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第三十五話 夏祭り、もう一度
「去年と同じ夜。でも、僕たちは少しだけ変わっていた。」
七月最後の土曜日。
街は朝から夏祭りの準備で賑わっていた。
駅前には屋台が並び始め、
風鈴の音が夏風に揺れる。
湊は約束の時間より
少し早く待ち合わせ場所へ着いた。
去年も、同じ場所だった。
でも。
今年は少しだけ違う。
「待った?」
聞き慣れた声がして振り向く。
紬は淡い水色の浴衣を着ていた。
髪は去年より少し長くなり、
小さな髪飾りが揺れている。
一瞬、言葉が出なかった。
「……似合ってる。」
やっと出た言葉に、紬は少し照れたように笑う。
「ありがとう。」
「神崎くんも。」
「去年より、大人っぽい。」
湊は照れ隠しに笑うしかなかった。
*
そこへ蓮と美桜もやって来る。
「おー!今年も四人そろった!」
蓮は相変わらず元気だった。
「今年は絶対、射的で勝つ。」
「去年も同じこと言ってたよ。」
美桜が笑う。
四人は去年と同じように歩き始めた。
焼きそばの香り。
金魚すくい。
りんご飴。
どこか懐かしい景色。
それでも。
去年より少しだけ、
大人になった自分たちがそこにいた。
*
「神崎くん。」
紬が屋台の前で立ち止まる。
「写真、撮って。」
去年と同じお願い。
でも。
今年の湊は迷わなかった。
「うん。」
カメラを構える。
夕暮れの提灯。
浴衣姿の紬。
優しく笑う横顔。
カシャッ。
去年は緊張して撮れなかった距離。
今は自然にシャッターを切れた。
「見せて。」
紬が隣に来る。
画面を見つめて、小さく微笑んだ。
「この写真、好き。」
その一言が、何より嬉しかった。
*
夜も深まり、祭りは一番の賑わいを迎える。
花火まで、あと十分。
蓮と美桜は屋台へ飲み物を買いに行った。
残ったのは、湊と紬。
二人は川沿いの土手へ腰を下ろす。
風が心地よかった。
「ねぇ。」
紬が静かに口を開く。
「向こうに行って、たくさん景色を見た。」
「でもね。」
「やっぱり、この景色が好き。」
湊は黙って空を見上げる。
「俺も。」
「朝比奈が撮った写真を見てると。」
「離れてる気がしなかった。」
紬は少し驚いたように笑う。
「私も同じ。」
その瞬間。
ドーン。
夜空に一発目の花火が咲いた。
色とりどりの光が二人を照らす。
紬は空を見上げたまま、小さくつぶやく。
「また来年も、一緒に見られるかな。」
湊は迷わず答えた。
「見よう。」
「約束。」
紬は静かにうなずいた。
「うん。」
その約束は。
去年より少しだけ、特別なものになっていた。
*
帰り道。
人混みの中ではぐれないように歩く。
ふと。
紬の指先が湊の手に触れた。
一瞬だけ、お互いが立ち止まる。
でも。
どちらも何も言わなかった。
夏の夜風だけが、
二人の間を優しく吹き抜けていった。
📷 Photo.035『夏の約束』
撮影日:7月27日
去年と同じ花火。
去年と違う気持ち。
変わっていく時間の中で、
変わらない約束が、また一つ増えた。
コメント
4件
はい! そうなんです! そこもこの物語で大切にしてるので! やっぱそうですよねー!
わあ、このエピソード、すごく綺麗でした……!「去年と同じ夜。でも、僕たちは少しだけ変わっていた」という出だしから、もう引き込まれました。湊が紬の浴衣姿を見て「似合ってる」って自然に言えるようになったこと、去年は緊張して撮れなかった写真を迷わず撮れるようになったこと。そういう“変わった部分”が、ちゃんと積み重なって伝わってくるのが好きです。最後の花火の下での約束、そして帰り道で指先が触れるシーン——何も言わないけど、ちゃんと通じ合ってる空気が、夏の夜風みたいに優しかったです。📷 Photoの演出も、いつもながら素敵ですね。