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マコトの様子は大分落ち着いている。話を戻してもよさそうだな。
「話を戻そうか。マコトとしては、私に他に何か要望があったりするかな?」
「今のところはありません。強いて言うなら、何事も行動する場合は事前に教えて欲しい、ってことぐらいですね」
「そう。それなら、今度は私からの要件を話させてもらうとしよう」
マコトが怪訝そうな表情をしている。私から何かを言い出されるとは思っていなかったのだろうか?
まぁ、何も言っていないからな。まずはマコトがユージェンから私についてどの程度聞いているかを確認しておくか。
「ユージェンから連絡を受けて事前に私のことを知っていたようだけど、彼からはどんな説明をされたのか、できれば教えてもらえるかな?例えば、私がイスティエスタで何をしたのかは聞いているかな?」
「ええ、ある程度は。10キロ近い距離を往復1時間以内で行き来したり、超広範囲の『清浄《ピュアリッシング》』を唐突に使用したり、1日で何十件もの依頼を片付けてしまったり、本を複製したり、複製した本を格安で冒険者達に売りつけたり、ガラスを作れる魔術を魔術師ギルドに提供したり、ギルドの入り口に半永久的に機能するトラップを仕掛けたり、大量の紙の山を一度に『格納』空間に収めてしまったりと、まぁ、聞いた内容はこんなところですね。改めて声に出して確認してみると、常識外れにもほどがありますよ」
随分と事細かく伝えているんだな。ただ、この様子だと誓約のことについては知らされていないようだ。
まぁ、誓約についてはどうでもいいか。大事なのは複製した本を売りつけたこととギルドの入り口に警備用魔術を施したことを知ってもらえていればそれでいい。
と言うか、トラップは無いだろうトラップは。ギルドに入れなくするだけで拘束したり負傷させるものじゃないんだから、トラップ呼びは言いがかりだ。
「私の要件は、貴方が語ってくれた本の売りつけと、ギルド入り口に警備用魔術を掛けること。その2つの行動に許可をもらいたいんだ」
「ええ、それなら構いませんよ。むしろこちらからお願いしたいぐらいです。一応、王都の冒険者達は清潔に気を使ってはいますが、それでも中には不衛生な者はいますからね。その辺り、ギルド側で強制できないので、個人の意思に任せるしかないんですよ」
拒否されるどころか歓迎されたな。
それならば警備用魔術はこれから仕掛けるとして、明日の早朝から本を売りつけるとしようか。
そんな計画を立てていたら、マコトから何か提案がある様で声を掛けられた。
「それでノアさん。複製した本なのですが、販売に関してはギルドに任せてはもらえないでしょうか?」
「大丈夫かな?自主的な購入に任せると、冒険者達は本を購入しようとしなくなると思うんだけど」
「本来ノアさんが売ろうとしている本の値段は、1冊金貨10枚以上しますからね。まず購入しようなどとは思わないでしょう。ですが、値段が格安なら話は別です。ノアさんがイスティエスタで販売していたように銀貨2枚で売り出せば間違いなく売れますよ」
それなら任せてしまって大丈夫か。ただ、少し懸念がある。
格安で高価な品を購入できたのなら、それを高額で別の者に売りつけようとする者が現れてしまう可能性があるのだ。
あまり良い表情をしていなかったんだろうな。マコトから懸念材料があることを訊ねられてしまった。
「何か思うところがありそうですね。話してもらえますか?対策を提案できるかもしれません」
そうだな。”何処からともなく来た人”であるマコトなら、何か私の懸念に対する解決策を提案してもらえるかもしれない。先程の『通話《コール》』の件でも改善点を提案して来てくれたからな。
それならば遠慮なく言わせてもらおう。
「本がそこまで高価なものならば、大量に購入して別の場所で高額で売りさばこうとする者が出てくるんじゃないかと思ってね。私が直接売るのなら相手の顔を覚えているし、一度売った相手には売らないだけだから、気にする必要は無いのだけど」
「あー、転売かー。確かに、やりそうな連中がいますね…。冒険者では無く商人が、ですけど」
ああ、やっぱりいるんだな。そういうことをやろうとする者が。
行動の動機に納得は出来る。安く仕入れて高く売るのは商売の基本だからな。
ただなぁ、その方法は多くの者に品物を行き渡らせる場合には向いてないと思うんだよなぁ。
誰だって、品質が同じならばなるべく安く品物を手に入れたいだろうし、値段が高いと知れば購入を渋る者が多くなる筈だ。
マコトはこの問題に解決策を用意できるのだろうか?
