「好きだよ」
──そう云うと、中也はほんのりと頬を染めて、嬉しそうに笑う。
「ふふっ、矢っ張り……君が作る料理は美味しいなぁ」
──そう云うと、中也はぶっきらぼうな云い方だけれども、嬉しそうな声色で返事をする。
「全部、愛してる」
──そう云うと、中也は耳まで赤くして顔を逸らし、静かに口元を緩ませる。
「私との接吻、好き?」
──そう訊くと、中也は顔を真っ赤にして、私の手に自分の頬をすり寄せ乍ら小さく頷く。
「っ…は……は、ぁ……中也…無理してない?」
──そう訊くと、荒くなった息に咽喉から甘い声をもらし乍ら、中也は大丈夫と云う。愛らしい。
「降誕祭贈呈品?」
──そう訊くと、中也は頷いて私の首元にマフラーを巻いてくれた。眩しいくらいの笑顔につられ、口元が綻ぶ。温かかった。
「誕生日おめでとうっ!」
──そう云うと、中也は暫く目を見開いた後に、幸せそうに笑って「ありがとな!」と云った。嬉しくなった。
「ただいま〜」
──そう云って部屋に這入ると、目の前には中也が居た。「おかえり」と私に云う。今日は私の誕生日。其の為に来てくれたのだろう。自然と笑顔になれた。
双黒の物語は終わらない。ずっと、そう思っていた。
あの日までは────
「中也っ!」
私は中也の手を掴んだ。中也の躰に浮き出た禍々しい刻印が一瞬で消える。
其れと同時に中也は力が抜けたかのように倒れた。
抱き留める。
「中也!確りしろ!」
そう中也の名を呼んで問いかける。
中也の睫毛がぴくりと揺れた。ゆっくりと中也は瞼を開ける。
「っ……だ、ざぃ…?」
掠れたような声だった。
中也が生きている事に私は安堵する。
然し──
「だざ…ぃ…………………………何処だ…?」
私は目を見開く。警報。
真逆ッ……。
中也の瞳は虚ろんでいた。其の瞳には何も映らない。
目が──────見えていない?
自分の呼吸が震えているのが判った。
私は中也の頭から爪先まで、小刻みに揺れた瞳で視線を移す。
出血が酷かった。予想以上の肉体損傷だった。
「っ、あ……中也…」
震えた声で私は中也の名を呼ぶ。
──此のままじゃあ中也が死ぬ。
「……………………………自業自得だな……」
自分を嘲笑うように中也は云った。咽喉から声がもれる。
「大丈夫だ!もう直ぐ与謝野女医が来る!君は絶対に助かるんだ!だからそんな風に──」
どくん。
何かが脳に溢れ出た。鉄錆のような臭いがツンと鼻をさす。
ノイズの音と、色褪せた映像。
此れじゃあ……あの時と全く一緒じゃないか…。
「っ……駄目だ…」
歯を食い縛る。
駄目だ。其れだけは駄目だ。
やめてくれ。
此れ以上──僕から何も奪わないで……。
刹那、後ろから足音が聞こえてきた。与謝野女医だと直ぐに予測する。
「太宰!」
与謝野女医が、息を荒くさせ乍ら私の名を呼ぶ。
後ろへと振り返った。
視界に与謝野女医が入る。走って来ていた。
「与謝野女医っ!中也を──」
言葉が途切れる。何かが私の口唇を塞いでいるのだ。
そして判ったのは後頭部を強く押されている事と、唇に柔らかい感触を感じる事。
目を丸くする。赭い髪が視界に入った。
唇を離すと、中也は囁くように云った。
「悪ぃな、太宰……」
目を見開く。
そして中也はひとかたまりの空気を吸った。口を動かす。
咽喉につっかえた呼気を吐き出すようにして、中也は声を絞り出して云った。
『生きろよ』
其れは呪いの言葉であり、愛の遺言でもあった。
私の後頭部に触れていた中也の手が、地面に落ちる。そして其処からぴくりとも動かなくなった。
「………………」
目の前で起きた出来事を受け入れられないまま、茫然と私は座り込む。
「太宰!」
与謝野女医が駆け寄って来た。中也に触れて脈を確かめる。目を見開いて、顔を強張らせた。
「っ、太宰!離れてるンだ!」
私を押し退けるように、目を丸くしたまま動かない私の躰を与謝野女医は押す。
与謝野女医は中也の胸部に触れて圧迫した。傷の手当てをしながら蘇生処置を行なっている。
「…………」
中也は息を吹き返さない。
只、瞼を下ろして静かに眠っている。何度も見た表情。普通に寝ている時の表情。
けれど違う────中也は死んでいるのだ。
もう二度と、私の名を呼んでくれる事もなく、あの輝く笑顔を私に向けてくれる事もない。
中也は、死んだのだ。
其れを理解した瞬間、視界が歪み、目眩が襲いかかる。
意識が途切れた。
双黒の物語は終わらない。ずっと、そう思っていた。
今日、此の日までは────
コメント
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最高すぎッ! 私の性癖に刺さる~!
なにこれ…最高すぎるんですけどぉぉぉ!!え!?最高すぎる!😭👏✨続きが楽しみー!!