語で返す。その瞳を更に歪ませながら。
『異世界に来てまで同胞で殺し合う道理なんて無いわ。先ずはお互いに退いて……』
『嫌だ』
その言葉と同時に少女が鞘から刀を引き、レイミも同じタイミングで抜いて互いに抜刀中に刃を交えた。
『止めるつもりはないの?』
「止めるつもりはないよ、だって貴女は強そうだもん。私さ、弱いもの苛めは嫌いなんだ。私を苛めてた奴等と同じになりたくないから。でも最近のお仕事は雑魚ばっかり。だから、さ。ねぇ?斬られてよ?綺麗に斬ってあげるからさ」
「……そうですか」
レイミはそれだけ言うと左手で少女を押し退け、お互いに刀を抜く。
「聖奈だよ、貴女は?」
「レイミです。すこしばかり痛い想いをしてもらう」
腰を落として構えを取るレイミ。対する聖奈は特に構えることもなく下げた刀をプラプラと揺らしていた。
その姿にレイミがより一層警戒を増したと同時に、聖奈は素早く踏み込み一気に間合いを詰めて来た。そのまま彼女は右手に持つ刀を下段から振り上げる。対するレイミは上段から振り下ろし、互いの刃が交差する。それも一瞬で聖奈は手首を捻り刃を滑らせてレイミの顔を狙う。
レイミは咄嗟に上半身を反って切っ先をやり過ごすが、聖奈は直ぐ様刀を回転させて逆手に握り、レイミを串刺しにせんと振り降ろす。
無理な姿勢ではあったがレイミは背後に飛び退いて凶刃から逃れる。
だが姿勢を崩したレイミに対して聖奈は素早く追撃を仕掛け、逆手に持ったまま刃で右から左へと払う。
レイミは姿勢を崩しながらも左手に持ち代えた刀で受け流し、素早く着地して踏み込み御返しとばかりに払う。聖奈はそれをしゃがんで避けると、後ろに飛び退いて間合いを開いた。
「あははははっ!やっぱり強いや!」
一連の打ち合いに聖奈は楽しげな笑みを浮かべ、対するレイミは乱れた呼吸を整えていた。
「はぁ……はぁ……強い……」
聖奈の剣に型を見出だすことが出来ず、勘で振り回していると判断したレイミは更に警戒を強める。それはつまり、戦闘に特化した才能を持つことが予測されるからである。
「んー、このまま殺し合いを楽しみたいんだけど……残念、時間になっちゃった」
いきなり構えを解いて刀を鞘に納める聖奈に対して、レイミは警戒心を強める。
「なにをっ……!」
「あはは、今日は勝手に抜け出してきてるんだよね。帰るのが遅いと怒られちゃう。だから、今日はここまで。また殺し合いをしよう?」
まるで遊びに誘うような口ぶりに、レイミは強い不快感を覚えた。
「命のやり取りは、遊びじゃないわ!そんな遊び感覚で人を殺していると言うの!?」
「そうだよ?だって、殺し合いをしてる時が一番実感できるんだよ?ああ、私は生きてるんだって」
狂気を孕んだ瞳をレイミに向ける聖奈。
「……何があったのですか。同郷の好で、貴女に手を差し伸べる事だって出来ます」
「あははっ!優しいね?レイミ。地球じゃ大人のお姉さんだったのかな?でも残念。それ手遅れだよ。もし十年早く会ってたら、私もこんな楽しみを知らないまま生きられたかもね?」
一瞬だけ哀しみが瞳に宿るが、すぐに消えて笑みを深める。
「また会おうよ、レイミ。今度はもっともっと楽しく殺し合いをしようね!」
「待ちなさい!くっ!」
聖奈がスカートから取り出した物体を投げると、それは空中で非常に強い光を発する。堪らずレイミが手で光を遮ると既に聖奈は姿を消していた。
「閃光手榴弾のようなものか……ライデン会長と言い、普通の日本人は居ないのかしらね」
気配が消えたことを確認してレイミはため息混じりに呟きつつ刀を納めた。
その日のうちにレイミは『オータムリゾート』のリースリットに事の次第を報告。それによってレイミを襲撃した少女は『血塗られた戦旗』が抱える殺し屋と特徴が一致していることが判明した。
「うちのレイミに手ぇ出すたぁ良い度胸してやがるぜ、『血塗られた戦旗』。そんなにうちと喧嘩がしてぇなら高値で買い取ってやるよ」
レイミから報告を受けたリースリットは不機嫌そうに呟く。
「そうは言うがな、今の俺たちは十六番街の再開発に総力を挙げてるんだ。ようやく安定してきたのに、戦争なんてしたら一年の頑張りが消し飛ぶぞ」
そんなリースリットに制止したのは腹心であるジーベックである。
『オータムリゾート』はすべてのリソースを十六番街再開発に注ぎ込んでおり、新たな抗争をする余裕などは無かった。
「だからと言って、見逃せってのか!?」
「今はまだ、な。聞けばその殺し屋は暴走することが多くて『血塗られた戦旗』も頭を抱えてるらしい。今回は詫びを入れさせて金を奪う方がいい」
「だけどよぉ!」
「リースさん、ジーベックさんの言う通りにしてください。私は構いませんし、彼女には触れるべきではないと判断します」
尚も不満そうにしているリースリットだったが、愛娘であるレイミの説得で渋々報復を諦める。
その代わりレイミが襲撃されたことを『血塗られた戦旗』へと伝え、その対応を強く求めた。
結果揉め事を避けるために『血塗られた戦旗』のリューガは『闇鴉』や『カイザーバンク』から提供された資金の一部を『オータムリゾート』へ賠償として支払う羽目となった。
この事件は聖奈とレイミ、二人の長い因縁の始まりでもある。