「僕の故郷でも結構問題になってたりしたんですよねぇ…。でもまぁ、大丈夫です!コッチには魔術がありますし、ノアさんもいますからね!」
「?私に何かして欲しいの?」
おおっと、再び故郷の話になってしまったか?何やらマコトの表情が複数の感情が入り混じって、何とも言えない表情になっている。
彼から読み取れる感情は、故郷を懐かしむ気持ちと、何かに対する呆れと、隠そうとしても隠しきれないほどの怒り、か…。
彼の言っていた”転売”とやらが原因で、大事なものを入手できなかった経験でもあるのだろうか?
ただ、その表情はすぐに晴れやかなものへと変わった。今度は悪戯を思いついたような、もしくは悪だくみをしているような表情となってとても楽しげに見える。
対策は考えられるようだが、どうやら私の力が必要らしい。
何をしたらいいのだろうか?魔術が解決の糸口になっているので、多分だが提案されれば実現できる気がする。
「1人1冊しか購入できないのは当然として、購入者には魔術によって体に見えない印をつけるんです。印を付けられている者には販売しないようにするのが対策の第一段階です」
「解決策は一つだけじゃないんだ」
今出てきた問題に対して即答で複数の解決策を用意するあたり、流石だな。
しかもそれぐらいの魔術なら容易に可能だ。何なら複製した本にその印をつける機能をつけ足しても良いぐらいだ。マコトの頭の回転の速さに感心する。
早速魔術の開発を行いながら、引き続きマコトの意見を聞かせてもらおう。
「第2段階として、所有権を放棄した場合、消失するようできればと思います。転売しようとしている者達にやる意味が無いと思わせてやれれば、成功と言えるでしょうね」
「印付けと、手放した際の自動消失か。つまり、それらの魔術の開発を私がやれば良いんだね?」
なるほど。別の誰かに売ろうとするのが問題なのだから、手放したら消失すると言うのは良い手段だな。これも、魔術で可能だろう。
細かい条件を指定する必要があるから、構築陣を組み立てるのが多少面倒だが一度組み立ててしまえば、後は販売する本にまとめて施してしまえばいいだろう。
うん、この案も採用だ。この魔術も早速開発開始だ!面白くなってきた!
魔術の開発は、人間にとっては非常に時間が掛かるものらしいが、私ならば時間もそうかからない。
私の予測は当たっていたようだな。マコトが頭を下げている。
「こんな魔術の開発、僕は勿論ですが、エネミネアさんでもできないと思います。ですが!ノアさんにならできてしまうだろう、という確信もあります。どうか、お願いできますか!?」
「うん、大丈夫。引き受けよう。やっぱり、新しい魔術を創るのは楽しいね…。それにしても、流石だね。私が懸念していた内容の解決策をこうも簡単に提案してくれるだなんて」
「あっ、もう開発に着手してくれてたんですか。ちゃんと会話もしながら頭の中で魔術の開発ができるって、ちょっと人間離れしすぎてませんかね…?まぁ、対策に関しては、故郷の問題に対して、こうだったらいいのになぁっ…ていう妄想を垂れ流しただけですから」
流石に会話をしながら魔術の開発をしているとは思われていなかったようだ。まぁ、実際私は人間じゃないからな。そのことに関しては適当に言葉を濁しておこう。
