テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
神の国の王都にそびえ立つベルティストン家の本邸は、美しさと悍ましさが同居する巨大な白亜の尖塔だった。壁面を飾る精巧な彫刻は、すべて過去の戦いで滅ぼされた星々の歴史を物語り、廊下に敷き詰められた大理石は、冷徹なまでに磨き上げられて歩く者の姿を歪んで映し出す。
「――おい。耳を汚す玄界の言葉を使うな、不快だ」
回廊を歩いていた犬飼に向かって、すれ違いざまに鋭い罵声が浴びせられた。声を放ったのは、ベルティストン家に仕える若き一等戦士、レスタ。その頭部からは、主君であるハイレインから授かった、鋭利な二本の角が美しく誇らしげに生え伸びている。神の国において、角の有無は人間の価値そのものを決定づける。角を持つ者は神に選ばれた貴族であり、戦士。角を持たぬ者は、彼らに付き従うだけの奴隷か、あるいはいつでも切り捨てられる消耗品に過ぎない。ましてや人工の角さえ持たない、玄界からふらりとやってきた犬飼など、彼らにとっては城の床を這う虫と同じような存在だった。
「あはは、ごめんね。まだこっちの公用語、発音が難しくてさ」
犬飼は足を止め、いつも通りの、相手を小馬鹿にしたような完璧な笑顔を浮かべた。その瞳には、侮蔑されたことへの怒りも、身分への怯えも微塵も存在しない。
「貴様のような寄生虫が、なぜハイレイン様の側近のように振る舞えるのか理解できん」
レスタは犬飼の胸元にある、ベルティストン家の紋章がついた漆黒のマントを忌々しげに睨みつける。
「先の局地戦で少しばかり手柄を立てたそうだが、調子に乗るなよ。人工の角すら耐えられぬ貧弱な玄界人が。お前はただの使い捨ての盾だ」
「うん、そうだね。おれもそう思うよ」
犬飼はあっさりと首を縦に振った。
「盾でも、駒でも、何でもいいんだよね。二宮さんのところにいた時も、おれはただの都合の良い便利な駒だったし。……でもさ、レスタ君。君のその綺麗な角、すごく素敵だけど、それってハイレインさんの『顔色』を窺うための飾りじゃないの?」
「貴様ーーッ!」
レスタの顔が怒りで引き攣り、その手元からトリオンの刃が伸長する。緊急脱出のないこの城内。ここで切り裂かれれば、犬飼の命はそこで終わる。緊迫した空気が回廊を支配した。だが、犬飼は避ける素振りすら見せず、ただ楽しそうにレスタの目を覗き込んでいた。その瞳にある圧倒的な「虚無」と、命への執着の無さに、レスタの方が一瞬、気圧されたように動きを止める。
「そこまでにせよ、レスタ」
冷徹な女性の声が響き、回廊の影からミラが姿を現した。レスタは慌ててトリオンの刃を収め、深く頭を垂れる。ミラはレスタを一瞥もせず、ただ犬飼の前に立つと、冷たい目で彼を見下ろした。
「犬飼。ハイレイン隊長がお呼びだ。貴様に、次の『仕事』を与える」
「はーい、了解。じゃあね、レスタ君。お仕事行ってくるよ」
犬飼はひらひらと手を振り、ミラの後に続いた。侮辱されても、命を狙われても、彼の心にはさざ波一つ立たない。その絶対的な孤立と格差こそが、彼にとっては何よりも新鮮な「退屈しのぎ」だった。
ハイレインが待つ執務室は、王都の夜景が一望できる広大な部屋だった。窓の外には、無数のトリオンの光で彩られた神の国の街並みが広がっているが、その光のすべては、最下層で死ぬまで働き続ける”角を持たぬ民”の命を吸い上げることで維持されている。
「犬飼。お前の初陣の報告は受けている。人工の角を持たぬ身でありながら、我が国のトリガーの特性を瞬時に掴み、リリオンの猟犬どもを屠ったな」
ハイレインは机の上の書状から目を離さぬまま、淡々と告げた。その声には賞賛の響きはない。ただ、手に入れた便利な道具の性能を確認するような、冷徹な響きだけがあった。
「どういたしまして。おれの誘導弾、こっちの世界の空気にすごく合ってるみたいでさ」
犬飼は室内の高級な長椅子に勝手に腰掛け、足を組んだ。
「次の任務だが、我がベルティストン家の権益が絡む、近界の辺境惑星『エリンガ』の鎮圧に向かってもらう。現地では大規模な反乱が起きており、リリオン家が裏で糸を引いている」
ハイレインが端末を操作すると、机の上に立体的なホログラムのMAPが表示された。そこには、無数のトリオン兵の配置図と、反乱軍の拠点が示されている。
「現地に赴くのは、お前と、先ほど回廊にいたレスタの部隊だ」
ハイレインが冷たく微笑む。
「レスタには、お前を前線の最も危険な場所に配置するよう伝えてある。お前がそこで戦死しようとも、我が家にとっては痛くも痒くもない。……不満か?」
「まさか!全然不満じゃないよ」
犬飼は身を乗り出し、ホログラムの赤い光を指先で弄んだ。
「最高に面白い配置じゃん。おれを嫌ってるレスタ君の部隊と一緒に、一番死にやすい場所に放り込まれるわけでしょ? ボーダーにいた時はさ、二宮さんがいつも完璧に安全な退路を用意してくれてたから、負ける恐怖なんてこれっぽっちもなかったんだよね。……でも、ここでは一歩間違えたら、レスタ君に後ろから撃たれるかもしれないし、敵にすり潰されるかもしれない」
犬飼の瞳の奥で、ドス黒い歓喜の炎がゆらりと揺れた。
「そういう『次に何が起きるか分からないめちゃくちゃなゲーム』が、本当にやりたかったんだ」
ハイレインは、その言葉を聞いても眉一つ動かさなかった。この男は、自分を道具として利用しようとする神の国 の歪んだ貴族社会を、怒るどころか、むしろ極上の娯楽として消費している。本物の狂人だ、と。
「ならば行くがいい、玄界の拾い物よ。お前がただの壊れやすいガラス細工か、あるいは我が家の役に立つ黒い駒か、その命で証明してみせろ」
「了解、了解。完璧に壊れてみせるよ、ハイレインさん」
犬飼は席を立ち、いつも通りの軽い足取りで部屋を後にした。彼を道具としてしか見ていない主君と、彼を虫けらのように嫌う同僚。誰も自分を愛さず、誰も自分を守らない、完璧な拒絶の世界。その圧倒的な「冷たさ」が、犬飼澄晴という空っぽの人形に、初めて確かな生の実感を与えていた。
コメント
3件
第3話、めっちゃ刺さったわ…! 犬飼の「退屈しのぎ」発言、狂気と虚無が同居してて鳥肌立った。レスタに命狙われても笑顔で返すとことか、ハイレインに「完璧に壊れてみせる」って言い放つとことか、もう最高にカッコいいし怖い。人工角すら持たないのに神の国で暴れる展開、めちゃくちゃ楽しみにしてる🔥 さんまさんの世界観の解像度、やっぱずば抜けてるわ!
光街 葵
578
#染井華
さんま
19
すぷりんぐ
52