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分かれ道
生まれて、物心ついた時には、すでに幼稚園・保育園と集団生活が始まり、小学校、中学校と続き、義務教育という線路を走り始めて
義務教育が終わり、初めて自身の意思が尊重される進路の選択のときにも、当然のごとく、親の意思と社会の流れを重んじ、自身の意思もそれと同調し、高校へ進学した、その後は、就職、大学、専門学校と、自分の意思が色濃く反映できるかのように見えたものの、周囲を見渡し、親の意見も汲み取り、最善と思う道を歩み出していた。
中には、医療の世界、調理の世界、服飾の世界に夢を見出し、その道を歩み始める人もいた、また、親の名の元、家業を継ぐべく、早くから手伝いを始める人も、そうして、社会の枠組みに入り、一つの歯車となって経済を回し、日々、文明を積み立ててゆく、
慣れないことに戸惑いながら、日々を忙しく過ごしていると、いつの間にか、大人としての自覚を持ち始めるようになり、
そして気づけば、同期の仲間も、学生時代の親友も、日々の暮らしに追われて顔を合わせる余裕もなくなり、 学生時代、バカ騒ぎしていた時の楽しかった記憶も、遠い過去の思いとなり過ぎ去って、行き
現実と向き合いながら、日々、自分に課せられた課題やノルマを間違いなくこなすことに、思考が傾むく日々、そんな日々を送りながら仕事にも慣れ始めた頃、同じ職場を去る人——定年退職、自己退職、会社都合による退職、転籍や移転の仲間を見送る機会が増えるなかで、 ふと、自分の胸の奥から、小さな声が聞こえてくるようになり、
「俺も……」
「自分も……」
その声は、妄想でも幻聴でもなく、
確かな、自分の胸の奥から聴こえてくる声、しかし、まだ、その声は小さく、同僚や友人との別れ際に稀にしか聞こえない程度だったが、年月を重ね、勤めた会社での理不尽な対応や、その職場・企業に根付く独特の体質・風習・「昔からの流れ」を、今も当然の常識として受け入れられず、
その川の河岸に、自信が叩きつけられたとき——
はっきりと、頭の中に響き始めた、
「いや、これは自分が弱いからという現実逃避による幻聴でもなければ、
見たくない現在を直視できず、逃げようとする忘却からの叫びでもない。
これは、己の真の声が、現実のフィルターを突き破って、聴こえたのだ」
しかし、冷静に一人で思い直すと、歴代の先輩社員の方々も、その流れに身を任せ、会社の企業理念や方針の名の下に、身を投じ、職務を全うしてこられたという事実がある、
「全てを受け入れてこそ、一人の社員・社会人と言えるのだ」と——
自分の悩みは、とりたてて大きなものではない、と、大きな視点で捉えてみようとするけれど、
心はもう、そんな思い込みには騙されない——と言わんばかりに、
意思とは別に、態度が表面化し始め、落ち着かなければ「冷静に」と思えば思うほど、
突如として、身体が震え、反応してしまう。
もう、自分を偽れない。
この場所、この会社が変わることはない——という諦めと同時に、
自分の新たな人生の道を、そっと模索し始めていた、
けれども、生まれてから、まるで線に引かれたように歩んできた人生において、
「全て自分で決めて進んだ道」の少なさに、ふと不安を感じ、もし、この会社を去ることが、人生の失敗の元になるのではないか?
この判断が、のちのち、自分を苦しめるのではないか?
と、卑屈な判断ミスをした自分の未来の姿しか見えてこない中で、
日々、心とは裏腹な場面でも、笑顔で心を偽り、隠し通してきた、未知なる道に、一歩も踏み出せない自分にモヤモヤを感じるけれど、 感情任せで会社を飛び出し、自分の思いのままの職を見つけ、新たな道を歩くなどは、至難の業——
まるで、運任せのようでもあり、いくら足を棒にして歩き回ろうとも、
#カオス
荒
33
#似たような作品があってもパクリじゃない
いくらネットやニュースで自分に合う職を探したとしても、
その職場・企業の一員になって、実際に働くまでは安心はできず、
同じ思いの繰り返しになってしまうだけかもしれない、そして、自分の思いを優先しすぎて、余りに転職を繰り返してしまうと、
面接のときには、「続かないアルバイト」と同じ目で見られてしまうのではないか——
と、先のことを悪くばかり考えてしまう、
学校を卒業してから就いたこの職場、長年勤務し、「定年退職まで勤め上げる」と、信じて疑わなかった日々、しかし今——確かに、目の前に、分かれ道がある、このまま、頭を床に擦り付け、安定した今までの生活を守るために、
上司に媚び、心に嘘をつき、顔で笑いながら、この職場にしがみつき続けるのか。
それとも——
自分の意思を、自分の心の声を聞き、何も考えず、未知なる道を、
一歩一歩、不安を感じながらも、歩き出してゆくのか。
過去には、さまざまな判断や選択があったけれど、今回は違う、
人生の分かれ道——
取り返しのつかない
分かれ道、
後戻りのできない
分かれ道
一方は、先まで明るく照らされた道。
けれど、自分には、素足で砂利道を歩くようで心が何も感じられず、ぼんやりとした感情のまま、ただ歩く道、
もう一方は、一歩踏み出すまで、まったく何も見えない、暗黙の道
いく先が見える道か
何も見えない道か
このまま、何年も定年退職まで、偽りの自分でいてもよいのか、それとも
どうなるかわからないけれど、自分が長年、「終身雇用で定年退職まで働く」と思い続け、疑わなかったこの会社を去り、
自分の今迄の観念を打ち破り、
道端にほっぽり出されても良い——
生まれて初めて、自分の声を、自分自身を信じてみよう。
そう、思う
その「自分を信じる気持ち」が、
心に、希望の光となって灯る
その光が、一歩、一歩、暗黙の道を踏み出したときに、
一歩一歩、希望の光となって、道を照らし始めるのです。
自分を信じ、疑わず、希望の光を灯せばよい。
今は暗闇で、何も見えない。
でも、少しずつ、周囲を照らし始めます。
その光は、いく先まで、ずっと照らし続けてくれるでしょう。
その「自分を信じる気持ち」さえ、失わなければ。
希望という名の光が、周囲を明るく照らし、この道の先を、いつまでも照らし続けてくれるでしょう
コメント
1件
うわあ、すごく心に響いた……「人生の分かれ道」って、本当に誰もが通るテーマだよね。安定した先の見える道か、真っ暗だけど自分の意志で進む道か。最後に「自分を信じる気持ちが希望の光になる」ってところ、じんわり来た。重いテーマを静かに描いてくれてありがとう、jeryiさんの言葉、ちゃんと受け取ったよ🌙🤍