テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「八木さん! 会議終わったんですか?」
八木の登場にホッとし喜んでいるんだろうか?
待ちわびていたような声だ。真衣香の方に向き直すと、先ほど自分に見せてくれた笑顔よりも、輝いて見えた。
「おー、終わった終わった。 んで、何、明日? 俺と約束してるかって?」
坪井の横を雄々しく通り過ぎて、八木は真衣香の隣に進んだ。
ピタリと寄り添い、腰のあたりに手を回す。当たり前のように、真衣香に触れて抱き寄せた。
……いや、触れるどころではない”密着”している。それなのに坪井と目が合うのだから十中八九、見せつけているのだ。
「へー、クリスマスなぁ。お前、そんなもん気にすんのか? 咲山が聞いたら歓喜すんじゃねぇの」
「……え?」
「イベントに興味なさすぎてー、とか。よく愚痴られたもんだわ。そっちはそっちで今年もよろしくやれよ」
煽るように、そして楽しそうな声で八木が言った。
いや、実際にはそんな声ではなかったのかもしれないが、余裕のない坪井にはそう聞こえてしまう。
「別に、咲山さん、もう関係ないんで」
坪井は声を張り上げたいのを抑え込むように、低い声で答えた。
八木の煽り方がおかしい。
真衣香の前では、彼女を庇う発言で坪井から遠ざけるのみだった。それが、あからさまに挑発的な態度を取ってきている。
「咲山さん……ねぇ。 なるほどな、関係ないのか」
と、確認するように。
また、探るように。八木は坪井をジロジロと観察するように眺めて言った。
これまでの口ぶりからして、八木は咲山のことも”真衣香を傷つけた人間”だと、認識しているはずだ。徹底的に遠ざけて名前さえも聞かせたくない、と。八木はそんな守り方をしてきたように見えたのに。
それがどうして。わざわざ真衣香の前で名前を出すのか理解できない。
目を細めて睨みつける坪井の視線を交わして、八木は真衣香の耳元に唇を当てた。
「ひゃ!?」
さすがに社内だし、そのキスは一瞬のことだったが。甲高い声を上げて八木を見上げる顔。
恥ずかしそうに、目を白黒させて。思わずからかって虐めたくなるような、愛おしさがある。
そんな顔は自分だけか知っていたい。誰にも見せたくないのに。
1番近くで見ているのは別の男だと……その事実がどんよりと頭の中に影を落としていく。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!