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第2章:たい焼きと、すこしの嫉妬
「ん〜〜!やっぱここのたい焼き、最高〜!」
店の前にあるベンチに並んで座って、木兎ができたてのたい焼きをほおばる。あんこがはみ出して、頬に少し付いた。
「……木兎さん、ほら、そこ。あんこついてます」
赤葦は手持ちのタオルで木兎の頬を拭いた。自然な仕草。でも、他人から見ればちょっと“親しすぎる”。
「お、ありがと赤葦〜!やっさし〜!」
「子どもじゃないんですから、自分で気づいてください」
そう言いながらも、赤葦の目元はわずかに緩んでいた。
夕暮れの帰り道。人通りは多くないけれど、完全にいないわけでもない。だから、手はつながない。赤葦のルールだ。
でも木兎は、歩幅を合わせるようにそっと腕を赤葦に寄せてくる。
「……なあ、赤葦」
「なんですか」
「俺たちさ、いつまで隠してるのかなーって思って」
「……なにを、ですか?」
「付き合ってるってこと」
赤葦は歩く速度をわずかに緩めた。その変化を木兎はすぐに感じ取る。
「別に今すぐってわけじゃないよ? でもさ、なんか最近、言いたくなってきた」
「言いたい?」
「うん。なんかこう……“赤葦は俺のだぞ!”って、叫びたくなる時ある」
「……迷惑です」
「ヒド!」
木兎は笑っている。でもその裏に、赤葦は小さな不安を感じた。
“このままずっと隠してて、本当にいいのかな?”――赤葦の中にも、わずかにそんな思いが芽生え始めていた。
***
次の日の放課後、部活中。
梟谷の体育館はいつも通り活気にあふれていた。木兎は元気いっぱいにスパイクを打ち込み、赤葦はそのテンションに合わせて冷静にトスを上げる。
その息はぴったり。部内でも「もはや夫婦」と言われているくらいだ。
そんな中、部員の一人・福永がふと口にした。
「木兎さんって、なんか最近機嫌いいっすよね〜。なんかあったんすか?」
「え? そりゃもちろん、赤葦のトスが最高だからでしょ〜?」
言ってから、木兎はハッとする。
(……しまった、ちょっと嬉しそうすぎたかも!?)
「へー。最近、帰りも一緒だし、仲良いっすね〜ほんと」
「……まあ、赤葦だしな!」
「なにその信頼1000%の言い方……」
赤葦は隣で黙って聞いていたが、内心少しだけ落ち着かない気分だった。
“仲が良い”で済めばいい。でも、それ以上を悟られたくない。
自分は、木兎の“恋人”であることを、隠したいわけじゃない。
でも、“この関係”は、大事に守っていたい。焦って雑に扱いたくない。それだけだ。
けれど、そんな赤葦の感情とは裏腹に、木兎の方は少しずつ“隠すこと”に疲れてきているようにも見える。
練習後、片付けを終えた木兎がこっそり赤葦に近づいてきた。
「ねえ、今日……うち来る?」
「……え?」
「母さん、夜いないって。晩メシ、出前取るし」
「……なにか話したいことでも?」
「まあ、それもあるけど……なんか、顔見てたいだけかも」
「……」
「ダメ?」
赤葦は少しだけ黙って、ふっと笑った。
「……分かりました。じゃあ、着替えたら行きます」
「よっしゃあ!」
木兎の喜ぶ顔を見て、赤葦は思う。
たぶん、そろそろ“話さなきゃいけない”タイミングなんだ――と。