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──浅草、宇津久芸能の稽古場。
「あかん……最初からや」
リコの声で、ネタが止まる。
沈黙と、やるせない空気が広がった。
寿司子はネタ帳を見つめたまま動かない。 シャーペンの先で、紙の端を無意味にコツコツと叩いている。
『WARAU王様』のオンエアから数日。
イナリズシは、ずっと同じ場所で足踏みを続けていた。
フラットライン。
あの二人の“編集されない完成度”を見せつけられてから、ネタを書き直しては潰し、稽古場で試しては首を傾げる日々が続いている。
「なんか、分かってきてる気はするんやけどな……」
リコが頭をかきながら言った。
「観客を見ろってことは分かる。でも、“どう関わるか”が分からへん」
寿司子がぽつりと呟く。
「……観客に合わせるだけじゃ、ただ媚びてるだけになる」
「せやろ?」
「でも、自分たちだけで閉じると、またチャーハンになる」
「そんで、テレビでは勝手に味変されてまうで」
答えが出ない。
理論だけが、空中で絡まり続けていた。
──その時。
「はい、ストップ」
いつの間にか猫田が現れ、凛とした声が空気を切った。
二人は顔を上げる。
「今は、どうやっても結論出ないでしょ?」
猫田は呆れ半分の顔で、財布から一万円札を抜き出した。
「外、行ってきなさい」
「え?」
「お昼でも食べながら、喋って考えてきなさい。領収書は“会議費”で。いいわね?」
有無を言わせない口調だった。
──昼時。浅草駅前の回転寿司店。
「……ホンマは、こういうミーティングってカフェとかで、やるもんちゃう?」
リコが湯呑みにお湯を注ぎながら言う。
「私は、こっちの方が好き」
寿司子は即答した。
レーンの上を、寿司が絶え間なく流れていく。
赤い皿。 青い皿。 金色の皿。
値段も、ネタも、全部違う。
「……とりあえず食べよか」
「うん」
最初は無言だった。
皿を取る。 食べる。 重ねる。また皿を取る。
その繰り返し。
「ちょ、アンタさっきからマグロ系ばっかやん」
「リコだってサーモン何皿目?」
「知らん。気づいたら増えてた」
「……アイドル衣装で舞台出てる人の食べ方じゃないね」
「ここ舞台ちゃうし」
二人、積み上がった皿を見て小さく笑う。少しだけ、顔に元気が戻ってきていた。
「……なぁ」
リコが箸を止めた。
「ん?」
「回転寿司って、なんでこんな歯止め効かんのやろ」
寿司子もレーンを見る。
次々と流れていく皿。 誰かが取る。 流れていく。 また新しい皿が来る。
「……気づいたら、手が伸びてるね」
寿司子がネギトロ軍艦巻を取りながら言う。
「せやろ?」
「思わず食べるつもりなかったのも取っちゃうよね」
「見せ方で、食べたくなるんや」
リコは流れてきた炙りサーモンを取りながら呟いた。
「なんか……お笑いも、こうだったらええのにな」
寿司子が顔を上げた。
「どういうこと?」
「色んなネタが流れてきて、お客が“取るか流すか”決められる感じ」
皿を一枚持ち上げる。
「全部食わす必要ないねん。気に入ったネタで満腹になればええ」
その瞬間。寿司子の中で、停滞していた思考がパズルのように噛み合った。
「……上手く皿を選ばせればいいんだ」
「……は? 何?」
「私たちが完成品を投げるんじゃなくて、客席に余白を投げるの。どこで笑うか、どこで盛り上がるか、向こう側に委ねる部分を作る」
寿司子は、流れていく皿を見つめながら言葉を継ぐ。
「例えば?」
「寿司ネタで押すか、アイドルを伸ばすか……その場の反応で変える」
「……そんで?」
「客席が笑った方向へ、ネタの流れを調整する」
言葉にした瞬間、少しだけ輪郭が見えた。
「フラットラインのネタは、誰がどこで観ても同じ100点。でも私たちは、その日のその客席にしか出せない120点を狙う。……毎回、形を変えながら」
リコの目が細くなる。
「……でも、そんなん相当むつかしない?」
リコが現実に戻す。
「そない器用なこと、ライブ中にできるか?」
「……」
「……」
沈黙。
「……デザートもいっとくか?」
「うん。厚焼き玉子、来ないかな」
結局、皿だけが増えていった。
──会計。
「ありがとうございましたー」
「……」
「……」
領収書を見つめる二人。
「……あっぶな。ギリ一万や」
「まぁ、会議は……したし……」
──午後。宇津久芸能。
「……よく食べたわね」
猫田は領収書を受け取り、呆れた声を出した。
「……ごちそうさまでした」
二人は少し俯いて頭を下げる。
だが、猫田は二人の顔を見て、少しだけ表情を緩めた。
さっきまでの“煮詰まった顔”ではない。まだ答えは出ていないようだ。 でも、目だけは少し前を向いている。
「……ちょっとは、マシになったじゃない」
寿司子が照れたように視線を逸らす。 リコは笑って誤魔化した。
「へへ、まだ全然まとまってへんけどな」
猫田はパイプ椅子に腰を預ける。
「それで?どんな方向で行くの?」
──二人は上手く表現できなかったが、口々に説明した。
「うーん……普通の芸人なら、こんな曖昧なやり方、私なら止めるわ」
「……え?」
「毎回形が変わるネタなんて、実現性が低いもの」
それは、芸人として危うい道だ。
完成された“型”を持つフラットラインとは真逆。
──けれど。
「でも、あなたたちは“普通”じゃない」
猫田はそう言った。
「客席と一緒に変形するネタなんて……それはもう、イナリズシにしかできない芸よ」
二人は顔を見合わせる。
まだ、自信はない。 方法も分からない。
でも、“どこへ向かうか”だけは、少し見え始めていた。
──夜。事務所。
誰もいなくなった部屋で、猫田はスマホを耳に当てていた。
「……はい、週末のライブで。よろしくお願いします」
短いやり取り。
通話を切る。
静まり返った事務所で、猫田は小さく息をついた。
「……できることは、全部してあげた」
あとは、あの二人次第。
でも、今日の二人の目は、嫌いじゃなかった。
諦めや現状維持ではなく、 変化することを選んだ目だった。
猫田はスマホを机に置く。
その通話相手が、 二人にとって“灯台”になることを願いながら。
──続く。
コメント
2件
寿司子ちゃんの「客席の反応によってネタの流れを変える」という考え、すごいなと思いました✨ 次回も楽しみにしております🥰