高田の馬場
高田の馬場
「遅い!」丑蟇うしひき天鬼てんきが吐き捨てた。
高田馬場には既に草壁監物と二人の助っ人、十数名の弟子達が到着していた。竹矢来で囲った決闘場の中に陣取って、志麻達の到着を待っている。
決闘場の外には決闘の始まりを未や遅しと待っている見物衆が犇ひしめいていた。
「宮本武蔵を気取って我々を焦らす作戦でしょう」万城目総司が鼻を鳴らした。
「さて、ここまで辿り着けるかな・・・」床几しょうぎにドッカと腰を下ろした監物が嘯うそぶく。
「どう言う意味だ、先生?」天鬼が訊いた。
「そう言えば弟子達の数が少ないようですが?」万城目が顰ひそめた眉を監物に向ける。
「相変わらず察しの良い奴だ」
「奴らの道中を襲わせたのか?」天鬼が言った。
「万が一の為だ、道場の名に傷をつける訳には行かん。奴らが来なければ恐れをなして逃げ出したと世間は思うだろう」
「なんと・・・」
「この間は、私達を手のつけられぬ悪童のように言っておられましたが、あなたはそれ以上の悪党だ、先生」万城目が皮肉を口にする。
「なんとでも言え、儂には道場の存続こそが絶対なのだ」
「その場合でも報酬は約束通り貰えるのだろうな?」天鬼が訊いた。
「約束は守る」
「ならいい、戦わずに金が貰えるのならなら手間が省ける」
「そうですかぁ、私は物足りない気がしますが?」万城目が言った。
「俺はお前ほど人を斬るのが好きじゃない、斬らなくて済むのならそれでも構わぬ」
「丑蟇さんらしくないなぁ、さては歳を取って耄碌もうろくしましたか」
「なに、もう一度言ってみろ!」
天鬼が刀に手を掛けた。
「よせ、今頃は全て終わっている筈だ。今更言っても詮無い事だぞ」
「ちえっ、せっかく楽しみにしてたのに」
万城目が不服そうに口を尖らせる。
その時、竹矢来の外に集まった民衆が騒ぎ始めた。
「来たぞ!」誰かが叫んだ。
「なにっ、来ただと!」監物の声が裏返る。
床几から立ち上がって道の先を見ると、確かに人が歩いて来る。しかも一人は縄付きだ。
「どうやら失敗したみたいですね」万城目が嬉しそうに言った。
「くそ、こうなったら予定通りにやるしかない」監物が吐き捨てるように言った。
「弟子が一人捕まっているようですが?」
「奴らが勝手にやった事だ、知らぬ存ぜぬで押し通す」
「さすが悪わるだなぁ・・・」
「良いか、絶対に奴らを倒せ」
「ふん、糠ぬか喜びをしただけ損をした。こうなったら奴らを斬って鬱憤を晴らすしかないな」
「どんな奴らか楽しみだな」
「頼んだぞ、いずれにしても儂が小娘を斬れば勝ちだ」
「ならば存分に楽しみましょう」
万城目が薄笑いを浮かべた。
*******
「この鼠はお前ぇの弟子かい?」
一刀斎が捕まえた弟子を監物の前に突き出した。
「そうだが?」
「駒塚橋の畔たもとで拾ったんだが何か心当たりは?」
「ふむ、儂の身を案じて弟子達が何か画策したようだが師を思っての事だろう、天晴れな弟子どもではないか」
「お前ぇさんは知らなかったと言うのかい?」
「いかにも」
「どうだい、こいつはお前ぇさんを見捨てたぜ」
弟子に向かって一刀斎が言った。
「せ、先生私は・・・」
「もう良い、何も申すな」
「ですが!」
「命が惜しくばそれ以上は口を慎むが良い!」
「はっ・・・」
弟子は口を噤つぐんだ、ここで逆らえば後が怖い。
「まぁいいや、この決闘が終われば全ては明らかになる」
「お前達が勝てればな」
「勝つさ」
「どうかな?」
「一つ提案なんだが」一刀斎が言った。
「なんだ?」
「こいつを引き渡す代わりに、決闘の方法に条件を出す」
「条件とはなんだ?」
「一騎討ちの三番勝負だ、それ以外の者は手出し無用という事でどうだ?」
一刀斎は人数の不利を考えた。一方の監物も弟子を含めた総掛かりでは、勝っても外聞が悪い。
「良かろう、その条件呑んだ」
「よし決まりだ」
「待って!」志麻がズイと前に出た。「草壁監物、あんたは私が斬る、覚悟は出来てるわね!」
「ふはははは、その言葉そのまま返そう」
監物が自信たっぷりに応える。
「見物の衆!」
慈心が竹矢来に向かって叫んだ。
「お聞きの通りだ、正々堂々の勝負が出来るよう、お見届け願いたい!」
見物衆がざわめいた。
「爺さん分かったぜ!卑怯な手を使わねぇように、俺らがしっかり見届けてやらぁ、なぁみんな!」火消し半纏を着た男が言った。
「おうよ!江戸っ子は卑怯未練が大ぇ嫌ぇだ!」
そうだそうだと、あちらこちらの見物衆から声が上がった。
一刀斎が監物陣営を睨んだ。
「さあ、始めるとしようか!」
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