テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#現代ファンタジー
裏五条
56,382
第二波。
ここからが、本番だった。
黒外套のゴブリン術士が杖を掲げる。
紫色の魔力が、闘技場の床にじわりと広がっていく。
水が染みるような動きではない。
もっと嫌なものだ。
床石の隙間を這い、古い傷跡をなぞりながら、紫の魔法陣が広がっていく。
「……来ます……! 術式、かなり速いです……!」
フィーネの耳が、ぴんと立つ。
その直後。
床に転がっていた古い鎧の破片が、紫色の魔法陣に触れた。
じゅっ。
嫌な音がした。
鉄の表面が黒く変色する。
次の瞬間、ぼろぼろと崩れ始めた。
穴が開き、縁が溶け、古びた鎧の破片が、まるで長い時間を一瞬で食われたみたいに腐っていく。
「ちょっと、何よあれ!」
ノエルが顔を引きつらせる。
「当たったら絶対だめなやつじゃない!」
「あの魔法陣には触れるな。装備ごと腐るぞ」
俺は即座に判断した。
一番危ないのは、あの術士だ。
双斧オーガも危険。
重装リザードマンも厄介。
だが、後衛の足元にあんな腐食魔法を広げられたら、陣形そのものが崩れる。
「術士から潰す。あれを放置すると後衛が危ない」
「了解!」
ノエルが結界を張る構えを取る。
クロエはロッドを握り直し、紫の魔法陣をじっと見た。
「床に広がるタイプ、嫌な感じだね」
「ああ。踏ませられない」
「じゃあ、あいつを止めるしかないね♪」
「頼む。タイミングを合わせる」
その間にも、双斧オーガが前へ出た。
灰色の巨体。
古傷だらけの腕。
両手に持った巨大な斧。
それが、こちらを見て牙をむき出しにする。
笑っているように見えた。
「グオオオオオッ!!」
咆哮と同時に、オーガが突っ込んでくる。
「セリナ!」
「お任せください」
セリナが二枚盾を前に出す。
双斧が振り下ろされた。
ガァンッ!!
闘技場の床が揺れる。
重い。
さっきの雑魚とは、明らかに一撃の重さが違う。
だが、セリナは崩れない。
一枚目の盾で右斧を受け、二枚目の盾で左斧を流す。
正面から全部を受け止めるのではなく、力を斜めに逃がしている。
「問題ございません」
セリナの声は落ち着いていた。
頼もしい。
その間に、俺は術士へ向かって走る。
だが、当然、簡単には通してくれない。
重装リザードマン隊長が、俺の進路を塞いだ。
分厚い鎧。
長い大槍。
低く構えた姿勢。
槍の穂先が、俺の胸へ向けられる。
「邪魔だ」
俺は《跳空のブーツ》で踏み込み、上を抜けようとした。
だが、リザードマン隊長の反応が速い。
大槍が跳ね上がる。
空中へ逃げる動きまで読んでいたように、槍先が俺の進路を狙ってくる。
「くっ」
空中で軌道を変え、槍を避ける。
だが、そのせいで術士への距離が詰められない。
リザードマン隊長は、攻めるよりも止めることに徹している。
間合いが長い。
鎧が厚い。
無理に押し込めば、そのぶん術士に時間を与える。
床の紫の魔法陣が、じわじわと広がっていく。
『腐食!?』
『鎧溶けたぞ』
『あれ踏んだら終わるやつ』
『術士やばい』
『リザードマンが邪魔すぎる』
コメント欄が流れる。
分かっている。
まず、こいつを崩さないと術士へ届かない。
その時。
「……シンゴさん」
フィーネの声がした。
リザードマン隊長が、大槍を引く。
次の突きのために、足を踏み込もうとした瞬間だった。
「……スネア!」
フィーネが床へ手を向ける。
闘技場の石床の隙間から、土の腕が伸びた。
一本ではない。
