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第3章:夜のリビングと、ふたりの間にあるもの
木兎の家に着く頃には、空がすっかり紺色に染まっていた。
玄関を開けると、ほんのりと香る柔軟剤と、木兎の家独特のあたたかい空気が迎えてくれる。
「母さん、今日は職場の飲み会だから帰り遅いって〜。だからゆっくりしてってよ、赤葦!」
「ありがとうございます。お邪魔します」
制服をハンガーに掛けて、赤葦は木兎の隣に腰を下ろす。リビングのソファは広くて、だけど木兎は自然と赤葦の隣、少し肩が触れるくらいの距離に座った。
「……さっき頼んだ出前、まだちょっと時間かかりそうだからさ」
「はい」
「……話、していい?」
木兎がそう切り出したとき、いつもの“おちゃらけた”空気はなかった。
それに気づいて、赤葦も姿勢を正す。
「赤葦ってさ……俺と付き合ってるの、後悔してない?」
「……なんですか、急に」
「いや、なんか……赤葦って、さ、俺が変なこと言ったり、でかい声で“好き”とか言ったりするとさ、ちょっと困った顔するじゃん」
赤葦は、返事に少しだけ詰まった。
「それって……俺が“うるさすぎる”とか、“めんどくさい”とか、思ってたりするのかなって……思って」
木兎の声は、いつになく静かだった。
その目は、赤葦のことを見ていなかった。まるで、“逃げ場”を探してるみたいに。
赤葦は、ゆっくりと息を吸い込んで、静かに言った。
「めんどくさい、とは思ってません」
「……じゃあ」
「でも……“どうしたら、木兎さんをちゃんと守れるか”って、考えてます」
木兎が、はっとして赤葦を見た。
「俺たち、男同士ですよ。学校では“親友”として振る舞って、部活でも普通にコンビを組んでる。でも……たとえば、誰かに見られて噂になったり、変な目で見られたりしたら、木兎さんが傷つくのが嫌なんです」
赤葦の手が、そっと木兎の手の上に重なる。
「俺は……自分のためだけじゃなくて、木兎さんのことも守りたいから、あんまり人前で“恋人っぽく”できないだけです」
しばらく沈黙が落ちた。
でも、その沈黙は苦しくなかった。
木兎は、じっと赤葦の顔を見て、ぽつりとつぶやいた。
「……やっべぇ、好きすぎるわ」
「……バカみたいに素直ですね、木兎さんは」
「んはは、だって好きなもんは好きなんだもーん!」
そして木兎は、重なった手をぎゅっと握った。
「ありがとな、赤葦。俺のこと、ちゃんと考えてくれててさ」
「……それが当たり前だと思ってます」
「でも俺、たまにさ。ほんとにたまにだけど、赤葦が俺のこと“恥ずかしい”って思ってんのかなって、ちょっとだけ怖くなる」
「……それは」
「うん」
「違います。断言します」
「……」
「俺は、木兎さんのこと、誰よりも信頼してるし、尊敬してるし……その上で、“好き”になったんです」
「……あああああ赤葦~~~!それもうプロポーズじゃん!!!」
「……うるさいです」
二人して、思わず笑い合う。
その瞬間――インターホンが鳴った。
「おっ、出前きた!俺取ってくる!」
「はい」
木兎が玄関に走っていくのを見送りながら、赤葦は思った。
守りたいと思っていた。でも、それだけじゃ足りない。
ちゃんと、伝えることも、向き合うことも――しなきゃいけないんだと。
そしてその夜、玄関先で、出前の兄ちゃんがふとこう言った。
「兄弟かと思ったけど……もしかして彼氏さん? 仲いいっすね〜!」
木兎は、
「え、あ、えっ……!!いや、そ、そういうんじゃ……!」
と顔を真っ赤にしながらも、
「……そっすね!一番、大事な人っす!」
と、まっすぐ言った。
その言葉を、赤葦はリビングの奥から聞いていた。
心の奥が、じんわりと温かくなるのを感じながら。