「まぁ、それに関してはいずれ、ね。…良し、こんなところかな?ひとまず貴方の提案してくれた魔術を創ってみたから、効果を確認してみたいところだね」
「え、ええぇ…。もうできちゃったんですか…?早くても2、3日掛かると思ってたんですけど…」
マコトとしてはここまで速く魔術が完成するとは思っていなかったようだ。
まぁ、私と人間達の決定的な違いとして、魔術言語の持つ意味を理解しているかどうか、があるからな。
マコトのような”何処からともなく来た人”がいることだし、人間達も魔術言語の意味をしっかりと理解すれば、もっと魔術を改良したり開発したりできる人物も増えそうだ。
尤も、私から人間達に教えるつもりは無いのだがな。
それと言うのも、歴史書を読む限りでは過去に魔術によって極めて栄えた文明があったそうなのだ。
おそらく、その文明は魔術言語の意味を理解していたのだと思う。
彼等は魔術によって、あらゆる事象を引き起こせたと歴史書には記されていた。
だが、今はその文明は存在していない。たまに地下遺跡からそう言った文明の名残が発掘されることがあるそうなのだが、それらはどれも壊れてしまっているし、使用用途も分からないままなのだそうだ。
歴史研究家曰く、彼等は発達しすぎた文明であるが故に自ら滅んだ、とのことだ。
自滅してしまうほどの兵器でも作り上げてしまったのだろうか?だとしたら、どれほどの威力があるのかさっぱり分からないな。最悪、この星を滅ぼせる威力があるのかもしれない。
私にはそれが不安だ。
仮に不用意に魔術言語の意味を人間達に教え、魔術による発達した文明を人間達が得られたとして、その行き着く先が過去に滅んだ文明と同じとなる未来が危ぶまれるので、私からは人間達に魔術言語の意味を教えたくないのだ。
話を戻そう。マコトの提案した魔術は一応完成した。後は出来栄えを見て随時改良していけば良いだろう。
「まぁ、こういう色々な形を組み立てるのは結構好きだからね。パズル、と言ったっけ?確か、そういった遊具があると本で目にしたことがあるよ。あれと同じ感覚だよ。パズル自体はやったことがないんだけどね」
「世の魔術師が聞いたら卒倒しそうな言葉ですね…。それで、効果の検証はどうしましょう?ノアさんさえ良ければ、僕達の方で済ませてしまおうと考えているんですけど…」
「そうだね…。私も効果の検証はしたいかな?あ、それなら今作った魔術、正式に採用することになったら、魔術書にして冒険者ギルドに提供しようか?」
うん、魔術書の製作も楽しいからな。イスティエスタに滞在している時に『我地也《ガジヤ》』の魔術書を作った時と同じようにやれば問題無いだろう。
「またサラッととんでもないことを言い出しますね…。ですが、とても魅力的な提案です。ただ、その本は冒険者ギルドよりも魔術師ギルドに提供した方が喜ばれますよ?と言うか、冒険者ギルドでは扱いきれません」
「そっか。分かったよ。それなら、この話は一旦置いておこうか。まずはこの2つの魔術の検証を行おう」
私としては出来上がった魔術の効果をすぐにでも試したかったからな。検証を行う事を促したのだが、マコトの表情はとても申し訳なさそうにしている。
あー、ひょっとして、時間切れか?
