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プリ小説にてR指定されたヤバイ回です…
「……ただいま~……」
ぐちゃぐちゃに混ぜこまれた気持ちをよそに、俺は家へと一歩を踏み入れた。靴があったし、とっくにつかさは家に帰っていたようだ。
整えられていない、まるで小学生低学年のように乖離している二つのつかさの靴を見つめながら、俺は思考を巡らせる。
「今日は早く帰ってこい」。つかさは朝にそう言っていた。
俺はその約束を破ってしまったのだ。それどころか、いつも以上に帰りが遅くなってしまった。きっと、つかさはイライラしながら、色んな物に当たっているに違いない。つかさはちょっと──いや、かなり理性を保てていないところが多いから。
……ダメだ。つかさのことを守ってあげられるのは俺だけなんだ。何でこんなこと考えちゃうんだろう。お兄ちゃんなのに。
でも、この後のことを考えると、恐怖で今にも死にそうだった。ひょっとしたら俺、殺されるかもしれない、だなんて、ありもしない被害妄想をしてしまう。
取り敢えず、つかさにはいち早く謝罪しなければならない。じゃないときっと……。
ダメだダメだ。正気を保て。そんなマイナスなことを考えても、結局自分を限界に追い詰めてしまうだけだ。
ブンブンと首を振って、わざわざケガをしている頬にカツをいれるために軽くビンタをして。あ、今日『手当て』が終わる前に逃げ出したから、ガーゼが貼ってない。かなり痛いや。しててもしてなくても、どーせ痛いのは変わらないけれど。
俺は階段を駆け上がり、俺たちの部屋の仕切りである障子をガラリと開けて、大きく声を張った。
「つかさ! 今日は遅れてごめん! あの、屋上で寝てたんだ! 意味わかんないだろーけど!! それで遅れて……! つかさ? どこに……! ……がっ!?」
後ろから何者かに首に手を回されて、ギュウギュウと遠慮なしに締め上げられていく。
苦しい苦しい苦しい吸えない吐けない酸欠になる。
目の前が真っ白になっていき、頭があまりの痛さにぼんやりとしてくる。
これ、知ってる。小さい頃、何度も何度も何度もこの経験をした。呼吸がうまくできなくて、目の前は真っ暗で、助けなんて咳のせいで求められなくて。ただ涙を流す。それだけしかできなかった。
それで、お母さんに気がついてもらうまで待つんだ。他力本願しかできない。そんなバカで惨めで滑稽な害虫。それが俺。
そんな害虫だったときに、いつも感じたことがあった。不安で仕方なかったことがあった。今も、度々感じる恐怖。
「……ぁっ!」
──死ぬ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
……嗚呼、情けない。
「……げほっ! げほっ……えほっ!!」
「ね~遅いじゃん! 心配したんだよ? あまね神隠しとかに遭ってないかな~とかさ」
俺にとってこの世界で一番大切で、それと同時に一番怖いソイツは、俺のことなどお構い無しに、瞳を真っ黒にしながら、独り言のようにぶつくさと言葉を俺に向かって落としていた。
いつものことだ。いつものこと。それでも慣れない俺は、ダメなお兄ちゃんだとつくづく思う。
……何て別のことを考えないと、恐ろしさでどうにかなりそうだった。ガクガクとタガが外れたみたいに震え続ける身体をどうにかすることなんて、俺にできるはずがなかった。
だから怖くて仕方がないけれど、何かソイツに向かって言うことしかできなかった。
「……つ、かさ……ごめ、ごめんなさ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ん~? 大丈夫~? 心配しただけだヨ? そんな怖がらなくてもイイジャンか! ねぇ聞いて! カエルの中身、普通だった! つまんね~。でもツチモグリ? ツチノボリ? せんせーがカエルの身体を色んなトコにばらまく俺を見て焦ってたのは面白かったんだ~!」