何本も、細く、素早く。
それがリザードマン隊長の足首へ絡みつく。
完全に転ばせるほどではない。
相手は重い鎧を着ている。
踏ん張る力も強い。
だが、十分だった。
リザードマン隊長の足が、一瞬だけ止まる。
いや、止まったというより。
前に出ようとした勢いを、足元だけ奪われた。
巨体が大きくつんのめる。
大槍の軌道が下へずれ、鎧の首元がわずかに開いた。
「十分だ!」
俺はその隙を逃さない。
半歩踏み込み、リザードマン隊長の懐へ入る。
大槍の間合いの内側。
鎧の厚い正面ではなく、首元の合わせ目。
そこへ剣を差し込む。
ザンッ。
硬い感触のあと、刃が抜けた。
重装リザードマン隊長の体が青い光に包まれ、崩れる。
『フィーネちゃんナイススネア!』
『転ばなくても隙作れたのデカい』
『スネア有能』
『シンゴの差し込み速い』
「フィーネ、助かった!」
「……はい……!」
フィーネの声が少し明るくなる。
だが、喜んでいる時間はない。
道が開いた。
その先で、黒外套のゴブリン術士が杖を振り下ろそうとしていた。
紫の魔法陣が、さらに濃くなる。
床から、鎖のような魔力が伸び始めた。
細くて長い。
紫色の光をまとった鎖。
それが、ノエルたち後衛へ向かって走る。
「ノエル!」
「分かってる!」
ノエルが結界を張る。
紫の鎖が光の壁に触れた瞬間、じゅっと嫌な音がした。
結界の表面が、わずかに削れる。
ノエルの表情が変わった。
「これ、結界さえも触れてるだけで削ってくるわよ!」
腐食魔法。
結界で完全に止めるには、負担が大きい。
時間をかければ、ノエルの結界でも削られる。
術士を止めるしかない。
そんな思いを察したのかクロエが動く。
「ちょっと止まっててね♪」
ロッドの先に、黒い影が集まる。
「《闇縛域》」
ゴブリン術士の足元から、黒い影が伸びる。
それは床を這い、術士の足に絡む。
続いて腕へ。
杖へ。
黒い影が、ぎゅっと術士の動きを縛った。
ゴブリン術士が喉を鳴らす。
拘束を破ろうと、紫の魔力が膨れ上がった。
クロエの闇が、長く持つわけじゃない。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬で十分だった。
床から伸びていた紫の鎖も、ぴたりと止まる。
「今だ!」
俺は《跳空のブーツ》で跳ぶ。
低く踏み込み、次の瞬間には術士の頭上へ。
ゴブリン術士がこちらを見上げる。
杖を動かそうとする。
だが、遅い。
「詠唱が終わる前に落とす!」
俺は落下の勢いを乗せ、剣を振り下ろした。
ザンッ。
杖ごと斬る。
黒外套のゴブリン術士の体が青い光になり、紫の魔法陣がほどけるように消えていった。
床を這っていた腐食の光も、すうっと消える。
「二体目!」
「ナイス、お兄ちゃん♪」
クロエがロッドを肩に乗せて笑う。
「クロエの闇、いい感じだったでしょ?」
「ああ。かなり助かった」
『クロエの闇束縛きた!』
『術士撃破!』
『腐食止まった!』
『やっぱ術士から潰して正解』
残るは一体。
双斧オーガ。
「グオオオオオッ!!」
オーガが咆哮する。
術士が倒されたことに反応したのか、両手の斧を振り上げた。
その正面には、セリナがいる。
二枚盾。
白黒のメイド服。
揺れる銀髪と猫耳。
場違いに見えるほど優雅なのに、その姿勢はまったく崩れていない。
オーガの右斧が振り下ろされる。
セリナは右盾で受ける。
だが、完全には止めない。
斧の角度をずらし、床へ逃がす。
石床が割れた。
続いて左斧。
セリナは一歩引くのではなく、半歩前へ出て盾を合わせる。
ガァンッ!!
