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青年がいつまでも名乗らずにいると、タニアは怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしました?」
「すみません。俺、自分の名前がわからないんです……」
「え、それって……記憶喪失ってことですか?」
青年は曖昧に頷いた。
「どうしてここにいるかもよくわからないんです」
「そう、だったんですか……」
タニアは少し考える素振りを見せた。
「と、とにかく村に行きましょう。神父さまなら何かわかるかもしれませんし」
* * *
タニアの案内で、青年は村にやって来た。
「ここがアルヒ村です」
アルヒ村──また頭がジンジンと痛んできた。
しかしその痛みの正体はわからなかった。
アルヒ村は、牧歌的な雰囲気の漂う村だった。
木造の家がいくつか見える。家の前にある木の柵には鶏がおり、地面をついばんでいた。
子どもたちの楽しげな声が聞こえる。広場の方で木剣を握ってごっこ遊びをしていた。
近くの家からは香ばしい香りも漂ってくる。
瞬間、青年の腹が鳴った。彼は思わず腹に手をやる。自然と顔が熱くなるのを感じた。
タニアは微笑み、
「まずは腹ごしらえをしましょうか」
と言って自宅と思しき場所に向かった。
「ここがあたしの家です!」
彼女の家は木造の家だった。
二階建てで、それなりに大きい。
家の前では薬草と思しき植物が天日干しにされている。
中に入ると、大きな木のテーブルや椅子があった。
「そこにかけてください」
青年が椅子に腰掛けると、タニアはエプロンを付けた。
「少し待っててくださいね」
水を満たした鍋を土台に置き、薪に指を向けて、
「出でよ、火!」
と叫んだ。
すると彼女の指先から小さな火が出現し、薪に火がついた。
青年は、興味深げにそれを見ていた。
視線に気づいたタニアは振り返った。
「どうかしましたか?」
「いや、魔法を使えるんだなと思って」
「珍しいものでもないですよ。簡単なものなら、みんな使えます」
それを聞いて、青年はまた頭痛に襲われた。
(みんな魔法を使える……?)
なぜだろう。
タニアは当たり前のように言ったが、強烈な違和感に襲われるのだ。
(魔法は……一部の才能あるものしか、使えないんじゃ……)
そんな考えが過ったが、青年は頭を振って思考を中断した。
頭痛が酷くなってきたからだ。
しばらくすると、タニアが料理を運んできた。
パンとスープ、それから軽く炙ったベーコンとチーズだ。
青年は夢中でそれを口に運んだ。
対面に座ったタニアは、それをおかしそうに見ていた。
「そんなに急がなくても食べ物は逃げませんよ」
* * *
食事を終え、青年は手を合わせて礼をした。
「ごちそうさま。すごく美味しかったです」
「お粗末様でした。あたしも久しぶりに手料理を振る舞えて嬉しいです」
タニアは嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶり?」
青年は何気なく疑問を口にした。
するとタニアの表情が曇った。
「すみません。失礼なことを訊いてしまったみたいですね」
タニアはすぐに笑顔に戻った。
「いえ、そんなことありません!」
タニアは、微笑を浮かべながらも、少し暗い表情だった。
「あたし、一人暮らしなんです」
彼女はぽつりぽつりと語りだした。
タニアは幼少期、両親を病気で亡くしてしまったそうだ。以後、年の離れた兄ルシオと二人で暮らしてきたそうだが──。
「そのお兄ちゃんも、二年前に魔物に殺されちゃったんです」
室内に重苦しい沈黙が流れる。
それを察したタニアは顔を上げ、無理やりに笑顔を作った。
「お食事も終わりましたし、神父さまに話を聞きに行きましょうか!」
タニアに連れられて外に出た。
教会は、村の中心にあるという。
やがて見えてきたそれは、石造りの簡素な建物であった。三角屋根の上には小さな鐘楼と、十字架が飾られている。壁は所々ひび割れているが、それでも民家よりは立派な佇まいだ。
そのすぐそばに、大きな銅像が建っていた。
若い男性を模したもののようだ。
像の周囲には柵があり、近づけないようになっている。
「あれは……」
「あの像は伝説の勇者さまの像です」
「伝説の勇者?」
「はい。五百年前、魔王を討ち倒し、世界を救ったお方です!」
「へぇ……」
青年が勇者像を眺めていると、
「そういえば……」
タニアが、まじまじと青年の顔を見てきた。
「どうかしましたか?」
「あなたと勇者さま、何だか似ているなと思って」
「そうなんですか?」
思い返せば、目覚めてから自分の顔を一度も見ていない。
いや、仮に鏡で見ていたとしてもだ。目の前の像はかなり風化しており、顔貌ははっきりとしない。美青年にも見えるし、ブサイクにも見える。きっとタニアは、お世辞を言っただけだろう。
「そうだ!」
タニアは嬉しそうに手を叩いた。
「あなたのこと、カイトさんって呼んでもいいですか?」
「それは構わないですが、なぜ?」
「世界を救った伝説の勇者さまのお名前がカイトなんです」
「そんな、恐れ多い」
「珍しいことではありませんよ。みんな勇者さまを尊敬しているので、男の子にカイトって名前をつける人も多いんです」
「まあ……呼びやすいなら、それでいいです」
「ありがとうございます、カイトさん!」
そんなこんなで、青年は「カイト」という名前を授かった。
(カイト、か……)
彼はその名を反芻した。
なぜか違和感を覚えない。
むしろ親しみや、懐かしさを覚える響きだった。
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