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鍋から立ちのぼる湯気が
ひとつの部屋に
ゆっくりと満ちていく。
木の器に
煮た木の実と肉を分けると、
色とりどりとは言えない
素朴な朝食が
小さな机の上に並んだ。
エリオットは
イチの前へ器をそっと置き、
自分も向かいに座った。
「……いただこうか」
イチは
小さく目を伏せ、
ゆっくり手を伸ばす。
食べ方は
たどたどしい。
けれど
動かないと思われた指が
わずかに震えながら木の実をつかむ。
それだけで十分だった。
エリオットは
黙ったままのイチを邪魔しないよう
ほんの少し距離をあけ、
同じように食事を口へ運ぶ。
食事がゆっくり進む頃――
エリオットはふと手を止めた。
「……僕、
この森で暮らし始めて
もう一年くらいになるんだ」
イチは
視線を動かさない。
手元で木の実をただ見つめている。
「もともとは、
大きな家にいたんだけどね」
そこまで言って
エリオットは小さく苦笑した。
「……家族は、いない」
あっさりとした言い方だった。
そこに嘆きも怒りもない。
ただ、
もうそこには戻れない
という事実だけをそっと置くように。
イチは指を止め、
エリオットを見上げた。
その視線が
“同情” なのか
“反応” なのか
あるいは
何もないのか
エリオットにはわからない。
それでも――
その“向けられた瞳”は
なぜか胸をあたためた。
「……国に、追われてる」
そう告げる声は
不思議と淡々としていた。
恐れでも、苦しみでもない。
ただその事実を
受け入れているような遠い響き。
「たぶん、今も」
エリオットは
木の器の中でスプーンをゆるく回しながら続けた。
「でも……
ここなら見つからないから」
その言い方は自分に言い聞かせるよりも、
むしろ
イチへ
安心を与えようとしているように見えた。
「きみが来てくれてから……
なんていうか――」
エリオットは言葉を探すように
一度口を閉じ、小さく笑った。
「少し、
ひとりじゃない気がしてる」
イチは動かない。
ただ
相手の言葉を受け止めるように
そこに座っているだけ。
声も、
表情も、
返事もない。
それでも――
エリオットの目には
“救い”
のように映った。
「きみが何も言えなくても、
いてくれるだけで、
十分なんだ」
その言葉は
彼自身がいちばん欲しかった言葉
のようで、
イチへ向けているのに
自分へ返しているようでもあった。
その朝――
小さな家の小さな食卓で、言葉を交わせないふたりは
ただ
存在を分け合うという
最初の絆を結んでいた。