テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
また別の、あくる日。
この日は農地で胡瓜の収穫があるので、再び散策も兼ねて、親より一足先に外に出た。
乾いた土の道を暫く歩いていると、やはり見えてくるのはあの診療所。
笑顔の可愛い、顔の綺麗なあの男は────今日はもう、起きているのかな。
そう思ってまたも西側の窓に近寄ると、それは半分ほど開けられていた。ガラス越しの向こうには────やはり、あの男がいた。
男は左手に器を持ち、右手に持った匙で器の中身を掬って食べていた。恐らく朝飯の粥だろう。
「お…………おはようなんだぜ!」
今度は此方から、挨拶してみる。すると男は気付いたらしく、こちらを振り向き、あの柔和な笑みを浮かべた。
「おはようございます。あの時の人ですね」
「そ、そうなんだぜ!」
「何処へ向かわれるんです?」
「ここから先にある畑なんだぜ!胡瓜を収穫するんだぜ!」
「そうですか、行ってらっしゃい」
男がひらひらと手を振る。俺もぶんぶんと手を振り、「行ってくるんだぜ!」と、その場を去った。
刹那────白銀の機体を煌めかせ、上空を横切る1機のB29。今のところは、偵察に留めるのだろう。
*
お昼に胡瓜の収穫が終わったので、またも一足先に農地を後にする。
向かうのは、あの診療所。会いに行く相手は、あの男。
初対面からまだ日が浅過ぎるにも関わらず、俺はあの男に、すぐにでも会いに行きたかった。
────彼のあの笑顔が、見たかったから。
西側の窓に、今度は分かりやすく近寄る。するとそれを待っていたかのように、男が半分ほど窓を開け、少しだけ外に顔を覗かせた。
「おかえりなさい。胡瓜は採れましたか?」
「採れたんだぜ!見ろ、綺麗だろ!」
俺は分けてもらった胡瓜を一本、麻袋から取り出し男に差し出した。艶やかで鮮やかな緑色をしたそれは、夏の陽光に照らされて、瑞々しく輝いている。
男は胡瓜をそっと手に取り、微笑んだ。
「ふふ、綺麗ですね。きっと美味しいんでしょうね……」
そんな彼の様子に、俺は────
「良かったら…………あげるんだぜ、それ」
「…………え?」
「向こうで一本食べたけど、美味しかったんだぜ!だからお前にも、あげるんだぜ」
「…………」
男は目を見開いた後、嬉しそうに感謝の言葉を述べた。
「有り難う御座います…………!」
可愛くて、そして美しい笑顔が、俺の目の前に現れた。
*
「じゃあ俺はこれで」、と去ろうとした間際、男は俺にこう言った。
「あ、あの…………待って下さい」
「 …………うん?」
「良ければその、名前…………教えて頂けますか?」
「名前んどうして…………」
「貴方のことですから…………また、此処まで会いに来てくれるんでしょう?」
仄かな期待で黒々と艶めく、二つの瞳が────俺の姿をはっきりと捉えている。
俺は少しして、こう口を開いた。
「…………任田勇。勇って、呼んで欲しいんだぜ」
「分かりました。私は本田菊という者です。宜しくお願いします」
「…………宜しくなんだぜ、菊」
「こちらこそ、勇さん」
本当の名前は────当分の、ところは。