衝撃が広がる。
「……次、右の斧が来ます……!」
フィーネが言う。
「承知いたしました」
セリナが答える。
本当に、静かだ。
オーガの右斧が横薙ぎに来る。
セリナは盾を斜めに構え、斧を滑らせるように流した。
その隙に、クロエの炎が足元を走る。
「こっちは通行止め♪」
オーガが炎を避け、わずかに位置を変える。
そこには、ノエルの結界があった。
「逃げ場は塞いでおくわ!」
オーガの巨体が、ほんの少しだけ詰まる。
セリナは、そのわずかな詰まりを見逃さない。
「シンゴ様」
「分かってる!」
俺は横から回り込む。
オーガが俺に気づき、左斧を振ろうとする。
だが、フィーネの声が早かった。
「……左足、踏み込みます……!」
その一言で、オーガの動きが読めた。
踏み込む左足。
体重が乗る。
斧が来るより先に、巨体の軸が見える。
セリナが二枚盾を合わせた。
「今です」
最大の一撃。
双斧オーガが、両方の斧を振り下ろす。
セリナは正面から受け止めない。
両盾を斜めに重ね、落ちてきた斧の力を外へ流した。
ガギィンッ!!
双斧が床へ逸れる。
火花。
石の破片。
オーガの上体が、大きく前へ崩れた。
「助かる!」
俺は踏み込む。
オーガが顔を上げるより早く、懐へ入った。
胸。
厚い筋肉。
硬い皮膚。
それでも、神話級の剣は止まらない。
「これで終わりだ!」
剣を突き込む。
オーガの体がびくりと震えた。
次の瞬間、巨体が青い光となって崩れていく。
双斧が床へ落ちる前に、光の粒となって消えた。
静寂。
第二波が、終わった。
◆
俺は剣を下ろし、息を吐く。
さすがに、少し呼吸が重い。
雑魚の群れから中ボス三体。
闘技場という逃げ場のない場所での連戦は、思った以上に消耗する。
ノエルも肩で息をしながら、結界を一度解いた。
「……今度こそ終わりよね?」
クロエが軽く笑う。
「普通なら終わりでいいよね♪」
「ダンジョンで普通を期待するな」
俺はそう言いながら、闘技場の奥を見た。
嫌な予感がした。
そして、その予感はすぐに当たる。
フィーネの表情が変わった。
「……違います……」
小さな声。
だが、はっきりと震えている。
「……奥に、もっと大きい魔力反応があります……」
闘技場の奥。
そこには、今まで壁の一部にしか見えていなかった巨大な扉があった。
左右には太い鎖。
扉の表面には、巨大な角の紋章。
その紋章が、赤く光る。
ガシャン。
鎖が外れた。
闘技場の床が、低く震える。
九階の床が動く時の音とは違う。
もっと重い。
もっと深い。
何かが、奥から歩いてくる音だった。
『まだあるの!?』
『これボスだろ』
『最深部きた』
『中ボスの後に本命はきつい』
『でも熱い』
コメント欄が、一気に流れる。
ノエルが息を呑む。
「……まだ、あるのね」
クロエがロッドを握り直した。
「これ、さすがに本命っぽいね」
セリナが俺たちの前へ出る。
「皆様。わたくしの後ろへ」
巨大扉が、ゆっくりと開いていく。
闘技場の奥から、重い足音が響いた。
一歩。
また一歩。
雑魚でもない。
中ボスでもない。
闘技場の奥から現れたそれは、明らかに格が違った。
フィーネが、震える声で言う。
「……鹿島ダンジョンの主です……」
巨大な角を持つ影が、闘技場へ足を踏み入れた。
コメント
1件
うわっ…この中ボス3体同時、めっちゃ熱かったです…!フィーネのスネアで足止め→シンゴが差し込む流れとか、クロエの闇縛域で術士の動き止めてからの連携、チームワークが本当にかっこよすぎました🤍 セリナが双斧を流す立ち回りも安定してて、見てて安心感ある…。でも最後の「ダンジョンの主です」で一気に空気変わった…これからが本番って感じで続きめちゃ気になります🔥