撫でて撫でてと目を猫のような形にかえながら、俺にスリスリと身体をなすりつけてくるつかさのさらさらの髪を、震える手で優しく撫でてやる。
可愛いなぁ。できれば、ずっとこの状態でいてほしいな。でも、やっぱりそれは許されないそうだ。
つかさの手に握られている、銀色に輝く『それ』を指さして、無意味な質問をつかさに投げ掛ける。
「つか、さ……それ……な、に……?」
「何ってカッターナイフ!」
「何……で」
「だってさ~」
カチカチカチ。カッターナイフの刃、そんなに出したら危ないよ。
いつもだったら、きっとそう注意してたことだろう。きっと、何か『本来のカッターナイフの使い方』をしているときならば。
でも、今は違う。
つかさは俺の頭を畳に押さえつけて、暴れる俺の右目を無理やりこじ開けてくる。刃との幅は、わずか五センチ程度だった。
「あまねの目玉の中身見たいな~って思って!」
「いだぁ!?」
何の戸惑いもなく振り下ろされ突き刺さった『それ』をつかさはすぐに引き抜くと、血のついた『それ』を猫みたいに舌を出して舐めた。
今まで感じたことのないほどの痛みに右目を押さえつけながら、俺はその辺りをのたうち回る。畳の上へと、ボタボタと血が滴り落ちていく。
奪われなかった左目からは、大量の涙が溢れて、みっともないなって思った。
「あ……あ……い、た……。つ、か……さ……? お、れの右、目、ど、なっちゃった、の……?」
「すっげぇ! 血がいっぱいだ! 面白~い! そんな心配しなくても大丈夫だって! そんな深く刺してると思う? 流石に手加減したって。それよりも見せてよ!」
右目を押さえつけている手を引き剥がして、満面と笑みでまじまじと顔を覗き込んでくるつかさに、一瞬憎悪が沸いたような気がした。そんなわけ、あるはずないのに。
よかった~とつかさは安心すると、頬を伝う涙と血液を交互になめとってくる。
何がよかったのか。こっちは痛みでどうにかなりそうだってのに、意味がわからない。
「原型あるよ! 大丈夫! 二週間とかその辺で治るよきっと!」
「……ぁ、ぁ……嫌、やだつかさ……無理、もう……今日はもう、やめよ?」
「え~。つまんないって! まだやるもん!」
「ぁ、あ……お願い……お願いします……本当に、本当に今日はもう許して……」
「だからやるって言ってんじゃん」
突然冷酷な声を発したつかさは、無表情になると俺の前髪を掴んで顔面ごと床に叩きつけてきた。切れ目が入った俺の目玉がつぶれるかと思った。
何度も何度も打ち付けられて、漸く満足したのか、無理やり俺のことを座らせると、喉に指を突っ込んできた。
「うぇ……!? やめ……! うぅぇ……!」
「あまねさ~今日ずっと体調悪そうだったじゃん! だからさ、吐いたらきっと楽になるって! ね?」
最初は一本だったそれが、いつの間にか五本へと変わっていた。
そう気がついたときにはもうその吐き気を我慢することなんてできなくて、もう無理だって気がついたときにはもう、びちゃびちゃとそれらを喉から出していた。
「うぇ……ぇぇ、え!! ……あ……」
自分の汚いもので汚れていく畳を眺めていることが恥ずかしくて、見られることも恥ずかしくて。
気持ち悪さは取れたけれど、また別の気持ち悪さがこみあがってきていた。
「すごーい! あまねってそんな食べてたっけ? それとも殆ど胃液かな? ……ねぇあまね、我慢してるでしょ?」
「げほっげほっ!!」
何を言ってるのか、わからない。
「我慢するの、あまねの悪い癖だと思うんだ! だから、なおしてあげる!」
「……ねぇ聞いてる?」
「あ……! やめ……!」
グリグリと遠慮なしにお腹を足で踏みつけられ、意識を失うことすらできなかった。
今日も真夜中までやるのかな。
ちょっと疲れたな。いくつになったら終わるんだろ、これ。