気付けば既に1時間以上時間が経過していたようだ。
マコトは多忙なようだからな。予定が詰まってしまっているのだろう。
彼なら多少の無理をして時間を作ってくれそうではあるが、そうまで急がなくても良いとは思う。
先延ばしにしたくないのだろうな。自分の時間を潰すことで仕事を消化できるのならば、新たな仕事もこなしてしまいたいのだろう。
マコトにはそれができる。できてしまうのだ。彼が他人を頼らなかった理由の1つだな。他人に任せるよりも、自分でやった方が結果が出るから自分で動いてしまう。
うん。そうやって自分でできることを自分の自由時間を潰してまでこなしていってしまった結果が、今の多忙なマコトなのだろう。
なら、私がやるべきなのはマコトを急かすことでは無く、反対に適度に休ませることだな。
「ノアさん、すみませんっ!これから人と会う約束があって、ちょっと検証を行っている時間が取れそうにないんです…!午後1時に、また此方まで来てもらって良いでしょうか!?」
「止めておこう、マコト。その時間、本来なら貴方にとって数少ない休憩時間なのだろう?私はそこまで急いでいないから、検証はまた明日にでも行おう。明日の予定が詰まっているというのなら、明後日でも良い。マコトは自分から仕事を増やし過ぎだと思うよ?だから、私からは今日はもう貴方の仕事を増やすようなことはしたくないかな?」
検証を別の機会にすると言えば、マコトはかなり驚いた表情をしだした。その表情は、何処か焦燥を感じられる。
責任感が強いの非常にだろうな。そしてせっかちでもある。よくそんな生活を続けて身体が無事でいられるものだ。
「で、ですが…」
「マコト。分かっているのだろう?それが多忙になってしまう原因だと。原因が分かっているのなら改善すべきだ。何なら、マコトを休ませるために強硬手段も辞さないつもりだよ?」
「うぅ…怖い事言わないでくださいよ…。分かりましたよ。検証はまた明日行うとしましょう」
仕方が無いだろう、そうでもしなければ休もうとしないのだから。それと、強硬手段と言っても、衝撃を与えて気絶させたりするような、暴力的な方法は極力取らないからな?
今後はもっとマコトに自由な時間を与え…いや、それだけじゃ駄目だな。
自由な時間が出来たらマコトの場合、その時間に仕事をねじ込みかねない。
やはりマコトに最も必要なのは、信頼のおける部下や後継者だろう。何とかならないものだろうか?
まぁ、ともかくマコトもこれから予定が入ってしまっているようだしな。今日のところは解散かな?
警備用魔術の設置は、また時間が取れた時に彼の了承を取ってもらってから行おう。
「此方から呼びつけてしまったというのに、時間が取り切れなくて済みません。ノアさん、今日はこの後どうしますか?」
「一応私も”星付き《スター》”にはなっておきたいからね。何件か依頼を受けて行こうと思っているよ」
「分かりました。その、受ける依頼の件数は…」
私が1日で数十件の依頼を片付けた事を知っているのなら、当然心配するよな。
安心して欲しい。必要があったからそれだけの数の依頼をこなしただけであって、本来ならもっとゆっくり依頼を片付けるつもりだったんだ。
「なに、心配しなくとも、1日最大でも5件程度に収めておくさ。まぁ、稽古の数は別にさせてもらうけどね」
「それならまぁ、特に騒がれることも無いでしょう。ノアさんなら依頼を失敗する心配も無いでしょうから余計なお世話でしょうが、頑張ってくださいね!」
そう言うと、マコトは魔術を使用し始め、その姿を一瞬で青年から昨日見たいかつい老人の姿へと変えてしまった。
なるほど、今のが容姿を変更する魔術か。いつか役に立つときが来るかもしれないから、覚えておこう。
「私の前で今の魔術、見せても良かったのかな?」
「ははっ、アンタになら問題無ぇよ。他の奴に教えたとしても、まず使えないだろうからな。それに、アンタなら悪用することも無いだろう?」
うん。確かにマコトが使用した変身魔術、とでも言えばいいのか?かなり複雑な構築陣をしている。これはエネミネアでも一目見ただけでは理解することはできないだろうな。
それに、彼は私が彼の本来の姿や言葉遣い、素性を他人に吹聴しないと信じてくれているようなのだ。そうでなければ、最初から姿も言葉遣いも本来の状態で私に会おうともしないだろうからな。
ならば、その信頼を裏切る真似はできない。彼の正体は私の胸の内に留めておくとしよう。
「んじゃ、俺はこれで失礼させてもらうぜ!」
「ああ、マコトも仕事は程々にね」
それにしても、一瞬で言葉遣いや雰囲気を変えらるのは流石というべきか。長い時間、今の役作りをして活動してきたんだろうな…。
さて、私もロビーに向かって依頼を受注しよう。